第十一話
九月の中旬。夏休み気分はすっかり抜け、席替えにより変わった自分の席にも慣れてきた頃。
私は季節の移り変わりを契機に、登校時間を早めて健康的な学校生活を送っていた。気温が下がりつつあるからとても過ごしやすい。
今日も今日とて賑やかな教室に入る。
「白川さんおはよ~」
「おはよ~」
教室の後ろの方で談笑していたクラスメイトに挨拶される。
「おはよう」
私はクラスメイトと爽やかに挨拶を交わしたその足で、とあるクラスメイトの席へと向かった。
「おはよう百井」
「あっ、おはよう白川さん」
もちろんそのクラスメイトとは百井のこと。新しい百井の席は廊下側から二列目の後ろから三番目。以前の私の席の二つ前。
私は百井にさらりと声をかけた後、寄り道せず自分の席に着き、図書室で借りた本を開く。新しい私の席は窓側から一列目の後から二番目。以前の百井の席の左斜め前。
朝の日課として百井に話しかける行為は今では揺るぎのないものとなった。
私はそのことに確かな充足感を感じて心身ともに調子が良い。具体的には肩がよく回ったり、化粧ノリがよかったり。一先ず私が踏み出した一歩は良い方向へと作用した。
ついでに私は複数のクラスメイトと会話する程度には交友を持つこともできた。
これに関して言えば私の行動による影響ではなく、入学からそれなりの月日が経ち、新たな人脈の開拓に乗り出した人が偶然多かっただけだろう。
私以外にも様子が変わった人たちが見受けられる。それは百井の取り巻きの三人。最近の連中はどういうわけか百井に近づかなくなっていた。ケンカでもしたのだろうか。
それにしてもこの席からは百井の様子がよく見える。加えて、中央の列のクラスメイトは授業中に睡魔に負けて姿勢が悪くなる時がある。
私はそれらの状況を利用して暇があれば百井のことを観察する。今も読んでいる本のページをめくる度に百井の方を一瞥している。
百井はちょいサイズ大きめでクリーム色のカーディガンを着ている。私が着ている学校指定の紺色のカーディガンとはデザインが違うから市販のものだろう。
ここから見ると百井の側頭部から肩にかけて流れる美しい黒髪が特に目を引く。その黒髪の奥にある熱心に携帯電話の画面を見つめる端正な横顔は何とも絵になる。
ふと何処からか甲高い声が聞こえたので、声の発信源と思われる窓の外に目をやる。
この席は窓から学校の裏庭が見える。裏庭の奥には通学にも使われる土手があり、女子テニス部が声を出しながら列を成して走っていた。朝練のランニングから帰ってきたようだ。
土手の更に遠くには森林が生い茂る名もなき山々が連なる。授業で酷使した目を癒すためには持って来いの目に優しい深緑。恐らくあの森林はスギ。花粉症の原因は種類があるけど、ほぼスギの花粉によるものらしい。
幸いなことに私は花粉症ではない。人によっては花粉症のつらさのあまり、自ら伐採に赴きたいほど憎しみを募らせている人もいるとか。植樹の功罪ここに極まれり。
この席はくじ引きで決めたにしては結構良い席。
とは言え、これからは無慈悲に冷え込む時期。窓際と廊下際の席はとりわけ寒いと思う。教室のエアコンの性能が如何ほどかは定かではない。夏は快適な勉強空間を構築していたけど冬はどうなる。私は冷え性だから用心せねば。
午前中の授業が終わり、昼休みになる。
「あ、あの白川さん」
学食で何を注文しようか、と廊下を悩みながら歩いていたところ、いつの間にか背後にいた百井に呼び止められる。
「あれ、百井。どうしたの?」
「学食行くんでしょ?」
「そうだけど」
「今日私も学食でお昼ご飯食べるから、一緒に……どう?」
「そうなんだ。うん、いいよ」
私に断る理由はない。クラスメイトから昼食に誘ってもらえることはとても嬉しい。それに断ったとしても行き先は同じ。
「よしっ、じゃあ行こ」
百井は張り切る様子を見せる。どうやら私と同じく空腹であることが窺える。
百井とは夏休みに入る前に一緒に昼食を食べたことがあった。百井と昼休みを共にするのはあの日以来で少し心が躍り、学食までの道のりは楽しいものがあった。
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