第三十四話 冬の先触れ

 抜けるような青空が広がる土曜日。昨日も雨が降っていたから風は強め。

 本日は秋の祭典その二、文化祭。その二日目。今日の日程は一般公開日。保護者や卒業生、お利口な入学希望者などが学校を訪れる。

 そんな良き日に私は学校に行かず、家のリビングでくつろいでいる。

 最近は嫌なことが立て続けに起こっているけど、その程度で学生生活に嫌気が差して不登校になる私ではない。ただの欠席に過ぎない。

 文化祭一日目の昨日、私は熱を出し、丸一日寝込んだ。

 不調の兆しがあったにもかかわらず、体調を過信して無理をしたことが原因。素っ裸で風呂の掃除はクレバーではなかった。

 たっぷりと寝たおかげで万全とはいかないまでも回復した。

 なので元気に登校しようとしたところ、今日も仕事に行った両親に大事を取れと言われた。普段から学校は這ってでも行け、と厳しいくせにどういう風の吹き回しなのか。とは言え、反省の意味も込めて両親の言う事を素直に聞いた。

 賑やかしのために点けていたテレビでは、県内の港で行われている焼きサンマを無料で提供するイベントが生中継されている。リポーターのお姉さんが炭火で焼かれたサンマを美味しそうに頬張っていて羨ましい。

 そういえば焼きサンマを大根おろしで食べたこと無いなぁ、とその程度の感想しか湧かなかったのでテレビの電源を切り、ソファーで横になった。今日は寿司の気分。

 欠席したからには家で大人しく過ごす。贅沢に二度寝か、我が家の猫と戯れたいところ。

 だけど、今の私はとある事情でリラックスできないほど動揺している。

 先ほどPCでメールチェックしていると樋渡と神長からメールが来ていた。

 まずは樋渡のメールの一部。

『球技大会ではクラス順位で負けた。でもな、お前と直接戦っていないからノーカウント。今度は模擬店の売り上げで勝負……って、お前休んでるじゃんかよ! 早く良くなれ~』

 これは置いておく。気に掛けてくれたことへの感謝と、そのうち将棋かチェスで一戦交えることを約束する返信で済ませた。

 本題はこちら。

 神長からのメールの一部。

『虚無僧喫茶最高~!! 写真の子は私にラブレターくれた子だよー! かーわいー!』

 添付されていた写真には深編笠を頭の上に掲げた神長と謎の女虚無僧が写っていた。そもそも虚無僧喫茶とは何だろう。

 そんなことよりも、神長は女の子からラブレターを貰っていた事実は目が覚めるほどの衝撃だった。下駄箱にラブレターの時点で現実を疑ったというのに。神長は男の子どころか女の子からもモテていたのか。どうなっている、無敵なのか。

 リアリスト寄りな神長のことだから、恐らくいきなり付き合うとかそういうのじゃなくて、友達からとか様子見といった試用期間だろう。多分。

 これも同じく、気に掛けてくれたことへの感謝と当たり障りのない返信で済ませた。

 不意に突きつけられた同級生との生きている世界線の違いに天井を仰いでいると、我が家の猫が近くに寄ってきた。私の動揺を察してくれたのかな、可愛いやつめ。毛並みを楽しませてもらうぞ。

 クラスメイトたちは文化祭を楽しめているだろうか。特に百井が心配。

 尤も、私のことなど忘れて文化祭を楽しんでいることだろう。皆で頑張って準備したのだから、それくらい魅力溢れる催し物であってほしい。

 たとえ私が文化祭に参加していたとしても、百井は新聞委員会の仕事で模擬店の取材があった。加えて、百井が他の生徒から空気を読まざるを得ないお誘いを受けている場合も考慮して、事前に文化祭を一緒に回る取り決めをしなかった。

 更に一昨日の百井は何か言いたげな様子だったのに、私は体調を崩して学校を休みそれを反故ほごにした。これではなけなしの愛想が尽き、百井はもう私と接してくれないかもしれない。気を落とす日々が続くかもだけど、自己中心的な私に相応しい末路。もしもの時は甘んじて受け入れる。

 他人はどこまでいっても他人。学生生活で発生するクラスメイトとの出会いはこれからの長い人生に於ける通過点に過ぎず、繋がりの維持に固執する必要はない。まだまだ人生経験が足りていない小娘でもそれくらいは分かる。

 仮に百井との繋がりが無くなっても、きっと時間が解決してくれる。この便利なロジックがあれば、どんな困難でも乗り越えられる気がしてきた。それこそ文化祭に参加できなくて沈んだ気持ちは休み明けにはさっぱりしていることだろう………………いや、本当は寂しい。とても寂しい。

 百井が、延いてはクラスメイトたちが文化祭を楽しめていればそれでいい、と格好つけたかったけど、もしかしたら百井と文化祭を楽しむ未来があったかもしれない。そう思うと寂しい。ますます格好悪い。

 私にとって明るい未来を掴み損ねたことは確か。自己管理ができていない自分が嫌になる。

 追い打ちをかけるように、先ほどから癒しの塊と化していた我が家の猫は私から離れて日光が差し込む窓の方へ。

 その様子をなんとなく目で追い、庭の金木犀の枝葉が風で絶え間なく揺れている様子を見ていると、途端にチャイムが鳴った。

 壁掛けの時計に目をやると午前十時を回っていた。郵便は今の時間帯に来ることが多かったはず。親宛ての書留郵便かしら。起きてからシャワーを浴び、身なりも整えているから来客の応対に不足はない。

 少し発声練習してからリビングにあるインターホンのモニターを起動。大方、郵便配達員の若いお兄さんかベテランのおじさんが映るだろう。

 しかし、私の想像とは裏腹に、モニターに映ったのは美しい黒髪の持ち主でクリーム色のカーディガンを着ている女子高生。

 もはや見慣れた服装の百井がそこにいた。風で髪型が乱れに乱れまくっている。

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