満月と無月

黒煙草

1話完結

『隕石の降る世界』


そう俺たちは略して呼んでいた場所があった


そこではその世界のいちばん強いヤツが、一体なのか一人なのか分かんないけど、存在してて


別の世界で何人もの強いやつを集めたり

個々人で強くなったり

『その世界』の強いやつが弱体化するまで粘って挑んだりして


でも決して、誰も勝てなかった


俺も、勝てなかった


────────


「よっ、無月むつき。お前の異能何だった?俺【刀を生成】だったぜ」

「ん?あぁ満月みつき、僕は【空気を飛ばす】だったよ」


木造建築が建ち並ぶ街を一望できる崖に、俺と無月は喋りあっていた


時折、無月は無邪気な顔で俺に空気を飛ばしてくるもんだから、涼しく感じていた


対して俺も、少しチクリとするけど手のひらからニュッと刀の先端を出した


「満月、それで全部?」

「バッカ、今本気出して全部出したら無月に怪我するかもしれないだろ?」

「そんな事ないよ!」


なんて笑いながら言い合ってるうちに帰る時間になると、2人して崖から飛び降りた


飛び降りつつも軽く身をこなして岩場、木の枝を利用して降りていく行為が危ないことをしているとわかっていても、年月が経つにつれその危機感すら失われていく


「お主らは10年も経つというのに、なんも成長しとらんの」


大ババアこと、柚月村長はお偉いさんが集まる広い部屋で、俺と無月だけの2人にそんなことを言う


「だからって殴ることねーじゃん!」


頭にゲンコツされた俺は、大ババアを睨む


「じゃかあしい!……満月よ、お主に依頼が来ておる」


大ババアに渡された依頼書を見て、嫌な顔をした俺


「村の見回りぃ?もっと派手なのないの?」


「お主にはそれで十分じゃ!無月と違い異能を十全に扱えん半人前にはの!」


そう、俺は10年たった今でも【刀を生成】する異能を使いこなせていない


刀を全部出そうにも、痛みが先に来て止まる

その際に出てくる血の量で、貧血を起こす


まるで話にならないと、村の戦士たちにも貶されていた


それに比べて無月は違った


【空気を出す】だけで、デメリットは多少の疲れのみ

それの繰り返しで進化した異能は【真空斬】


見えない刃が、敵に気づかれる前にあの世へ送る残酷な力だ


「……いいよ、行ってくる」

「満月!大ババア、僕も行くよ!」


「ならぬ!無月はこちらに来なさい」


村一番の落ちこぼれに構う必要は無いと、遠回しに言われた気がして仕方なかった


「……ってことがあってよォ」


「大ババアらしいな。あのお方は村のみんなを平等に扱っている裏で、弱いやつには冷たいからな」


俺の数少ないマイフレンドの参牙みきばは、そんなこと言って俺に笑いかける

参牙は中坊の頃に転校してきた奴で、3年経った今も仲良しだ


「でもまぁ、俺らも高校生だ。体も大きくなってきたし、鍛えて強くなって……」

「そうだな、あの大ババアを見返してやるんだ!」


教育施設には中学と高校があり、俺と参牙は高校に通っている


成人20歳までの教育機関で、卒業すれば村の成人儀式を行い、成功した者だけが村の戦士になれる

失敗した者は畑仕事か見回りか、華のない道を選べる


「そんじゃまー、満月……始めようぜ」


「うぃうぃ」


俺の返事と同時に村から鐘が鳴る

夜を迎えたその鐘は依頼の合図でもあった


依頼というのは若いヤツらの小遣い稼ぎのようなもので、俺も一人暮らしというのもあり、バイト感覚で受けている


底辺レベルの俺だが、将来は無月と肩を並べて村の戦士になり、村を救う夢は変わらない


「どのルート?」


「北門から時計回りだなー、2周したら交代がいるってさ」


依頼書を確認して俺は言うと、参牙は歩を進めたので俺も歩き出す


「参牙、お前の異能って相変わらずなのか?」


「ん、あぁ、そうだな……【見たものを爆発させる】やつは危険な異能に変わりないけど、頼られてる証拠だよ」


ふーん、と適当に流していると村の方からカンカンカンと鐘が鳴り、俺たちは戦闘態勢に入る


「あの鐘は森の魔物か」

「この時期は繁殖期だから大人しくしてると思ったけどね……誰か悪さしたかな?」


魔物だって生き物だ、食って寝て仲間増やしての繰り返し

適度に減らさないと村に侵入してきて人を襲うってんだから、面倒極まりない


「満月、こっちから行こうぜ」


「おい参牙、そっちだと遠回りになるぞ?」


「案外、こっちのが先回りになんだよ」


成程と俺は納得した

今魔物がいる場所でも、魔物の種類は分からない

足の早いやつなら遠回りして待ち構えるというのも手か


「いいね、乗った」


「そう来なくっちゃ」


俺は村の中の宝物殿を経由した

魔物に駆り出された警備兵もいるらしく、現在は2人で警戒していた


俺と参牙はなぜか草むらに隠れている


「いや隠れる必要なくない?」


立ち上がろうとした俺を参牙は止める


「外で警戒してたやつがこんなとこにいたら怪しまれんだろ?」


なるほど、俺バカだから分からねぇけどそういうことね

立ち上がるのをやめてまた隠れる俺に、参牙は手を前にすると宝物殿のすぐ端を爆発させた


「……え?」


「……」


警備兵は驚き、爆発の原因を探り始めた瞬間、参牙は急接近して首を絞め落とす


「なっ、お前参牙か?!貴様何してやが────っ!」


「……」


参牙は無言でもう1人の警備兵の手前を爆発させて、吹っ飛ばした木にぶつけて気絶させる


「3年、待ったかいがあった……」


「参、牙……?何してんだ?」


「ん、泥棒」


宝物殿に入っていく参牙を止めるべく、俺は急ぎ宝物殿に入ると、転んだ


正確には参牙に転ばされた


「はっ、マヌケも行き過ぎると滑稽だな」


「お前、何してんだよ!宝物殿には俺たちみたいなガキは入れねぇだろ!?」


「うるせぇなぁ落ちこぼれ、殺すなって命令あったけどやむなしの場合は殺してもいいって言われたし……1人くらいならいいかぁ?」


何を言ってるんだ

参牙がこんなことするわけが無い

だってこいつは、中学の時からダチで……


「何?友達ごっこまだ続ける?それとも俺の正体?何を盗むか知りたい?」


「な、いや……違……」


「俺、隣国の亡命者って扱いなんだよ。でも実はスパイだ」


素っ気なく言われた言葉に、俺は動揺を隠せず混乱する傍で参牙は宝物殿を漁る


「慌てんなって……3年かけてここら一帯の警備システムを把握しながら強くなって、目的のものを探したよ」


「なんだよ、目的って」


参牙は1つの紅い宝玉を取り出し、俺に晒す


「……こんなもん、あっちゃいけねぇんだよ」


「赤い……た、珠……?」


「宝玉だと大ババアは言いふらしてるが、卵なんだよ」


俺の混乱はさらに加速する

卵なんて、いつ孵化するか分からないもんがこんな所に?


「今は眠ってて、目覚めんのはもう1000年必要って聞いたな」


「い、いや、そんなことよりっ!なんで、俺なんだよ……」


「お前だと都合いいもん」


ただそれだけだった

都合の良さだけで選ばれ存在


「バレてもお前のせいすりゃ、お咎めないしな」


なんというふざけた理由、そんなことで巻き込まれた俺はキレた


「ふざけっ」


「黙れよ、村のゴミ」


腹に爆発の衝撃が入った


「ゴッブゥ……」


参牙は嫌そうな顔をして膝から倒れた俺の顔を踏む


「てめえの語る夢の話、聞く度に笑えたよ。無月ちゃんの隣で戦士になる?大ババアに認めてもらう?笑えるよな」

「異能を満足に使えず、刀出そうとしても痛い痛いってうるさくてよ」

「正直、同情なんて湧かねぇし、反吐しか出ねぇよ」


俺の夢を貶されながらも、頭を踏む力が強くなる


「まぁいいや、刀の痛み知ってるんだったら人を殺すことも出来ねぇだろ」


「うるせぇよ……」


俺は怒り任せに踏んでた足を払って、参牙に切迫する


「俺の!夢を!貶すんじゃねぇ!!」


「あっそ、んじゃ死ねよ……【爆炎の──」


参牙の片手が俺の目の前に差し出された瞬間、持っていた赤い宝玉が、同情するように紅く輝いた


「──えっ?」


参牙がそれに気づき驚いた時、俺は踏み出して刀の先端を出した


「痛ッヅぁ”、ぁぁああああ!!」


中途半端にしか出せない、手のひらに広がる痛みのある刃が、参牙の心臓を貫いた


「あ、あ……ゴボッ……!」


抱き寄せるようにして、参牙が死に、倒れてくるのを俺は支える


「なんで、どうしてだよ……俺は、戦士になるんだよォ……」


参牙の落とした宝玉が割れる


「俺は人殺しじゃないんだよ……戦士になるんだよぉ……」


参牙の血と、俺の掌からの血が割れた宝玉に流れる


「無月ぃ……ごめんなぁ……!」


人殺しは無月の隣には並べれない


そう思えた時、身体中から燃え上がるように熱が上がる


「っつ、熱い……熱い熱い熱い!!」


頭がかち割れんほどに熱く、目から流れる涙もボコボコと湯気がたち、身体中から汗が流れると床をジュウと焼き、煤になりそうな身を俺は転げ回りながらも必死に耐えた


「アアアア!!!熱い!!ぐぅぅ!!」


外から複数の足音を聞き、熱が引かない俺は目をやる

そこには村の戦士たちが様子を見ていた


「た、たすけ……て……熱いんだ、体の中で炎が……熱いんだよォ!!」


「ば、化け物……」

「お、おい!大ババアに伝達だ!宝玉が割れたと報告しろ!!」

「全員警戒!戦闘態勢に入れ!!”何者かが獄炎に喰われた”と!!」


「な、んで……」


俺の身が溶けそうな熱はまだ引かないが、感覚が鈍ってきて痛いはずなのに立ち上がる


「う、うわぁぁ!!く、来るなぁ!!」

「引くなぁぁああ!!行くぞ!!!」


「何言ってんだよみんな……俺は、満────」


「バケモンがぁぁあ!!」


弓を引いき、射った音を聞くと目の前で矢がドロリと溶け落ちた


「何事じゃ────こいつぁ……」


声の主は大ババアだ、後ろに控える無月も俺の姿を捉える


「大、ババア……俺だよ、分かるだろ?満月だよ」


「……分かるぞい、じゃが……そうなってはもう無理じゃ」


何を言ってるんだ?俺は……化け物なんかじゃ

無月を見ると、何かを決心した目付きをしていた


「大ババア、さっき言ってた奴だよね」

「うむ……して、無月よ」

「情があるかって?無いよ、殺せる」


俺は無月の言葉に疑問を持つが、考えることを物理的に拒絶された


バァン!と額にデコピンされたような感覚が伝わと俺は無月をみた



「……【真空斬・弾】」


言うと同時に、身体中に小さな見えない何かが連続して、弾け、ぶつかる


「つ、な、なんだ?」


痛くはない。熱の痛みで感覚が鈍ったのもあるが無月が手加減したのだろう


「……大ババア、転移を」

「1人で、殺れるな?」

「街に被害が及ぶから」

「任せよ」


「な、何勝手に話してんだよ!大ババアなら熱いのなんとか────」


言う途中で目の前が歪み、目を回した感覚に襲われて水の中に入った


「ガボボ……!?」


先の歪みに目を回した感覚には覚えがあった

大ババアの【物を移動させる】異能、その最終形態である【空間転移】によるものだ


「ガバババ……」


俺は息が辛くなる前に急いで泳ぎ這い上がると、水面上に無月が孤立していた


「ぶはっ!な、何するんだ無月!!あの大ババアも!」


「……水温が上昇してる……満月、説明欲しい?」


「当たり前だ!」と言った

化け物扱いされ、無月から攻撃されて、大ババアに転移されて急に水の中にいると思ったら無月が水面で立ってて……


「あの割れた宝玉には卵が封印されててね、『消えない炎』と呼ばれる【獄炎】が宿されてるの」


「だから、それがなんだよ!」


「……僕たちが産まれる前、宙から隕石が降ってきたんだって」


唐突に出された隕石の話、それは昔のおとぎ話だと思って大ババアに聞かされた……世界が炎に包まれた時の話だ


「あの御伽噺を信じろってか?」


「聞いて、満月……隕石の欠片は常に炎を纏っていてね、他の村でもそれが大切に保管されてるの……宝玉にして、ね」


初耳だ、そんな話聞いたことがない


「初めて知った顔してるね、私もさっき知ったよ。村の並の戦士には伝えられず、大ババアが認めた者だけが知れるんだよ」


「え、じゃあ……無月、すげーじゃん!!村の戦士以上に強えって事だろ?!」


俺が絶賛すると、無月は照れくさそうな顔をしていたが直ぐに切り替えた


「えへへ……い、いや!そんなことはどうでもいいんだよ!問題なのはその宝玉が割れた時だ」


「……割れたらどうなるんだ?」


「殺さなくちゃいけない。殺して、また、宝玉にするんだ」


スパリと俺の片腕が食いちぎられた

無月の【真空斬・霧鮫】による切れ味の鋭い牙が、俺を襲う


「ころ……!?なんで殺されなくちゃいけねぇんだよ!」


「そうしないと!……また、世界が炎に包まれるって……言われたから」


俺は腕の行き先を見ると、水面には宙に浮かぶ月が俺の姿を映し出した


「……なんだよ、これ」



顔が、犬だった



村の近所にいる飼い犬ではない

森にいる魔物のような魔犬でもない

もっと、禍々しく、怖々しい毛並みが轟々と燃える……恐ろしい存在になっていた


切り離された腕も再生しており、両腕もまた俺のじゃなかった


まるで鬼のような、皮膚を剥がして筋肉がもろに浮かび上がった赤い、血の色をした腕がそこにあった


「俺が、化けも……いや、犬……?」


俺は手の先にある爪をマジマジと見つめながら、無月に問う


「そうだよ。もう……満月じゃないんだよ」


「違う!俺は────」


「黙れ、化け物」


水面を走るように移動した無月は、手を振って俺に攻撃する


「【真空斬・鋭】」


半身が浮き上がっている俺の胸に、鋭い穴が空くも、俺は痛みを感じなかった


「なら……俺だと証明したらいい!!」


俺は水面に潜って泳ぐと、無月の下から水柱を上げて飛び上がる


「【真空斬・幻切】」


「ここだっ、ア”ァ”っ!」


拳を振り上げるもそこに無月はおらず、腕を切り裂かれる


「ぐっ、うぅ!」


「【真空斬────


無月からの異様な力の膨れ上がりに、宙にいた俺は体全体を庇う


────無月】」


目の前が真っ暗になったと思えば、四肢に力が抜けていく感覚に襲われる


違う、感覚を置き去りにして全てを切り落とされたんだ


──────


「これでもう、動けないよね」


ボトボトと湖に落ちていく肉片がドボンドボンと音を立て、無月は化け物の討伐を確信した

【真空斬・無月】は無月が編み出したオリジナルの異能技で、視界を切り刻むと四肢を切断させる無惨な技だ


「満月……満月ぃ……僕は、殺したくなかったよぉ……」


無月から流れる涙は、転移された村から近い湖に落ちていき、蒸発した


あとは核となる火玉を回収し、大ババアに渡せば依頼は終わる


無月は、孤独になるのだ


「1人は寂しいなぁ……あ、今日は新月かぁ」


辺り一帯が暗くなったので空を見上げると、太陽によって照らされる月が見当たらなかった




というのは、間違いだ


「え────」


無月の喉に衝撃が走ったかと思えば、湖に水柱を上げ、水底に背中からぶつけられる


「ガバッ、ガぼぼ……」


【真空斬・呼吸賭す】


念じることで発動した異能技で呼吸を可能にした無月は、目の前の相手を見た


「な、ぁ!?満月っ!」


「……」


息を吸う、吐くことしないその存在は、まるで理性を失っているようにも見え、水底で無月を固定する


「さっきから切り刻んでるのに、再生が早い……!埒が明かないな……!」


無月は首から下を動かし、化け物の腕に身体ごと絡むと、捻った


「────ッ!!」


「痛いかい!?僕も心が痛いよ!」


腕から肩を破壊され、力が緩んだ化け物の腕から離れた無月は、水中に漂う


「【真空────


「……!」


言葉より早く、念じるより早い化け物の膝蹴りが無月の鳩尾に入るも無月は好機と見た


────斬・無月】」


両目の一閃から始まる異能技が化け物に当たることは無かった

当たる瞬間に驚異的な速度で首を引いたのだ


「1度見た技は効かないってことか……?ふざけないでくれよ満月!」


「【獄炎────


無月の文句に反応したかのように、化け物は姿勢を低くすると左手で無月の胸ぐらを、右手で手刀を引く


「ハッ、ハッ!何度でも!やってやる!!【真空斬・無月】!!」


刀】」


「え────」



【獄炎刀】の名と無月の呆けた声が、湖を吹き飛ばした








「なんで……刀が、今になって使えるんだよぉ……満月ぃ」


雨に濡れる化け物は、物理的に干上がった湖だった場所で、真っ赤な炎を立たせる刀を担いで座り込んでいた


座り込んだ視線の先には、半身を失った無月がいる


「……」


コツリ、と担いだ刀を肩で鳴らす


「僕は……死んじゃうのかなぁ」


魔物との戦いで両脚を失う村の戦士はいても、腹から下を失った村の戦士はいない


コツリとまた、鳴る


「満月……僕は、君を……友達として、殺したくなかったんだ」


コツリ


「生まれ変わっても、友達になってくれるかい?」


……


「返事は、無いかぁ……────」



コツリ

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満月と無月 黒煙草 @ONIMARU-kunituna

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