第8話 最悪な再会

 夕方、律佳とカイリは、学校の前で待ち伏せしていた。律佳はソワソワしていた。久しぶりに賢人に会うのだと思うと、緊張して気が気でなかった。


「えーと、確か、『影』は夜にしか活動できないから、『影』に取り憑かれていても日が出ているうちは普通なんだよね?」


 律佳は気を紛らわすように尋ねた。


「そうだ。だから、今がチャンスなんだ。でも、『影』に取り憑かれてますよ、早く心の闇を吐き出してください、なんて単刀直入に言っても、なかなか信じてもらえない。そこが面倒なんだよ」

「確かにそうだね……」


 『影』の存在なんて、実際この目で見ていなければ、律佳も信じなかっただろう。急に『影』のことを話したって、頭がおかしいと思われるに違いない。

 そんなことを考えていると、校門から数名の友達に囲まれた賢人が出てきた。


「やばい、賢人が来たよ。カイリ、どうしよう……」

「どうしようも何も、話しかけるしかないだろ」

「いや、そうだけどさ……僕、賢人に、ガチな感じで嫌われてるからさ……今さらなんだけど、僕、賢人と話せる自信がなくなってきた……」

「何言ってんだ? 弟だろ? 多少嫌われてても、話くらいできるだろ」


 カイリはそう言うと、ブツブツ言っている律佳を引き連れて、賢人の前に立ちはだかった。


「おい、お前が相原賢人だな?」


 カイリは声をかける。賢人は不審そうに尋ねる。


「なんの御用でしょうか?」


 賢人の友達がこっそり「知り合い?」と聞くと、彼は首を振った。

 律佳はカイリの背中に隠れて、様子を伺っていた。


「律佳、隠れてないで出て来いよ」

「出たいところなんだけど……いざ賢人を前にすると……ね」

「……お前、そんなに弱っちかったっけ?」


 そんなやり取りをしていると、賢人は顔をしかめて言った。


「兄さん?」


 律佳はまずいと思った。


「なんで兄さんがここにいるの? 今更何しに戻ってきたの?」


 賢人は軽蔑するような、冷たい口調で言った。


「兄さんに関わっている暇はないんだ。僕は塾があるから」


 その後、賢人は話を聞くこともなく、何も無かったかのように、友達と去っていった。

 律佳はただ、賢人の背中を見ることしかできなかった。


「久々の兄との再会より、勉強の方が大事ってわけか」

「……そうみたいだね」


 律佳は肩を落とした。こうなることは、分かりきっていたことだ。険悪なまま家を出て、それっきりなのだから。


「思ってたよりも嫌われてて、驚いた。てっきり、お兄ちゃんなんて大っ嫌いっ! プンスカッ! 程度かと」

「なんだよ、プンスカッて……小学生じゃないんだから……」


 と律佳は苦笑を浮かべた。


「まあ、とにかく、もう一度接触を図ろう」

「賢人、塾、夜の十時くらいまで行ってたよ。今は知らないけど」

「まじかよ。それなら、とりあえず監視だけでもしておこう。あまり時間はないからな」


***


 律佳とカイリは、塾に忍び込んだ。

 賢人が授業を受けている教室の窓から、こっそりと様子を伺う。


「ねえ、不審者って思われない?」

「どうせ忘れられるんだから、問題ないよ」


 と、カイリは軽い調子で言った。でもそれは、少し悲しそうな声にも聞こえた。

 そういう面では、周りの人間から記憶が消えるのは、都合がいい。


「もう夜だよ。賢人、塾の中で暴れだしたりしない?」

「分からない。その可能性もあるから、見張っているんだ」


 そんな時だった。賢人が、急に立ち上がった。さっきとは全く違う、虚ろな目をしている。


「おい、大丈夫か?」


 と、先生が声をかけるが、返事をしない。周りの人達も、心配そうに見ていた。

 すると突然、賢人は笑いだした。


「くはっ……あははっ……」


 明らかに様子がおかしくなってしまっている。賢人はそのまま、机の上の参考書やプリントを蹴散らす。

 

「律佳、携帯持ってるか?」


 カイリは声を落として尋ねた。


「持ってるけど……」

「賢人が暴れている様子を、動画で撮っておけ。後で使うから」

「後で使う? 何に?」

「いいから。俺はあいつを止めてくる」


 カイリはそう言うと、教室の中に飛び込んだ。


「え、ちょっと、カイリ!」


 よく分からなかったが、律佳はとりあえず携帯を取り出し、録画を始めた。

 カイリは素早い動きで賢人の腕を拘束し、首の後ろあたりにチョップをいれ、気絶させた。

 気絶した賢人をカイリは背負い、教室の人々に向かって言った。


「すみません。この子、最近ストレスが溜まっていて、ちょっとおかしいんです。責任を持って病院へ連れていきますので。あ、ちなみに俺は、この子の兄の、相原律佳と申します。ご心配なさらず。家には連絡していただかなくて結構ですので」


 カイリは人が変わったかのように、爽やかに挨拶をした。そして息をするように、嘘を吐く。

 律佳は感心と呆れが混じったようなため息をついた。

 

***


「とおさん、最近、『影』の量多くない?」


 毒が塗られた扇子を振り回しながら、イロハは嘆いた。この扇子をには刃がついており、これ単体でも武器になるが、扇子に毒を塗り、仰ぐことで、毒を振りまくこともできるのだ。

 カイリと律佳は賢人の監視をしているので、今日は三人で、『影』を狩らなければならない。『影』は毎日現れる。休んでいる暇はないのだ。


「ああ、『影』は少しずつ増えていっている。『影』は人の心の闇を好み、取り憑く。じゃあその得体のしれない『影』は、どこから生まれているのか。俺は、『影』は人間から生まれているんじゃないかと思っている」


 トオルは炎をまとった剣を『影』に振りかざしながら言った。


「人から生まれたのに、人に取り憑いたり襲ったりするのかよ」


 ユウジは銃で打ちながら、可笑しそうに言った。


「この『影』たちは、人の形をしている。人ってさ、みんな、他人には見せていない影の部分があるだろ? その影の部分が、独り歩きして、『影』として実体化しているんじゃないかって」

「じゃあなんで数が増えていくんだ? 別に人口が増えてるわけでもないし……」


 ユウジは疑問に思い、尋ねる。

 

「ほら、今はストレス社会だろ? みんな、誰にも言えない悩みや闇を抱えているんだよ。心の病の話とかも、最近よく聞くだろ? そういう人たちが、最近増えてきている」

「なるほどね」

「そうやって、心の隠れた部分が『影』に形を変えて、闇を抱えた人々に取り憑いたり襲ったりして、快楽を覚えているんじゃないかなって思ってる。まあ、あくまで俺の見解だがな」

 

 トオルの話を聞いて、イロハとユウジは感心した。


「まあ、そのおかげで俺たちは迷惑しているんだけどな!」


 トオルはそう言うと剣を捨て、両手に炎を溜めた。そして、その手を合わせて前に出し、大きな炎の塊を作って、発射した。辺り一面が炎に包まれ、『影』は悲鳴を上げながら消えていった。


「……さすが、とおさん強いね」

「ああ、そうだな」


 イロハとユウジは再び感心した。


***

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