第十八話 姿なき秋
十月の初旬。この地域で落葉樹の紅葉が見頃を迎えるのは今の時期である。通学路の並木や付近の山々が
私は秋が嫌いだ。というのも近頃の秋は名ばかりで、とっくに冬なのではないかと勘違いしてしまうほど、この時期からそれはもう寒い。
この程度だから秋のことは別に嫌いではないのかもしれない。汗をかくことがほとんどない過ごしやすい季節ではあるから、むしろ好きだ。
秋には読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋といった多様な楽しみ方がある。
私は断然食欲の秋で、栗味やさつまいも味といった、この時期限定で販売される美味しいお菓子には目移りしてしまう。それに脂が乗ったサンマの味は筆舌に尽くしがたい。
そして今月は秋らしく学校行事が多い。月を跨いで行われた定期考査に始まり、近々開催される球技大会、中旬には文化祭、二年生は関西方面に修学旅行。
あとは衣替え。今月の頭から冬服への移行期間に入った。校内は冬服を着ている生徒、カラフルなカーディガンやセーターを着ている生徒で混沌としている。
私は気の早い冬の訪れを感じたので既にブレザーを着ている。更に発熱するタイプのインナーを着て、同じく発熱するタイプの漆黒のタイツを一足履いている。
この世紀の大発明によって、今の私は人間ゆたんぽと言っても過言ではない温もりをこの身に纏っている。今年の冬はタイツを何足重ねて履くことになるのやら。と言っても今までタイツは二足までしか重ねて履いたことはない。それでも掟破りの三足重ね履きが必要なほどの大寒波が襲来するかもしれないから油断ならない……流石に三足重ね履きは血行が悪くなるから実行しないだろう。
タイツ重ね履きの問題点としては、消耗が激しくなったり、洗濯物が増えたりと多々ある。中でも最大の問題点は脚が太く見えてしまう点が挙げられる。
しかし、木を隠すなら森の中。
私よりも悩ましい、もしくは逞しい肉付きの人間は沢山いる。だからあまり気にはしない。少しでも細く見られようと努力する役目は他の人に譲る。寒さの前には私の自尊心も凍えて縮こまり、生来の使命感を忘れてしまう。
そんな冬を憂う今日この頃。私は借りていた本を手にして別棟の図書室へと向かっていた。そして若干傷心気味である。
テスト期間中は百井と遊べなかった。
それも当然、私はテスト期間中に遊び惚けられるほど怖いもの知らずではない。放課後は勉強時間の確保のために真っ直ぐ帰宅していた。
とは言え、私はそこまでガリ勉ではないので、机に向かっていると気が散ってしまい、つい部屋の掃除をしたくなるときがある。
その場合は、ここで集中して勉強すれば補習を受けることなく百井と再び遊べる、と思うことで乗り切っていた。この卑劣な勉強法の甲斐あって、テストはそこそこの点数で返ってきた。
私はテスト期間が明けたことを頃合いだと思い、再び百井と遊ぶことを企んでいた。
しかし、ある日の昼食の際に百井から委員会への愚痴のついでに、しばらくの間は放課後に委員会活動があることを伝えられた。いつからか定かではないけど新聞委員会は昼休みに活動することはなくなり、放課後に活動するようになっていた。
つまり、帰宅部であることに物を言わせて遊べない。
それに最近は忘れていたけど、百井は血の通った普通の女子高生。
授業で当てられたら「わかりません」と答えるし、他のクラスメイトと共にテストに対して不満を零す。あと最近スカートの丈が少し短くなった気もする。これは百井に限った話ではない。
委員会活動がなかったとしても、他の用事があったことだろう。ただのクラスメイトの一人である私が、百井の時間を易々と独占できるわけがなかった。
割り切れるけど、勉強によるフラストレーションが想像以上に溜まっていたようで、残念だと感じる気持ちが思いの外に強い。
忌むべき学校生活によって溜まったフラストレーションは効率的に晴らしたい。その方法を日々模索することは学生の本分。
私はそう思い、校内の散歩がてら図書室へ。歩けば、気も晴れる。
放課後なのに何やら騒がしい教室を通り過ぎ、寒い空気が漂う別棟の階段で司書の先生と遭遇した。
私が挨拶すると「職員会議で席を外すから樋渡ちゃんのこと見張っててね~」と、言われた。
今日は樋渡が貸し出しカウンター係のようだ。それはそれとして長居するつもりは無いから知ったことではない。
図書室に着く頃には吹奏楽部の練習が聞こえ始めた。
腕時計を見ると、いつもより演奏の開始が遅いことに気付いた。少し不思議に思ったけど、練習前の打ち合わせが長引いたりしたのだろう。
中学の時の部活でもそんな日があったので特に気にせず図書室に入った。
貸し出しカウンターには樋渡がいた。紺色のセーターを着ている。
借りていた本を返却すると樋渡は「あいよ」と、かったるそうに受け取った。そして豪快に欠伸をかまし、「白川、テストどうだった?」と目元を擦りながら言った。
「普通だったけど」
「まあ、白川は『えー、私ぃ全然勉強してないよぉ』と、のたまっておいて、しっかり勉強しているタイプだよねー」
樋渡は目を三日月のように歪めて私を煽った。
この子が私にどんなイメージを抱いているのか小一時間ほど問い詰めたいところだ。
「私はそんないけ好かないやつかな? というか、そんな台詞言ったことない」
私は事実を言った。
「またまたぁ」
「あ、しぃちゃんお疲れ~」
「おっ、神長」
廊下から神長が現れる。白色のセーターを着ていて、文庫本を何冊か手に持っている。読書家だな。
「友紀ちゃん、これ返却で」
「あいよ。そうだ
「変なクイズ出さないでよ」
私の申し立てなど意に介さず、樋渡はにやにやしている。そしていつの間にか樋渡も神長のことを名前呼びしている。
神長は首を傾げて考えた後「しぃちゃんなら『普通』って答えるね」と言い、「しかも良い点数を取っているのに隠しているの」と私の顔を覗き込み答えた。
見事に図星だったので私は何も言えなかった。神長は正解を察し、ニコッと笑った。
「その沈黙……真琴の言う通りに良い点数を取ったのか白川。私に隠し事とは見た目に
「別にテストの点数なんかどうだっていいでしょ」
私は言った。
「確かに。たまにはいいこと言うじゃん」
樋渡はけらけらと笑いながら言った。
「じゃあ私、バイト行くから」
神長は手を振りながら言った。
この子は最近バイトを始めた。神長のバイト先は学校近くのスーパーで、レジ打ちをしている。そろばん塾で身に付けた手腕を遺憾なく発揮しているらしい。
「テスト明けなのに羽目を外せない私はなんて不幸なんでしょう。せっかく部活休みなのによ~」
「友紀ちゃんは真面目に作業しているんだから、きっと良いことあるよ」
神長はそう言うけど、樋渡は真面目に作業してはいない。
「用事も済んだし、私は帰る」
私は言った。
「えぇ~? 私の暇つぶしに付き合ってよ白川~」
「嫌。じゃあね樋渡。行こ、神長」
「うん。じゃあね友紀ちゃん」
「ああー! 私も帰りたいー!」
樋渡の断末魔を聞き流し、私は神長と共に図書室を離れた。
私が言えた義理ではないけど、図書室は
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