第7話

「君たちには見えるかな」

「貴方たちに見えるかしら」

 二人は横に並んで手を繋ぐ。そしてそのまま――灰野の姿が消えた。

「避けて!」

 伽藍が叫ぶのとほぼ同時に彬は地面に伏せ、伽藍と青天狗は宙へ飛んで行った。

「おやおや、もう見切られているのかな?」

「あらあら、もう見切られてるのかしら?」

 灰野はいつの間にか知念の左側へ戻っていた。

「…分かった気がするわ。灰野の能力。さっきもこうやって糸を巻き付けて私を引っ張っていたのね」

「最初は知念の右隣にいたが、今は左にいる。どこかを一周してきたという事じゃ。しかも、あんなわずかな時間で。能力部が灰野の能力を観測出来ないのも頷ける」

「それにあの怪力もある。間違いないわ」

「無論。奴の能力は『身体能力の強化』じゃな。一つの部位しか強化できないようじゃが」

「足の強化をして走るだけで視認できないという事は、強化はよほどの倍率のようね。でも対処法が分かれば簡単だわ。早めに仕留めるわよ」

「無論」

 青天狗は宙に浮いたまま扇子を広げた。同時にこの広い空間に轟音が響き渡る。あの時と同じ風切り音だ。しかし、青天狗の表情が曇っている。

「…何故じゃ」

「どうしたの?」

「儂は今彼奴らに最大の突風喰らわせておるのじゃよ。本来なら羽根の如く飛んでいくはずじゃが…」

 二人は不気味な笑顔を顔に張り付けている。

「…まさか」

 伽藍は空中をよく観察した。

――高い天井に付けられた電灯に照らされ、何かが光っている。

「これ全部、糸…?」

 知念の糸はありとあらゆる場所に張り巡らされていた。特に二人の周りには何重もの糸が重なっており、ドーム状になっている。

「青天狗!灰野と知念の周囲には壁のように何重もの糸が張られているわ。この空間は彼女の縄張りと化してる」

「…ふむ。突破は難解じゃのう」

「おやおや、やっと気づいたみたいだね。君たちは突破できないよ」

「あらあら、やっと気づいたみたいね。貴方たちはここでお終いよ」

「ここはアトラク=ナクアの『失楽園』」

「ここは地下に棲みつく蜘蛛の神の神域」

「神気取りとは、気に食わないわね」

 灰野の姿が再び消える。

「来――」

 その瞬間青天狗は横に吹き飛び、伽藍の顔の左側からはがきん、という音がした。さっき殴られた時と同じ音だ。

「これは…速過ぎるじゃろう…。天羽は、無事か…?」

「僕は大丈夫。多分あの人、速さをコントロール出来てないよ」

「そうか。無事なら、良かった…」

 青天狗はわき腹を抑えながらなんとか呼吸を整える。しかし口から血を吐いており、内臓へのダメージは計り知れない。

伽藍藍もまた青天狗の近くまで弾かれていた。ガードしているとはいえ、伝わる衝撃は彼女の脳を揺らすのに十分すぎるほどだった。

「神域に入った罰だよ」

「神域に入った罰だわ」

 灰野の姿が再び消える。

 伽藍は再び能力でガードする。倒れた状態の伽藍に、灰野は傘めがけて全力のかかと落としを決めた。

 衝撃でコンクリートに顎を叩きつけられ、2、3度意識が飛びかける。傘も壊れ、もはや使い物にならない。伽藍は防御手段さえ失った。

 青天狗は頭とわき腹の前に腕を構えガードの姿勢を取っていた。

「かはっ…!」

 灰野は青天狗を背後から襲って来た。何が起きたかも分からぬまま青天狗は前に倒れる――と同時に、空中で体が固定された。

「糸…!」

 青天狗はすぐに突風を起こして糸を切り離し、後ろに退いた。

「良い動きだ」

「良い動きね」

「ふう…。ガードもろくに出来ない上に、彼奴らには近づけぬ…。遠隔の攻撃も効かぬ。伽藍、無事か?」

 激痛と視界の霞みで思考が妨害される。上手く立ち上がれない。

「私の事は、いいわ…。貴方が、出来る事を…しなさい」

「じゃが…」

「貴方の目的は、敵を倒す事…!味方の心配より、殺す事に専念するの」

「…承知した」

 青天狗はそう言うと猛スピードで上へ飛んで行った。

 彼の目標はだ。電灯を破壊すればたちまちこちらの有利になる。

「――神域を汚すな」

 しかし青天狗の足元には、いつの間にか灰野がいた。穏やかな笑顔を浮かべながらも、その鬼気迫る勢いは只者ではなかった。

「この速度に追いつくか、化け物め…!」

 そして遂に、灰野は高速で飛ぶ青天狗の足首を掴んだ。

「…不味い」


「――なんてね」

 灰野は自身の目を疑った。青天狗の背中に人影が見えた。

 伽藍もまた、青天狗と一緒に灰野の死角に隠れて飛んでいたのだ。

 そしてその時、初めて気づいた。位置関係は上空から電灯、青天狗、自分。今、自分の上には青天狗の

「位置はどうじゃ?伽藍」

「上出来よ…青天狗」

 どんなに身体能力が高かろうと、空中では無防備だ。

 伽藍が青天狗の影に手を触れた。その瞬間、灰野の目の前は黒に包まれた。

「教えてあげる。私の…能力。知っても知らなくても、貴方の向かう先は一つだもの。…私の能力は『触れた暗闇を物質化する』」

 灰野は何が起きたかも分からず、そのまま物質化した闇に押されて落下していく。

 

――肉の潰れる音が響いた。

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