第6話

 三人は廃ビルの屋上から、夜が完全に来るまで空の動きを見届けていた。

「…良し。完璧な夜じゃな」

「ええ。完璧な夜ね」

「僕たち、これからどうするの?」

「先ずは拠点の確保じゃな。条件は、あの人形に気づかれないような所」

「そんな場所、あるかしらね?」

「…一つ、見当がつく場所がある」

「あら、そう。どこなの?」

「放水路じゃ。昔、川の多いこの地域は洪水に悩まされておった。そのため、洪水を防ぐために溢れそうな川の水を他の川に分散するための水路が必要じゃった」

「それが放水路…。確かにバレにくそう。でも、あそこって有名な指名手配犯が住みついてなかった?」

「そうじゃ。住みついているのは二名。灰野はいの侃二かんじ。24歳。身長177cm。罪状は『放火』『窃盗』『能力違法行使』。特徴は灰色の髪と右腕欠損。もう一人は知念ちねん朱奈あかな。24歳。身長171cm。罪状は『共謀』『能力違法行使及びそれによる致傷』。能力は『粘着性の糸を張り巡らす』。特徴は右目の下の大きな黒子ほくろと左腕欠損」

「…灰野の方の能力は?」

「不明じゃ。観測されておらんのよ。だからあくまで罪状は『能力違法行使』に留まっておる」

「よほど隠蔽が上手なのね」

「ずっと放水路に隠れられるほどじゃからのう」

「まあここで迷ってたって仕方ないわ。行きましょう」

 三人は暗い街を歩き、とある空き地に辿り着いた。そこにはコンクリート製の四角形の小屋らしきものがあった。

「着いたぞ。ここが放水路の入り口じゃ。この扉の先に地下まで続く階段がある。行くぞ」

「ええ。準備は出来てるわ」

 白い扉を開けると、螺旋階段があった。一行は無言でその階段を下りる。かん、かんという足音だけが空間に響いた。

 階段を降り切って、通路を進む。肌に張り付くような嫌な空気が充満していた。

 ふと、明るく開けた場所に出た。コンクリートの床が水で濡れて光っており、何十本もの太い柱が立っている。

「凄い…神殿みたい…」

「ここは調圧水槽じゃな。その様相から実際に地下神殿とも呼ばれておるらしいぞ」

「僕たち、ここに住むの?やったー!」

不意に、調圧水槽に三人以外の声が響いた。

「おやおや、僕たちの『失楽園』に旅人さんだよ」

「あらあら、私たちの『失楽園』に旅人さんね」

 声は柱の陰から聞こえた。男と女の声。

「来るぞ、伽藍。傘を差せ」

 青天狗が小さな声で警告する。

「分かったわ」

 瞳はスカートをたくし上げ、足に付けていた黒い傘を取り出した。

「…お前さん、諜報員みたいな所に隠しておるのじゃな」

「そんなの今はどうでもいいでしょ」

 そして二人の男女が姿を現した。二人とも患者衣のような白い服を着ている。男の方は灰色の髪と右腕の欠損。女の方は目の下の黒子と左腕の欠損。間違いなく灰野と知念だ。

 二人は手を繋ぎながらこちらへ歩み寄ってくる。

「おやおや、誰かと思えば『伽藍堂』じゃないか」

「あらあら、誰かと思えば『伽藍堂』じゃない」

「…伽藍堂?」

「君の仇名だよ」

「貴方は罪悪感を持たずがらんどうな心で人を殺すから」

「君の本名に掛けて伽藍堂と呼ばれてるんだ」

 二人は交互に言葉を紡ぐ。気味の悪い二人組だ。

「成程のう。言い得て妙じゃ」

「私の仇名とか心とかどうでもいいの。貴方たち、ここを譲ってくれないかしら?」

「それは出来ないよ。ここは僕たちの失楽園だ」

「それは出来ないわ。ここは私たちの失楽園よ」

「誰にも僕たちの愛を邪魔させない」

「誰にも私たちの愛を邪魔させない」

「あら、そう。なら殺すわ」

「やってみなよ」

「やってみなさい」

――その瞬間、伽藍の体が浮いた。

「…え」

「気をつけよ伽藍!すでに糸が絡みついておる!」

 忽ち体が灰野と知念の前まで引っ張られていった。

「ようこそ、アトラク=ナクアの『失楽園』へ」

 灰野は引き寄せられた瞳に合わせ、空中で拳を振り下ろした。

 がきん、という金属音と共に伽藍は大きく吹き飛んだ。青天狗の後方に着地する。

「…ったく。なんて馬鹿力よ。傘が無かったらすぐに彼岸行きだったわね」

 灰野の左拳からは血が出ていた。小指と薬指が逆に曲がっている。

「おやおや、不思議だね」

「あらあら、何をしたのかしら」

 灰野は歪んだ小指と薬指を少し見つめた後、思い切り地面に叩きつけた。僅かにばきっという音が鳴る。

「戻ったよ。これでまた朱奈の為に戦えるね」

「戻ったわね。任せたわよ、侃二」

「化け物か、彼奴あやつは…」

「何だかよく分からないけど、あの二人は息ぴったりみたいね」

「ああ」

「…分かってるわね?」

「初の共闘じゃな」

「軽口を交わす余裕はありそうね。…構えて」

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