第7話 知らなかった世界

 夜になると、皆は外へ出る準備をした。動きやすい格好に、銃やナイフなどの武器を身につけている。

 銃なんて初めて見たので、律佳は少し後ずさった。


「さあ、『影』を狩りに行くぞ。俺とイロハ、ユウジとカイリと律佳で分かれよう」

 

 と、トオルは提案した。

 律佳は、ユウジとカイリとともに、夜の街を駆け巡る。


「『影』って、どんなところにいるの?」

「そこら中にいるさ。普段は気が付かないだけで」

「そこら中に……?」


 次の瞬間、律佳には声が聞こえ始めた。奇妙な声だ。なんて言っているのかは分からない。色々な高さの声が聞こえる。

 そして次第に、見え始めた。黒い人型の『影』が、そこら中に漂っているのが。


「な、なにこれ……」


 律佳は驚いた。こんなに不気味なものが、この世界にはいたのだ。全く気が付かなかった。こんな奴らに囲まれた中で、今まで暮らしていたと知って、律佳はゾッとした。


「カイリ、さっさと片付けるぞ」

「ああ。律佳は下がって待ってな」


 ユウジとカイリは前に出た。

 凍てつく空気が辺りを包む。カイリの手の中に、氷の粒が集まっていき、やがてナイフを形作った。

 ユウジは銃を手に持っている。カイリによると、ユウジ狙った獲物は百発百中の銃使いらしい。


「行くぞ!」


 二人は一斉に前に出た。

 カイリはナイフで、『影』を切っていく。『影』は消える瞬間、女の人の叫び声のようなものをあげた。襲ってくる『影』を、次々に切り刻んでいく。

 こんなふうに戦うんだと、律佳は感心していた。

 ユウジは銃で『影』を撃ち抜いていた。ユウジの銃は不思議で、発砲の際あまり音がしなかった。

 ユウジは銃だけではなく、念動力でも戦っていた。周りにあるガラクタやゴミ箱を手を触れずに操り、それを『影』に容赦なくぶつけていた。

 近距離攻撃が得意なカイリと、遠距離攻撃が得意なユウジ。二人の相性は抜群だった。

 律佳は素直にかっこいいと思った。


***


「とおさん! 早く!」


 一通り『影』を狩った後、イロハが焦ったようにトオルを呼ぶ。

 

「こっちから『影』の気配がするよ!」

「ああ、急ごう」


 イロハとトオルは、気配を頼りに探す。この『影』の気配というのは、人間に取り憑いた『影』のことだ。

 

「あの人だ!」


 視線の先には、フラフラ歩いている、制服を着ている学生がいた。高校生だろう。


「ねえ、君、大丈夫?」


 イロハが近づいて声をかけるが、返事はない。

 学生は虚ろな目をしている。周りの声は、何も聞こえていないようだ。『影』に取り憑かれた最初の段階で見られる現象だ。ここから、どんどん自我をなくし、凶暴化していく。


「監視対象者だ。本部に報告しよう。『影』は今日取り憑いたばかりだろう。今夜は人に危害を加えることはないさ。イロハ、そいつの名前を調べろ」

「分かった」


 イロハは学生の鞄を取り、勝手に中を見始めた。それでも学生は、気がついていない。

 イロハは、参考書が詰め込まれているこの鞄の中から学生証を見つけ出し、そこに書かれている名前を読み上げる。


相原賢人あいはらけんとくん。高校三年生だよ」

「分かった。ありがとう」


 トオルとイロハは、急いで家へ戻った。

 

***


 次の日の朝、早速作戦会議が行われた。

 律佳は皆が真剣な顔で話しているのを、ただ何となく聞いていると、聞き覚えのある名前が聞こえてきた。


「……それで、その子の名前は相原賢人くん。高校三年生だよ。多分塾帰りに襲われたんじゃないかなって思う。鞄に色々な参考書が入っていたからね」

 

 イロハは分かっていることを述べた。


「高校三年生……受験生か。焦りや緊張で、心が不安定になりやすい時期だからなぁ」


 と、トオルは言った。


「……ま、まって、相原賢人? それって、本当に間違いないの?」


 律佳は尋ねた。胸の中がモヤモヤする。


「間違いないよ。りっちゃん、何か知ってるの?」

「知ってるも何も、相原賢人というのは、僕の……」


 その瞬間、脳裏に賢人をバッドで殴る映像が映った。そうすると、なんだか嫌な気分になった。


「どうしたんだ、律佳」

 

 カイリが心配そうに顔をのぞき込む。律佳は慌てて首を振った。


「な、なんでもない。実は、その相原賢人っていうのは、僕の弟なんだ」

「弟?」

 

 カイリが驚く。そして思い出したかのように、「そういえば、律佳の苗字、相原だったな」と言った。


「『影』に取り憑かれたってことは、賢人は何かしら、心に闇を抱えていたって、ことですか?」


 律佳はトオルに尋ねた。


「ああ、そうなるな。なんとしてでも、彼を救わなければ。律佳、何か、心当たりはないか?」

「心当たり……」

 

 律佳は全く思いつかなかった。賢人にはしばらく会っていないし、彼は頭もよく運動神経も抜群で、いつも周りには人がいるような人気者だった。家でだって、両親にいい思いばかりさせてもらっていたはずだ。何不自由なく暮らしているように見えた。


「ないですね……すみません、お役に立てなくて」


 律佳は申し訳なく思い、謝った。


「いや、いいんだ。人の内側なんて、他人には分からない。分かるわけがないんだ」


 トオルは一瞬顔を曇らせた。しかし、すぐに気を取り直し、指示をする。


「カイリ、相原賢人に接触を図ってくれ。律佳と一緒に」

「律佳と?」

「ああ、実の兄の律佳だったら、相原賢人の心の闇を引き出せるかもしれない」

「だけど、まだ『影を狩る者』の契約を結んでいないのに任務に参加させるのは、危険なんじゃ……」


 躊躇うカイリの言葉をさえぎって、律佳は言った。


「僕なら大丈夫。ぜひ、協力させて」

「いいのか? 律佳」


 カイリは心配そうに尋ねる。


「平気だよ。僕はみんなの役に立ちたいんだ。だから、僕にできることがあるのなら、協力したい」


 真剣な眼差しを、律佳はカイリに向けた。

 理由はそれだけでは無い。弟の賢人とは、そんなに良好の仲ではなかった。むしろ、賢人には嫌われていた。だけど、実の弟が、『影』に取り憑かれて自我を失い人を襲う、または、最悪の事態となり、『影を狩る者』たちに殺される姿は、見たくなかった。

 そんな様子を見て、カイリは頷いた。


「分かった。それなら一緒に行こう」


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