第四話

 日曜日。昨日は勢い余って昼まで寝てしまって、外出する気にはならなかった。お出掛け日和の今日こそはと意気込み早起きをして一人で街に繰り出した。

 意気込みしたものの、家を出るまで少し難航した。恐らく身だしなみを整えるだけで満足してしまったのだろう。誰かと約束していたわけでもないし、外出しても徒労に終わるという予感もあった。

 着替えた服装そのままで、しばらく我が家の猫と戯れていたところ、母親に「そこまで着替えたのなら出かけてこい」と小突かれたのでおとなしく外に出た。


 本日の主な目的地はドラッグストアと美容院。美容院には帰りに寄ることにして、バスで地元のショッピングモールに向かっていた。

 バスに揺られていると、私が通っていた中学校とは別の中学校を通り過ぎ、日曜日なのに校庭で部活に精を出す中学生たちの姿が見えた。その目標に向かって努力する姿を見て、どこか羨ましく思ってしまった。

 最近なんとなくわかってきたことは、今の私には日常を動かす歯車が欠けている。すかすかの回転軸だけが空回りしている。

 以前の私にとって部活こそが日常を動かす比重が大きい歯車だった。良い成績を残せたわけではないけど、部活仲間と練習に打ち込んだ日々は私の誇り。充実していたと言っても過言ではない。

 帰宅部魂が板について私の目は曇ってしまった。そんな堕落した私の目で歯車の代用品を見つけることはできるのだろうか。


 午前十時頃に目的地のショッピングモールへ到着。休日なこともあって、車が多く駐車されていて賑わいを見せている。

 店内に入ると、入り口近くで営業するスーパーの青果コーナーから柑橘系の良い香りが漂ってきた。そして予想通り、買い物に来ている家族連れが多く見られる。このような場所を訪れると色々なお店に目移りしてしまいそうだけど、今はこらえる。

 このショッピングモールでの主な目的地は、一階のドラッグストアと二階の寂れたゲームコーナーである。まずはゲームコーナーから。

 店内の中央には二階に向かうためのエスカレーターがある。だけど以前に起こった震災の影響で故障している。修理の予定は無いようで、現在は停止した状態で階段として利用されている。


 目的地の寂れたゲームコーナーへ到着。客の入りはぼちぼち。

 最初に目に付いたのはクレーンゲーム。私は下手なので絶対にやらないと決めている。

 クレーンゲームに悪戦苦闘している人たちを尻目に両替を済ませる。音楽ゲームやメダルゲーム、レースゲームなど取り揃えられているけど、遊ぶゲームはすでに決めていた。

 クレー射撃のゲームである。

 大型のスクリーンとショットガンを模したコントローラーを使い、リアルさながらのクレー射撃を体感できるというゲーム。スクリーンの大きさと一定の距離が必要なので大分場所を取っている印象があり、そのせいかフロアの隅に設置されている。

 このゲームは遊んでいる人を見たことがないので逆に興味をそそられた。ゲームの良し悪しを知るには自分で遊んでこそ。

 今日も遊んでいる人はいないようなので、早速遊ぶことにする。

 筐体にお金を投入し、初心者用モードを選択。

 ショットガン型のコントローラーを持ってみる。意外に重い。私が熱中していたゲームのキャラクターのように片手で持ったら手首を痛めてしまいそうだ。使いこなせるか? 私に。

 筐体に銃の構え方が載っていたので真似て同じ構えを取る。本物の鉄砲を構えているような気分になれる。少し恥ずかしいけど雰囲気が出て楽しい。

 ゲームがスタートしてスクリーンに木や草原の風景が映し出され、スクリーンの端から標的のクレーが飛んでくる。初心者用モードは甘い設定なのかクレーの飛ぶ速度は遅い。

 感覚を掴むために適当に狙って引き金を引くと、コントローラーから反動が発生した。実際に弾を撃った時に発生する反動を再現しているのだろう。

 そしてスクリーンに映るクレーを運良く撃ち抜く。ビギナーズラックとは言え、クレーを撃ち抜く爽快感に思わず感動してしまった。

 まだ少ししか遊んでいないけど、このゲームはクレー射撃に興味を持つ切っ掛けとしては十分な仕上がりだと思う。気軽にクレー射撃を楽しめるこのゲームは素晴らしいの一言に尽きる。


 一クレジット分が終わったので、後ろに人が並んでいないことを確認してから続きをやろうと思い、背後を振り向くと人がいて目が合ってしまった。

「わぁ!? 百井……」

「やっぱり白川さんだ」

 私の背後には淡い色合いの服に身を包んだ百井がいた。手にはどこかのお店の紙袋を持っている。

「あ、ごめんね。別に並んでいたわけじゃないから。それじゃあ」

 そう言い残し、百井は立ち去った。

 休日にクラスメイトと遭遇することは、それほど珍しいことではない。

 でも急な出来事に気が動転してしまった。このゲームが予想以上に楽しくて没頭していたこと、それと他のゲームの音が相まって周囲の状況を把握していなかった。百井はいつから私の背後にいたのだろうか。

 何よりゲームに熱中していたところをクラスメイトに、いや、百井に見られたのがなんか……恥ずかしい。強く羞恥的に思える。

 不意の出来事に狼狽えてしまったけど、後ろに並んでいる人はいないので気を取り直して段位認定モードをやってみることにした。一番簡単な段位を選択。

 結果は認定ギリギリの記録だった。まあこんなところだろう。

 この調子だと散財することが目に見えた。そうなる前に筐体から離れた。さすがにゲーセン通いを趣味にはしないかな。このゲームコーナーもそうだけど、私の住む地域のゲームセンターは、大衆向けのゲームばかりを設置しているところが多くて私好みじゃない。


 その後、混む前にフードコートへ行き昼食を食べ、もう一つの目的地だったドラッグストアで日焼け止めなど日用品を買い足し、賑わいを増すショッピングモールを後にした。百井と再び遭遇するかも、という思惑が僅かにあったけど、再会は叶わなかった。


 最後の目的地である美容院のある駅までバスに揺られる。腕時計を見ると、まだ午後二時頃。そこまで時間は経っていない。

 一人だと円滑に事が運ぶ。

 私は一人で行動する方が性に合っているのかもしれない。その割には孤独になることを恐れている節がある。どっちつかずのめんどくさいやつである自覚はある。

 自嘲していると、用のある駅のバス停に着く。そこから徒歩で美容院へ行き、尽きかけていたシャンプーなどを補充した。

 今日は薄い息抜きをしただけだった。

 私が渇望している歯車は、このシャンプーのように簡単に手に入ればいいのに。

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