第三十九話
「そうじゃないってどういうこと? 何か怒るようなことあったかなぁ」
私が問いかけると、百井は一呼吸を置き、何やら覚悟を決めたような顔で。
「
と言った。
「檀……?」
「同じクラスの『檀
どこか聞き覚えがあると思ったら百井の友達の名前か。ちょっかいとは思い出すのも恥ずかしい私の下駄箱へのイタズラのことだろう。
「うん、前に話した通り」
「すんなり許したみたいだけど、ダメだよ。舐めたことしてきたからには徹底的に叩き潰すべきだと思う」
百井はそう言い、不満そうな顔をする。もう済んだことなのに気軽なことを言ってくれちゃって。
「中々物騒なこと言うね。これでもつま先で脛を蹴ってやろうとは思ったんだよ。と言っても、一応クラスメイトだから穏便に済ませないと」
熱き友情の芽生えを期待して夕暮れの河原で醜い殴り合いをするのも悪くはなかった。
しかし、暴力は現代的淑女である私の流儀に反する。
「……そんな甘い態度じゃ尚更つけ上がるじゃん」
「違いない。けどね、私はそこまで暇じゃないの。どうせならもっと楽しいことに時間を使いたい。そういうもんでしょ」
「そうかもしれないけど、仕返しをしたいとは思わないの?」
「お礼参りか……有りと言えば有り。でも、バレて処分を食らうリスクを考慮するとね……生憎、そこまで悪知恵が働く方じゃないし」
軽率な仕返しによって、私の人生に絡みつく余計な因縁が生まれることもあり得る。そのような犬も食わない鬱陶しいものはいらない。むしろ檀さんは私との
そうなると私に得るものはなく、時間の浪費だけが重くのしかかる。
互いに切磋琢磨すべき同級生とは言え、檀さんに真人間への道を示す高潔な役目は、私には荷が重いので他の人間が担ったほうがいい。
「なんとなく白川さんならそんなことを言うと思ってたよ……」
百井はそう言い、苦笑いを浮かべた。私の煮え切らない態度に対する皮肉のつもりだろうか。
「あ、言っておくけど、百井の友達だから手加減しているわけじゃないからね」
私はそう言い、右脚を上にして足を組み、膝の上の我が家の猫を撫でる。喉の鳴らし方が一段階上のものとなった。
そして私が言ったことは重要なことである。
もし他の人から嫌がらせを受けても檀さんと同じくフラットに対応するだろう。
自分へ仇なす者には全身全霊で対峙し、悪縁を断つために奔走する人もいるだろう。私もそうするべきなのかもしれない。
けれども今となっては檀さんの嫌がらせはしょぼく、風情が無いと思う。ならばこちらも風情を感じない対応でなければ無粋というもの。頭に血を上らせて先走っても
ともかく百井の友達という理由で甘くしているわけではないのだ。
「友達って……それは勘違いだよ。あいつとそんなに仲良くないし、向こうから一方的に絡んでくるだけだし……」
良好な関係であれば叩き潰すことを勧めはしないか。
それにしても百井はなぜ拗ねたような顔をするのか。
「一学期の頃は他の二人も一緒になって行動してたよね。三人とは同じ中学に通ってた仲とかなんでしょ?」
「確かに同じ中学だったよ。それでも一度も話したことはなかったの。それなのに入学式から馴れ馴れしくしてきて、学校では何処に行っても後をついてくるようになって……」
百井は答えた。
「なるほどね」
恐らく虎の威を借る狐というやつだろう。百井を盾にして狼藉を働いていたようだし、賢いものだ。
他人の力を我が物のように扱い、いざとなったら責任を転嫁する能力は私も身に付けたい。なぜ入学式を機に馴れ馴れしくし始めたのかはよくわからないけども。
尤も、虎の役割を押し付けられた百井は檀さんたちのことを快く思っていないようだ。私は……どうなんだろう。百井に鬱陶しく思われるほど付きまとっているだろうか。不安。
「それで……私……謝らないといけないことがあって」
百井は再び不安そうな顔になり、少し声を震わせて言った。
「うん? 謝る?」
「あの……檀が、白川さんにちょっかいをかけたのは……私のせいだと思うの」
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