第十三話
数日後。理科室での授業が終わり、待望の昼休みになる。私はクラスメイトの波に乗って教室に戻る道すがら、とある計画を練っていた。
今日は私から百井を昼食に誘ってみようと思う。
百井と学食で昼食を食べた日から数日が経った。しかし、あの日以降百井から誘いはない。
それもそのはず、今後百井と共に学食を利用する取り決めがあったわけではない。なので誘いを期待する方がおかしい。百井からの誘いが無い以上、私は静観に徹するべき。
だけど本当に何も行動しなくていいのだろうか。
百井が誘ってきたから、百井が何もしないから、と後手に回っていたら限りある時間が過ぎてしまう。
それに百井から見て私の存在が希薄になっていないか、とても気掛かりである。存在の誇示のためにも私から動く。常に高みを目指してこそ人間が足り得る。
百井は廊下の窓から外を見ながら私の前を歩いている。今が好機。とりあえずやってみよう。
「百井」
「……ん、何か用?」
百井は窓から目を離し、こちらを向いた。
「今日お昼ご飯はどうするの?」
私は百井の横に並んで歩き訊ねた。
「今日は……まあ、学食かな」
「なら一緒に学食行かない?」
「うん、いいよ……あっ、ダメだ」
百井は言った。
「えっ!? あ、いや。先約あった……?」
別に不測の事態ではない。けれども、ちょっとショックだった。
「今から委員会の集まりがあるみたいなんだ。まったく委員長の独断でやっていいのかな」
「そう……なんだ」
百井は確か新聞委員会。昼休みから活動とは熱心だな。
「ごめんね、折角誘ってくれたのに」
百井は申し訳なさそうな表情を見せる。
「ううん、いいの。委員会頑張ってね」
私は歩く速度を速めて百井から離れた。
かくして私の計画は失敗に終わった。
今日も今日とて騒がしい学食。
一人生姜焼き定食を食べる私の耳には周りの生徒たちの現実的な会話が嫌でも入り、目には向こうの席に座る名も知らぬ生徒の背中が映る。
何の変哲もない光景だけど、数日前の百井との時間と比べてしまい、なんとも遣る瀬無い。
百井を昼食に誘うことは失敗したけど、委員会があるのならしょうがない。
何より百井は用がなかったら私と学食に行くことを匂わせていた。
ご飯が喉を通っているのも、そこに僅かな救いがあったから。踏み込み過ぎではないことがわかっただけでも安心した。
「やあ、白川さん」
「ん、
味噌汁を啜っているところに、同級生の女の子、毛利さんが現れる。
毛利さんは茶髪のセミロング。私と同じくらいの身長で、制服を着崩していない。黒色のセーターを着ていて、ちょっと気だるげな目元をしている。
私は毛利さんがどこの中学校を卒業したのかは知らず、クラスも別。唯一の繋がりと言えば、私と同じく美化委員会に所属していること。
「ここの席空いてる?」
毛利さんはそう言い、私の向かいの空席をラーメンのどんぶりを乗せたトレーを持ちながら指差す。
「うん、空いてるよ」
「では同席しても構わないかな?」
「どうぞ」
学食は学校関係者が自由に利用する場所。私に断る理由はない。
「時に白川さん。今日はあいつ……百井は一緒じゃないのかい?」
「えっ? うん……」
向かいの席に座った毛利さんから不意を打つ言葉が飛んでくる。なぜ毛利さんの口から百井の名前が出てくるんだろう。
「なぜこいつの口から百井の名前が出てくるんだ? とでも言いたげな顔をしているね」
「えっ」
私は身近に読心術の使い手がいたことに驚いた。厄介だな。
「ふふふ。私と百井は同じ中学校に通っていたんだよ」
毛利さんは不敵に笑い、麺を啜った。
「そうなんだ。初耳」
「と言っても付き合いは中学校からだけどね。同じクラスになると決まって出席番号が前後だったんだ」
「ふーん。一応百井を誘ったんだけど委員会の集まりがあるんだって」
私は言った。
「昼休みからとは、まったく百井も気の毒だな。ところで白川さんは部活に入っていないんだよね?」
「うん」
「ならオカルト研究会に入らないかい? 常に新鮮な人員を募集している」
毛利さんはそう言い、気だるげな目元を輝かせる。
「うーん、オカルト研究会ねぇ」
毛利さんはオカルト趣味の闇の生徒である。
毛利さんが所属するオカルト研究会という名の少数精鋭の同好会は、日頃から邪悪な儀式を行っているらしく、善良な生徒たちから恐れられている。
聞くところによると、大会などで本校の運動部と対戦する他校の生徒に、何かしらの不調を引き起こす呪い……もとい、まじないをかける汚い裏工作を請け負っているとか。スポーツマンシップの欠片もない人の道を外れた悪しき所業である。
その割には本校の運動部は輝かしき成績を残していないから恐らく嘘だろう。
「まあ、気が向いたらいつでも言ってくれたまえ。その折には人工精霊の作り方を教えてあげよう」
「……気が向いたらね」
その後、毛利さんと寿司の食べ方について盛り上がった。
どうすれば軍艦を崩さずに醤油をつけられるか、という私の長年の悩みを毛利さんはさらりと解決してしまった。決め手はガリ。筆のように使うのだ。
「それでは、私は先に戻るよ」
毛利さんは私よりも先にラーメンを食べ終え、席を立った。
「うん、またね」
「今後も気軽に接してくれると嬉しい」
「もちろん」
「あっ、そうだ。白川さん、少し耳を貸して」
「えっ、何?」
こちら側に来た毛利さんに左耳を貸す。
「百井のことなんだが、あいつはああ見えてナイーブだから気にかけてあげてほしい」
「ナイーブ? そうは見えないけど」
「まあ、あとは君の良心次第さ」
毛利さんはそう言い、学食から出て行った。
それにしても百井がナイーブとな。
毛利さんの耳打ちを疑うわけではないけど、今一つピンと来ない。
しかし、毛利さんは百井と同じ中学校に通っていた。つまり百井のことを見てきた時間は私よりも長い。私が知らない百井の反応や姿、表情を見てきたはずだから、その通りなのかもしれない。
そういえば百井は昼食を食べる時間はあるのだろうか。
事前に昼食を用意していたわけではなく、学食を利用するつもりだったようだ。委員会の集まりの進捗が如何ほどなのか分からないけど、今の時間帯に学食に来ていないから長引いているのかもしれない。
このままだと百井はお腹を空かせたまま授業を受ける羽目になるのでは。それだと毛利さんが言っていた通りに気の毒。
そんなことを考えながら私は生姜焼き定食を食べ終え、ちょっと寄り道をしてから教室に戻った。
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