第8話 悪夢

「う、うん……?」

 眩しい陽の光が差し込み、俺は目を覚ました。

 もう、朝か……。

 良かった……。

 夢だった……。

 ついさっきまで変な夢を見ていた。

 あまりに日々の生活を退屈に思っていたからだろう……。

 

 それは、異世界に行く内容の夢だった。

 俺は異世界に行ったものの――特殊な能力もチートもないただの人間。

 そして、恐ろしいモンスターと戦った挙句、呆気なく殺されてしまい――。

 異世界生活はあっという間にBAD END。

 夢もここでおしまい。


「う、う……ん……?」

 夢の世界に没頭したあまり、寝すぎてしまったのだろうか……。

 まだ視界がぼやけ、少し頭痛もする。

 まぁ、しばらくすれば治まるだろう。

 もう一度、目を閉じた。


「にしても、夢にしては妙にリアルだったな……」

 お腹のこの辺りをブスッっと刺された感触があった。

 俺は脇腹の辺りを触った。

 いつもと全く変わらないツルツルの肌。

 ほら、何ともない。

 本当に刺されたとしたら、あんな傷口はそう簡単には治らないだろう……。

 てか、間違いなく死んでいた。

 夢で良かった。


「よしー!」

 再び、目を開け、元気に起き上がる。


「おはよう~って、あれ……?」

 いつもと違う、違和感にすぐに気づいた。

 ここは、いつものふかふかのベッドの上ではない。

 シーツの下がやけに柔らかい。

 いや、柔らかすぎる。

 弾力性が全くない。

 それになんだろう、この匂い……まるで雑草のような匂い……。


「……って⁉ ここは……⁉」

 俺は飛び上がった。

 自分の部屋ではない……?

 全てが木材でできたまるで大昔の古家の内観。

 ここは、まるで夢に出て来たお爺さんの家……?

 でも、あれは夢だったはず……?

 いや、もしかして……?


「お主よ、ようやく目を覚ましたか!」

 目の前に夢の中に出て来たお爺さんが現れた。


「お、お爺さん……!?」

 これは、現実?

 それとも、まだ夢の中?

 咄嗟に自分の頬に手を当て、ひとつねり。 


「……痛い……」

 アニメやドラマの中でしか見たことのない古典的な確認方法だったが、これではっきりと結論が出た。


 これは夢ではない。


「俺は一体……?」

「お主は、あれから、数日寝込んでいたのじゃ~」


「……あれから? 俺はアイツに刺されて⁉」

 脳裏で漆黒の大蜘蛛ダークチュラーに刺された瞬間の記憶が蘇った。

 急いで服の裾を捲り、脇腹を確認した。


「何ともない……」

 傷一つない、綺麗な肌だった。


「ほほう……。完全に治っとるの~! 若いと効き目が早いのじゃな~!」

「どうして……? 俺、確かにあの時、刺されたのに……」

「わしの治癒能力じゃ。すぐに樹木の生命力をお前さんに与え、何とか一命を取り留めたのじゃ~。それから、この家に運んで、ワシ特製のこの森で取れた樹脂と植物でできた薬を塗ってやれば、この通りじゃ、数日で傷口一つ残ってないの~」

 どうやら、俺はお爺さんに命を救われた様だ。


「どうやら助けてくれた様で、ありがとうございます……」

「お互い様じゃ。ワシもお主に助けられたからの~。まぁ、そんなことより、ちょうど、朝ごはんが出来たところじゃ~! お前さんは数日何も食ってないから腹を空かせているじゃろ? 一緒に食わんかの~?」

「……朝ご飯?」


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ~

 とても大きな腹の音が鳴った。

 どうやら、俺の体は数日ぶりの食事に我慢ができないようだ。


「お願いします!」

「ほっほっほ、こっちじゃ~」

 俺はテーブルに案内された。


「今、お主の分を用意するから先に座っておいてくれんかの~」

「ありがとうございます!」

 俺は椅子に座ろうした。


「……え!?」

 ちょっと待った……⁉ 

 テーブルの上に何かいる……?


「わぁぁ~~~~~⁉」

 俺は思わず声を上げ、跳び上がった。


「急に驚いてどうしたのじゃ?」

「いや、だって……。えっ……? なんで……?」

「ん、何かじゃ……?」

 俺は目の前の出来事に驚きを隠せなかった。


 テーブルの上にいたのは――。

 ……猫?

 ……のぬいぐるみ⁉


 どこかで見覚えのある猫。

 そう、俺の鞄の中に入っていたやつだ。

 驚いたのは猫のぬいぐるみがテーブルに乗っていたからではない。

 その猫のぬいぐるみが……。

 

 ――もぐもぐもぐもぐ

 ご飯を食べている……⁉ 

 まるで、生きた猫。

 独りでに動いているのだ。


「なんで……? えっ……? なんで……?」

 俺はこの状況を全く理解出来なかった。


「お主の友人と先に朝ごはんを頂いていたところじゃ~」

「友人……?」

「ニャ~~~!」

 猫のぬいぐるみは愛くるしい鳴き声を発した。

 手には器用にスプーンを持って。


「しゃべった⁉」

「お主よ、一体どうしたって言うのじゃ?」

「なんで……? これもお爺さんの魔法……?」

「……魔法? だから、何がじゃ?」

「なんで、猫のぬいぐるみが動いているの? それにスープを飲んで……」

「……ぬいぐるみ……? こやつはお主の友人じゃろ~? お主の荷物の中にいたのを見つけたのじゃ~!」

「にゃあ~~‼」

 いやいや、ぬいぐるみが動いているなんて理解できない……。

「これも、きっと夢だ……@p◇$&’?%〇{*‘+…………」

 その場にバタリと倒れる。


「……痛い……」

 やっぱり、夢じゃない……。

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