第10話

「まあ、安心しろよ。私はお前らを殺す気はないし密告する気もない。青天狗に逆らうつもりはないからな。…だが青天狗。お前、本当に伽藍でいいのか?もっと別の奴を見つけるべきだったろ」

「そう悠長に構えてはおれんのよ。誰しも何かを抱えておる。儂には儂の事情というものがあるのじゃ」

「…そうか。それならまあいいんだ。それと、青天狗に頼まれてたのを探って来た」

 そう言うと彼女はコートの内側から三枚の紙を取り出した。

「実働部隊『とぼそ』の情報だ。監視カメラと赤外線センサー全部無効にして盗んできた」

「お、流石は百々目鬼。中々に豪胆な事をするのう」

「無効って…百々目鬼さんはハッカーなの?」

「ん?違うぞ。警視庁のセキュリティは全部一人の能力で作動してんだ」

「たった一人で!?」

「そうだ。けど弱点がある。あらゆる監視カメラも赤外線も一人だけで担当してる。だから、私がどれか一つでも監視カメラの視界内に目を付ければ、そいつの能力自体が無効になって全部シャットダウンできるって訳だ」

「…強いね、百々目鬼さん」

「まあな。…ところでよ。お前、誰かに似てるって言われねえか?」

「んー…伽藍お姉ちゃんと青天狗さん以外とあんま話してないから分かんないや」

「そうか。お前、どこかこいつに似てんだよなあ」

 そう言うと、百々目鬼はその三枚の紙を床に並べ、その内の一枚を指差した。

「──姉ちゃんだ…」

 彬は少し怯えるような表情を見せた。

「は!?よりによって、お前の姉貴かよ…!」

「天羽の姉がなぜ『樞』に…。いや、能力部の部長が天羽の父ならやりかねんのか…?」

 百々目鬼が指差す先には、白いツインテールの少女の顔写真。17歳。158cm。仇名は『野衾のぶすま』。能力と本名は非公開。

「野衾の能力は非公開だった。警視庁内でも能力部の一部の奴らしか『樞』の存在は知らないからな。情報統制の一環なんだろ」

「これは…野衾どころか、全員あまり情報がないのう」

 他の紙にも『樞』の情報が載っていた。

 一人はホテルマンのような格好の貼り付けたような笑顔の男。27歳。177cm。仇名は『夜道怪やどうかい』。能力と本名は非公開。

 もう一人は生気のない目の下に隈のある女。22歳。162cm。仇名は『付喪神つくもがみ』。能力は非公開。本名は矢作やはぎ美胡みこ

「――矢作、美胡…?」

 正気を取り戻した伽藍がおもむろに話に入り込んだ。驚嘆と困惑の表情を浮かべている。

「知り合いか?」

「いえ違うわ。…多分、思い違いよ。でも…」

「憶測でも良い。今はどんなちっぽけな情報も肝心じゃからな」

「…分かったわ。でもあまり有益ではないかも。矢作美胡…私の記憶が正しければ――その人はもうはずよ」

「もう死んでる…?」

「ええ。だって、私が…私が殺したもの。顔も特徴的だから覚えてるわ」

「殺したのに、まだデータは残ってんのかよ」

「データの削除忘れ…なんて警視庁に限ってはないわよね」

 すると、青天狗が明るい表情を浮かべた。

「ありがとう、伽藍。お陰で一つ警視庁の確定的な情報を得られた」

「え?あ、ああ、どういたしまして。でも何が?」

「この世にはたった一人だけが持つことを神から許されている能力がある。それが――『黄泉よみからの呼び戻し』じゃ」

「それ…爺さんが追ってたやつの…」

「そう。儂が伽藍と手を組む要因となったものの一つ。…儂にはなんとしてももう一度逢いたい死者がおるのじゃ」

 笑顔ではあるが、その黒い目には深い憤りと悲しみを感じる。

「そして、死んだはずの矢作が警視庁の配下にいるという事は…」

「警視庁の中にその死者蘇生の能力を持つ事を許された者がおる可能性がある。それが『樞』の者かそれ以外かは分からんが…」

「とにかく、警視庁を追えば分かるって事ね」

「そういう事じゃな。一番手っ取り早いのは能力部の奴らとの接触じゃろう。直接警察の者より聞く方が早い。それに、天羽が指名手配をされている理由の解明にも繋がる」

「…少し、私からもいいかしら」

「どうした?」

「私がなんで青天狗と組んだのかは知ってるわよね?」

「ああ。私も聞かされたぞ。『金が必要だ』って話だよな?」

「そう。じゃあ私がなぜそれほどまでにお金に固執するのか。それを説明したいの」

「確かに、一人で生活する分には指名手配犯の賞金など余って仕方がないじゃろう」

「話すと長いしややこしいから、見た方が早いわね。今から行きたい所があるわ。一緒に来てくれないかしら」

「まあ、もう夜だし私も公戮員とは気づかれないだろ。いいぞ」

 時刻はいつの間にか午後7時を過ぎていた。

「儂も構わん。目的の理解と自己開示は、集団の結束力を高めるのに必要不可欠じゃからな」

「僕もついてくよ。…正直に言うと、心を読んじゃったから僕は分かったけど」

「彬は理解できたかしら?」

「うん。…僕たちも絶対に協力するからね」

「…ありがとう」

 そうして四人は地下から出て夜の繁華街へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る