第九話
九月の初頭。夏休み明け。
始業式の今日は、夏休み前の感覚を取り戻すために早めの時間に起床した。
ここで矯正しておかないと昼まで寝てしまいそうだった。どうせサボるなら面倒な行事がある日にしたい。効果的なのは球技大会か。
自室のカーテンを開けて日光を部屋に取り込む。しぶとく残留する夏の日差しで目が覚める。目が眩むような
カーペットを粘着ローラーで軽く掃除してから自室を出ると、廊下には我が家の猫がいた。毛並みを楽しむために近づくとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。九月と言ってもまだ微妙に夏の気配が残っているし、人間に触られたら暑苦しくて鬱陶しいよね。
家の一階に降りると、玄関にて仕事に向かうところの父親と見送りをしていた母親に出くわした。私もそこに混ざり欠伸をしながら父親を見送った。
その後、母親に作ってもらった朝食を食べながらテレビでニュース番組を見る。必要な情報は天気予報くらい。
食器を洗った後、洗面所で身だしなみを整える。鏡に映る自分の姿の不自然なところを探す。顔はむくんでいない。手鏡を使って後頭部も確認する。ゴミはついていない。寝癖もない。
起きてから着替えるまでの時間よりも長く時間をかけて髪を整えた。前髪、良い感じ。これだけで早起きした甲斐があったと思える。
満足の行く出来栄えの髪型になったので腕時計を右腕に着け、意気揚々とローファーを履いて家を出た。
「おっ、白川さん
「おはよ~、しぃちゃん。久し振り」
家の門を出てすぐに少し日焼けしている樋渡と真白い
神長は艶のある黒髪で長さは肩ほどの長さ。私と同じくらいの身長で、制服を着崩していない。控え目で温和な性格をしている。同じクラスの樋渡曰く、クラスメイトの男の子たちからは「あの子の魅力には俺だけが気付いている……」と目を付けられているとのこと。罪深き女の子。
私と神長は中学二年の時に同じクラスになった程度の縁だけど、未だに親交が続く数少ない友人。
そして「しぃちゃん」なる私の「白川」という名字から取ったあだ名を使う人間の中で屈指の人格者である。他にこのあだ名を使っている人が存在するのかは知らない。
「おはよう。樋渡は髪の色戻したんだ。茶髪のままでもよかったんじゃない?」
「
神長はそう言い、樋渡の髪の毛先に触れた。確かに樋渡の茶髪は似合っていた。私は写真でしか見ていないけど。
それにしても神長は樋渡のことを名前呼びしているあたり、私よりも樋渡と仲が良いのではないだろうか。
「色々あるんだよ私だってなぁ」
樋渡の色々はさて置き、二人と一緒に学校へ向かった。
私は二人と登校することを示し合わせていたわけではない。どちらも運動部に所属していて朝練に参加している日が多いから今のように遭遇することは稀。
「へぇ~神長は伊豆に行ってきたんだ」
「しぃちゃんはどこか行った?」
「私は特に。お盆に県内のおじいちゃんの家に行ったくらい。あとは家で暇してたなぁ」
「それならバイトでもすればよかったのに。少しは論理的思考を持ちなよ」
樋渡がむつかしいことを言った。どこに売っているのだろう、その論理的思考ってやつは。
「うちの学校ってバイトしていいんだっけ?」
「推奨していないけど理由があれば許可されると思うよ」
私の質問に神長が答えてくれた。生徒手帳を熟読しているのだろうか。
「そういうのはでっち上げるもんでしょ。苦学生じゃない限り学生がバイトする目的なんざ遊ぶ金欲しさがほとんどなんだから」
樋渡は身も蓋もないことを言った。
私はそこまでお金に頓着していないというか。当然お金はあればあるだけいいんだけど。そうなると私がバイトを始める理由としては社会経験を積むためという面白みのないものになるか。
「何かと必要だもんねぇ。私バイトしようかな」
神長はそう言い、エアそろばんで何か計算する。
「部活と掛け持ちとか大車輪だな」
「でもさぁ、上級生に『オメー何調子こいてバイトしてんだぁ!?』みたいな意味不明な因縁付けられたら怖くない?」
これは私の偏見である。
「今時他人の生活に関わる問題に口を出すダサいやつなんているか?」
「しぃちゃんはそういう輩は意に介さないでしょ」
「そりゃまあそうだけど」
確かに私はそういう輩をこの世に存在しないものとして扱う。とは言え、加減はどうあれ威圧されたらそれなりに怖い。
「傍若無人とはまさしくお前のことだな!」
そう言い、樋渡は私の左肩をバシッと勢いよく叩いた。
良くも悪くも他人との間に頑丈な壁を作らないのが樋渡の良い所。
「……あ、百井さんだ」
話しているうちに学校の校門に差し掛かり、神長の言う通りに昇降口に向かう百井の後ろ姿が目に入った。約二週間ぶりの百井である。
「夏休み明けなのに凛とした
そう言い、樋渡は目を両手で覆った。見目麗しいってことは百井のことが美人に見えているらしい。私も百井は整った顔立ちをしていると常々思っていた。
「しぃちゃんって百井さんと仲良いんでしょ?」
「えっ」
「体力テスト一緒にやってたじゃない」
「白川はかなり手を抜いてやってたよな。そんなことより私も百井さんの威光にあやかりたいものだねぇ」
樋渡が姑息な考えを口にした。どうやら百井が齎す威光はクラスの壁を越えているようだ。
「別にそんなんじゃ」
「いや白川、そう自分を卑下しちゃいけないよ。お前には利用価値がある」
「おい」
「太いパイプってやつだね。私も一枚噛みたい」
神長まで悪ノリをする。私は百井とは幾分かの関りがあるけど、過度な期待はやめてほしい。
「やっぱり長い物には巻かれるべきだよね~。だから白川、私と神長の円満な学校生活のために今後とも良好な関係を続けようじゃないかっ!」
樋渡は私の左肩に手を置き、わざとらしく言った。神長も同意するように「うむうむ」と頷いた。私は二人の
二人は私をパイプ役にする腹積もりなのかわからないけど、百井自体は人当たりが良いからタイミングが合えば自ずと仲良くなるだろう。そこに私は必要ない。
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