第9話

 次の日になって、三人は再び話し合いを始めた。時計は午後6時を指している。

「ねえ、私思ったのだけど」

「どうした?」

「青天狗、貴方は多分もう指名手配されてるわよね?だったら、殺害報告書を書いたって意味ないじゃない」

「ああ、説明しておらんかったな。念のために先に協力者を要請しておる。ちと変わり者じゃが、頼りになる奴じゃぞ」

「へえ。コンタクトは取れないの?」

「実はもう呼んである。そろそろ着くはずじゃよ」

「まあ、味方は多くて損ないものね」

「…ねえ。二人に約束してほしい事があるんだけどさ」

「どうした天羽?」

「これから僕たち、何度も殺されそうになると思う。だからさ──いざとなったら、僕を見捨ててよ」

「天羽…」

「戦ってる二人を見て思ったんだ。青天狗さんも伽藍お姉ちゃんも、僕のせいで集中出来てない。僕は自分を守れないし戦えないから…だから、僕の事は見捨てる覚悟でいて欲しいんだ」

 彬の声は酷くか細く震えていた。自身の無力さを灰野と知念との戦いで痛感し、未だに引きずっているのだろう。

「…貴方ね、勝手に大人になった気でいないかしら?」

「そ、そんな事は…」

「だったらそんな事は言うものじゃないわ。あの時の私の言葉、忘れたの?貴方の面倒は全て私が見る。見捨てるわけがないでしょう。それとも、私たちの力を信じられない?」

「二人は強いよ。けど──」

「そう。私たちは強いの。何年生き延びてるか分からない見た目は青年の老人と、30人近く殺してるのに捕まってない少女よ?」

「そうじゃ。お前さんは7歳児らしく菓子でも食べて儂らの無双劇を見ておれば良い」

「…うん。分かった。ごめんね」

 彬の目に浮かんでいた涙はもう無くなっていた。

「あー、もう話は済んだか?」

 調圧水槽の入り口には、いつの間にか見知らぬ女が立っていた。モスグリーンのコートを着て、右手には火の点いた煙草を持っている。

「おお、来たか。百々目鬼とどめき

「来てやったよ似非えせ爺さん」

「それは誉め言葉か?」

「だから悪口だって昔から言ってんだろ。マジでボケてんのか?」

「はっはっは。冗談じゃよ」

「青天狗。この人が協力者?」

「そうじゃ。石澤いしざわしきみ。22歳。儂と同じく指名手配犯を殺す事を許可された公戮員じゃ」

「爺さんはもう公戮員の免許剥奪されたろ。呑気に指名手配なんかされやがって」

「仕方ないじゃろう。絶好の機会なのじゃよ」

「絶好って…ああ、この子が。こんな可愛い顔して36人ってんだもんな」

「指名手配犯からしたらそれは誉め言葉よ」

「犯罪者は誉められねえよ…って言いたいとこだが、私も人の事言えねえからなあ」

「え?貴方、公戮員でしょう?」

「今はな。元はそっち側だ。私も色々あったんだよ」

「儂の長年つちかったコネのお陰で特別に公戮員になれたのじゃよ。感謝せい」

「…なんも言えねえな、その辺は」

「へえ?貴方も同じ穴の貉って訳ね。よろしくね」

「なんだよ元犯罪者って分かった途端に馴れ馴れしいな。あくまで青天狗に借りがあるから手助けするだけだ。いいか?今の私は公戮員。今からでもお前らの首を突き出すことだって出来るって事を忘れんなよ」

「あら、だったらやってみればいいじゃない」

「そうだな…ふぅ――やるか」

 百々目鬼は煙草を人差し指と親指でつまみ、目の前でそれを揺らして見せつけた後に地面に落とした。伽藍の視点が落ちた煙草にわずかに引っ張られる。

 その煙草が落ちた地面に、突如として拳ほどの大きさの『目』が現れた。瞳の部分が太極図の模様になっている。

 その瞬間、伽藍の体がまるで動かなくなった。指先どころか、呼吸や瞬きさえ許されない。

「――本気で殺る気じゃなかった事に感謝するんだな」

 いつの間にか伽藍の喉元には刀のむねが当てられていた。15mは離れているであろう間合いをたった二秒弱の間に詰めてきていたのだ。足元の目はもう無くなっていたが、伽藍は全く動けなくなっていた。

「教えてやるよ。私の能力。『触れた所から目を出しその目と視線が合った奴を封じる』だ。さっきやったみてえに、私が触れた物を介しても目は設置できる。ちなみに能力も使えなくなるぞ」

 百々目鬼は刀を伽藍から離し、木製の鞘に収めた。その瞬間、伽藍はその場に力なく座り込んでしまう。

 これが、私が今までやって来た事。私が殺した者は皆、こんな恐怖心を植え付けられたまま死んでいったのか。

 手も足も震えて上手く動かせない。灰野に殴られた時はガードしていたから心に余裕があった。でも、今回は違う。初めて肌に殺意を突き付けられた。冷えた刀身の感触がまだ残っている。

「これが百々目鬼の能力。どうじゃ?伽藍。味方として不足はないじゃろう」

 青天狗はそんな伽藍の様子を気にせず高らかに笑っている。

「あ…だ、大丈夫?伽藍お姉ちゃん」

 恐らく心の声を聞いて不安になったのだろう彬が伽藍の顔を覗き込む。涙こそ流れていなかったが、目は虚空を見つめ正に放心状態といった雰囲気だった。

「よく分かったか?私の強さと、お前がやらかした罪がよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る