第三十七話

 いつもの操作でホットのコーヒーを選択し、スティックシュガーとコーヒーミルクを棚から余分に取り出す。百井は見栄を張っていないと思うけど、念のため。

 コーヒーを抽出している間に、親戚からの贈り物からお茶請けのお菓子を選んでいると、気まぐれな我が家の猫が鳴きながら私の足元へ擦り寄ってきた。しきりに私の脛を狙って頭突きをしてくる。柔らかい毛がこそばゆい。まったく、甘え上手め。

 その可愛いさに免じておやつをあげよう、と思ったけど、ペースト状のおやつを切らしていた。

 では仕方がない、今日は良い日だからお昼ご飯を少し豪華にしてあげよう。忘れないように猫用の棚から缶詰を取り出した。

 少しでも缶詰の金属音を聞かれると狂喜乱舞するから極力静かに。マグロとシラスが入っていて人間の私から見ても美味しそう。まあ、私は相も変わらず寿司の気分である。

 我が家の猫の相手をしているうちに二人分のコーヒーが完成。コーヒーを零さないように盆を持ち、私の部屋へ向かった。


「百井ー、ドア開けてー」

「はっ、はい~」

 静かにドアが開き、百井が顔を見せた。

「ありがと」

 自室に百井がいるこの感じ、なんか変。

「あっ、猫ちゃん」

「あら、ついてきちゃったか」

 足元を見ると我が家の猫。忍びの心得があるようだな。

「ロシアンブルーだ……」

 我が家の猫はするりと部屋の中へ入り、百井の足元へ。

 そして百井の細い脚に体を擦りつけ、軽く頭突きをしている。私を含めた家族にもよく頭突きをしてくる。

 果たしてこの頭突きは猫界隈に於ける親愛の表現なのか、それともご飯やおやつの催促なのか。真相は猫のみぞ知る。

「珍しい、初見の人間にここまでくっつくなんて」

「撫でても大丈夫?」

「気性は荒くないから大丈夫だと思うよ」

「では早速……わぁ、良い毛並み」

 我が家の猫の毛並みの感想を聞き、とても気分が良くなった。

 私は盆をテーブルに置き、L字のソファーの長い方に座った。後に続いて百井は先ほど案内したL字の短い方に座った。

 我が家の猫は私の部屋をうろついた後、膝の上に乗っかってきた。部屋の外に出たい素振りを見せたらドアを開けてあげればいいだろう。

「これ初めて食べたけど、かなり美味しいね」

 カステラ生地でカスタードクリームを包んだお菓子を食べて百井が言った。商品名は萩と月が由来しているみやびな一品。持ってきた甲斐があった。

「地元の土産物のお菓子って食べる機会無いよね。コーヒーも冷めないうちにどうぞ」

「あ、うん……」百井はどこか恐る恐るといった感じで白いカップに口をつけた。そして、「……んっ」と声を立て険しい顔をした。

「むせた?」

「に、苦い……」

 うん、なんとなく予想はしていた。これまで百井がコーヒーを飲んでいるところを見たことがない。

「なんで砂糖とか入れないの?」

「その……私もブラックで飲みたくて。白川さん、いつも無糖のコーヒーを飲んでるし、この間……もう先月のことだけど喫茶店でもそのままで飲んでたから、そっちの方が美味しいのかなって」

 百井はカップに手を添えながら言った。

「学校の自販機には好みのやつが無いから安定した無糖を選んでるの。あと、あのブレンドコーヒーは初見だったからそのまま味わっただけで、次に飲む機会があれば何か加えると思うよ」

 私は自分なりの考えを答えた。

「コーヒーはブラックしか飲まないってわけじゃないんだ」

「美味しければなんだっていいって感じかな。それこそ、このコーヒーはそのまま飲んでも美味しいけど、砂糖とか入れたほうがもっと美味しいから」

 私はそう言い、スティックシュガーの先端を切った。

「ええ、そうなのぉ……」

「今から入れても遅くないんじゃない?」

 百井にスティックシュガーとコーヒーミルクを勧めた。一口飲んだ後に入れてもセーフだろう。

「うん、そうする」

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