交戦編ー1

 ―まずい。非常にまずい。焦って机の下に隠れたけれども、隠れ場所が机の下なので、すぐにばれてしまう。しかも、机の大きさの割には隠れた生徒の数が多くて、ぎゅうぎゅうに詰まっている。暑苦しい。これではすぐに逃げ出せない。逃げ出したときの映像が目に浮かぶ。これではソフトボール部にボコボコにされそうだ。爆弾スイッチ作戦はもうソフトボール部には効かないかもしれないから、なるべく使いたくない。―

 バリーン!

 その音と同時に、入り口のガラスの破片が飛び散った。文芸部員の一人が悲鳴を上げた。すると、橋本は大声を上げる。

「机の下なんかに隠れやがって、あほらしいぜ!お前ら全員ぶっ倒して、こんなところからはすぐに抜け出してやる!」

 橋本率いるソフトボール部はすさまじい勢いで理科思考部員、文芸部員の方に向かった。手にはバットを持っている。白鳥たちは、地学室の裏口から脱出しようと考えた。しかし、机の下にぎゅうぎゅうに詰まっていたため、机の下から出るのに時間がかかってしまった。その間にソフトボール部員が何人も来てしまった。橋本が野犬にバットを振りかざす。なんとかよけて、バットが大きな音を立てて床に当たる。もう一度バットを振りかざす。野犬は、肩を冷やしていた氷水の入っている袋のひもを瞬時にゆるめ、橋本に向かって投げた。

「うわっ」

 氷水が橋本にかかった。その隙をみて、野犬が走りだす。しかし、反対側からもソフトボール部員が来ていた。周りを見渡すと、ソフトボール部員が理科思考部員と文芸部員を囲んでいた。焦る必要がないと思った橋本たちは、一度動きを止めた。少し間をおいて、野犬が言う。

「待って、文芸部は関係ない。本当は僕たちだって関係ないけど、まずは文芸部を襲わないであげて。」

「うるせえなぁ。全部の部活を倒せばいいんだから、俺たちには関係ねえんだよ。」

「ということは、川嶋君が犯人じゃないことはもうわかってるみたいだね。」

「ま、そういうことになるな。」

 そう言いながら顔のぬれた橋本は笑みを浮かべていた。どうやらこれから少しずつ野犬たちを痛めつけていくようだ。

「さあ、誰からやっていこうかなー」

 バットを縦に振り回しながら言った。

「まずは川嶋だ!俺たちに恥をかかせてくれたからな!」

「お願い。やめようよ。橋本君。」

 野犬は必死に説得を試みるが、橋本はそれを聞こうとはしない。もう一触即発であった。諦めた野犬は、まずこの場を乗り切ろうと、考えをめぐらせた。理科思考部員と文芸部員を合わせると圧倒的にソフトボール部員よりも多く、必死に抵抗をすれば勝てない人数ではなかった。だが、他に方法がないかを考えた。

「はあ。しょうがないのかなー。じゃあ、ソフトボール部が僕たちの方に襲ってきたら、そこら辺の椅子を使って反撃ってことで。」

 川嶋は心のこもってない声で言った。

「そういうことをソフトボール部の前で言うかなー。もういいよしょうがない。賛成ってことで。」

 白鳥は渋い顔で答えた。その他理科思考部員、文芸部員も反対はできなかった。

「随分余裕みたいだな!今のうちに後悔しといた方がいいぜ!」

 あまりにも格好つけたようなセリフであったため、木下はつい笑ってしまった。

「うるさい、木下。黙って。」

 高端に注意されるが、笑いをこらえきれなかった。それを見て、橋本の頭に血が上った。橋本の顔が真っ赤になると、バットを木下に向けて投げる。木下は紙一重でよける。

 バリーン!

 窓ガラスが割れた。その瞬間、清水が床に落ちたバットを拾う。また、川嶋がこっそり胸ポケットに先ほど割れたドアのガラスの破片を入れる。白鳥が足下にあった椅子を蹴った。椅子が大きな音を立てる。その音を合図に、ソフトボール部と理科思考部の衝突が始まった。男子中心に争いが起こっている。浜田がバットを野犬に振りかざす。その他ソフトボール部員も、理科思考部員に襲いかかった。野犬は瞬時に椅子を持ち上げ、バットから身を守る。それに続いて、高端や木下も椅子を使って対抗する。しかし、椅子とバットでは戦力が桁違いであった。

 木下がソフトボール部員にバットで殴られた。

「うっ」

 木下が鈍い声を上げた。その勢いで、何発か殴られる。

「おい、木下!」

 高端が心配をして大声を上げるが、それどころではない。高端も、椅子でソフトボール部員に対抗していた。高端が声を上げた隙を見て、ソフトボール部員が足を蹴った。少しひるんだ高端は、さらにバットで腰のあたりを殴られる。

「いった!」

 彼らが戦闘している間に、文芸部が裏口から逃げた。地学室にいるのは、理科思考部とソフトボール部だけになった。

 高端たちの隣では、清水と橋本が火花を散らしていた。清水は理科思考部の中でも運動神経がよいため、バットがあれば軽く橋本に対抗できる程度であった。橋本は清水に体当たりをした。とても強い衝撃が清水に加わる。勢いで押しのけられて、壁に衝突した。

「いって。やめようよ。」

 そう冷静に感想を言うと、清水は橋本を蹴り上げた。続けて、バットで何発か殴った。いつもの清水からは考えられないほどの力強さでバットを振った。しかし、他のソフトボール部員が清水を襲いかかろうとする。清水は思わず声を上げる。

「ああ、面倒くさいなあ」

 そのさなか、野犬は浜田と格闘していた。野犬は殴られた肩が痛むせいで、動きが鈍い。椅子が浜田と野犬に挟まる形で、野犬は馬乗りにされていた。

「うう...やめて、浜田君...」

 浜田は一瞬ひるんだ。野犬は起き上がろうとする。しかし、また浜田は野犬に襲いかかった。

 川嶋はソフトボール部の中でも小柄な部員と争っていた。体格は小柄でも、日々鍛えているため、運動神経はよかった。二人は取っ組み合いになっている。ソフトボール部員が川嶋を突き飛ばす。壁の近くにあったホワイトボードに当たる。

「いった。」

 ソフトボール部員がバットを振りかざす。川嶋は後ろに下がってよけた。またバットを振りかざす。川嶋は、ホワイトボードをソフトボール部員の方に勢いよく倒した。大きな音を立ててボードが頭に当たる。バットを奪おうと体を動かすが、他のソフトボール部員が来てしまった。

「ちょっとここ狭い。」

 川嶋は走って地学準備室に向かった。川嶋が準備室のドアを開けた瞬間、何かに当たった。同時に音がする。中には白鳥がいた。そして、準備室の中で倒れたソフトボール部員が起き上がった。どうやら、勢いよくドアを開けた時、ドアのそばに白鳥と争っていたソフトボール部にドアが当たったようだ。白鳥はそのソフトボール部員を取り押さえようとする。ソフトボール部員はバットを持ち上げる。川嶋はバットを持っていた手を勢いよく蹴った。

 カランッ

 バットが下に落ちる。白鳥がそれを取り上げる。川嶋を追いかけてきたソフトボール部員が川嶋の方に襲いかかる。しかし、川嶋はすぐに準備室の中に今度こそ入り、ドアを閉め、鍵をかけた。バットでドアを殴っている音が聞こえる。白鳥は、バットは使わず、準備室中にいるソフトボール部員を取り押さえた。そのソフトボール部員が抵抗するため、川嶋も援助に入る。

「くそおっ」

 そのソフトボール部員は殺風景な準備室の中で、悔しみの声を上げた。その頃、木下は窮地にあった。

「ぎゃーーー!」

 木下は奇声を発した。しかし、それが逆効果となり、ソフトボール部員を興奮状態にさせてしまった。

「うるせえな!」

 木下は顔を殴られた。少し離れて、理科思考部の女子が悲鳴を上げた。木下は流血している。白鳥、川嶋は、先ほど取り押さえたソフトボール部員を縛り、すぐに地学室へ向かおうとした。だが、なぜか扉は開かなかった。準備室の扉は老朽化していて、一部木の部分が腐敗しているところがあるが、先ほどはきちんと開いた。

「閉じ込められたかも。なんか置かれたねこれは。あ、もしかしたら、誰か押さえてるのかもしれないけど。」と、川嶋。

「え、やだ。こんなところに閉じ込められるのはやだ。実験器具だらけだし。」

「あ、それ使ってぶっ壊してよ。」

 川嶋はバットを指さした。

「いいねそれ。ちょっと離れてて。」

「了解。」

 白鳥はドアを睨んだ。川嶋はすぐに離れた。床にはたくさん段ボールが置いてある。

「いくよ!」

 バンッバンッバンッ

 白鳥はバットで思い切り扉を殴った。すると、表面が少し削れた。白鳥は、バットを槍のようにしてその部分を突き刺した。扉の反対側にいたソフトボール部員の肩に当たった。

「うわっ、なんだよ。くそおっ」

 ソフトボール部員は突き出てきたバットをつかんだ。

「やばっ、捕まれた。くうっ」

 白鳥は力を込めてバットを引き戻そうとした。ソフトボール部員も、強い力で引っ張っている。それを少し離れていたところで見ていた川嶋は準備室と地学室をつなぐ扉の他に、準備室と廊下をつなぐ扉があることに気がついた。そこには段ボールが積み重なっていたため、直前まで気がつかなかった。すぐに川嶋は段ボールの壁を崩し始めた。中には重い液体のようなものが入っていた。

「なんだこれ。重すぎる...」

 川嶋は舌打ちをした。見た目の割には中身がとても重いのだ。

 木下はもう意識を失いかけていた。ソフトボール部員の勢いは止まらない。ソフトボール部員は、とどめでも刺すかのようにバットを大きく後ろに振り上げた。

「このおお!お前なんか!」

 そう言いかけた途端に、普段ロボットを研究している萩原がバットをつかんだ。

「木下を殺す気か?絶対にそんなことはしちゃいけない!」

 萩原はバットを取り上げ、床に置いた。そしてソフトボール部員の背中を一蹴りし、床に取り押さえた。

「さっきまでいなかったのに、どこにいたんだよ!萩原!」

 絞り出すような声でソフトボール部員は言った。

「タイミングを狙ってたんだよ!隙ができるまで!」

 萩原は、ソフトボール部員を完全に取り押さえられるタイミングを狙って、最初から机の下に隠れていた。

 清水は、橋本をできるだけ最少の数だけ殴り、取り押さえた。橋本は何度か殴られても激しく抵抗したため、少し殴り過ぎてしまったとでも言うように清水はため息を吐いた。残りは、浜田を含める五人のソフトボール部員が理科思考部と衝突していた。浜田と野犬などの男子、五組が争っている。

「この争いを止めたいけど...そのためには暴力で制圧しなくちゃいけないって、おかしいよ。」

 先ほどよりも深いため息を吐き、橋本を縛り始めた。

「なんでこんな方法を選んだの?もっといい方法があったはずだよ。バットは人を傷つけるためにあるものじゃない。」

 清水は独り言から、橋本への問いに変えた。

「ふざけるな...さっきまで俺を殴ってたくせに...」

 清水は返す言葉が見つからず、黙り込んでしまった。

「何もいわねーのかよ...人をこんだけ痛めつけといて...そのありさまか...もっといい方法があるはずとかいきったこと言ってんじゃねえよ...」

 縛られながら、強い言葉を発するも、その口調には力が入っていなかった。

「僕たちは本当は暴力を振ってはいけないことはわかってる。でも、あんな状態になっていたら、君たちを取り押さえること以外に方法がなかったんだよ。ごめん。だから、もう暴力は止めてさ、もう一度解決策を探そうよ。きっと見つかるはず。」

 その言葉に、物理室にいた全員が動きを止めた。どうやら、清水の思いは伝わったようだ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る