第5話

 三人は瞳の住む廃墟に来ていた。

「一応部屋は何個かあるから住むには問題ないわ」

「なあ、伽藍。女子おなごにこれを聞くのは気が引けるのじゃが…」

「何かしら?」

「風呂はどうしておるのじゃ?こんな廃墟に水とガスが通ってるとは思えん」

「ああ、そんな事ね。近くに川があるでしょう?」

「まさか、水風呂か?」

「そうよ。天狗なら水行すいぎょうぐらい慣れてるでしょ?」

「水行…山伏と天狗を混同するでないわ」

「そんな事はどうでもいいわ。それより、これからどうするかの方がよっぽど大事よ」

「そうじゃな。取り敢えず我々は日が出ている内に行動できなくなった。恐らく先ほどの爆発は儂らのテロ行為として報道される。今まで以上に監視の目は強くなるじゃろう」

「そうね。まあどのみち私は夜に動くつもりだったわ。能力的にもね」

「確かにお前さんのゴシック調の黒い服は闇夜に溶け込めそうじゃしのう。では『狩り』は夜に行うという事で決まりじゃ」

「それともう一つ。この子をどうするかよ」

「…僕も一緒に行きたい」

「まあ、儂らと居た方が安全じゃろうな。この廃墟が相手に特定されていない確証もない」

「それもそうね。じゃ、そういう事で。とりあえず、今日は夜まで静かに過ごしましょう」

 それから三人は自由行動になった。伽藍は眠り、青天狗は俳句を詠み、彬はそこら辺の石をどれだけ高く積めるか試していた。


伽藍が目を覚ますとほぼ同時に、青天狗がおもむろに立ち上がった。

「…妙じゃ。伽藍、天羽!逃げる支度をし給え」

「…まさか、もうバレたっていうの?」

「先ほどまでと気流が違う。異分子が近くまで来ておる」

 青天狗の様子からただ事ではないことが分かる。廃墟は一瞬にして張り詰めた雰囲気に包まれた。

「ねえここ嫌だ…逃げたい」

 彬が涙目になりながら別の部屋から出てきた。辛そうに頭を押さえている。

「色んな声がする…!もう何人かも分からないよ…!」

「分かったわ。とにかく逃げましょう」

「ここにベランダはあるか?」

「ええ」

「良し。天羽。お前さんは儂が背負って逃げよう」

「うん」

 三人はそのままベランダに出た。まだ日の落ち切らない夕暮れ時だった。空で火事が起きているかのような茜色の空が広がっている。

 青天狗は右手で扇子を開いた――と同時に三人の背中に強い風が吹く。

「――まさか、能力で飛ぶ気?」

「無論」

「嘘でしょ…!?最悪の場合、空中に彼岸花が咲くわよ!?」

「伽藍。儂の左手を掴め。決して手を離したり日に当たったりするんじゃないぞ」

「…はあ。分かったわ。信じてるわよ?」

「任せ給え。そう易々とぬからぬよ」

 その言葉と共に、ふわりと体が浮くのを感じる。そしてそのまま背中を押されて凄まじい速度で屋根を越え、電線を越えた。目下には豆粒程度の廃墟が見える。

 三人は上空で減速した。伽藍は青天狗に抱きかかえられるような状態で飛んでいる。

「大丈夫か?」

「ええ。なんとか…青天狗が影になってくれてるから彼岸花にならずに済んでるわ。彬は?」

「僕も大丈夫。二人以外の声も聞こえないし。それより飛ぶの楽しいね!家も川もあんなにちっちゃいよ」

「それは良かった。…ほれ、見てみよ。日没の瞬間じゃぞ」

 地平線、夕日を受け輝く海の際で半円の夕日が今にも沈もうとしていた。

「ほんとだ!奇麗だね」

「まあ私は見れないのだけど…」

 夕日は見れなくとも、この空は奇麗だ。赤と藍がグラデーションを作っている。

 ここからは、


――それを廃墟のベランダから眺める、スーツ姿の二人。

「あーあ。飛んでっちまいましたよ。どうします?」

「どうもこうも、まずは係長に報告でしょう」

「えー…絶対大目玉食らうじゃないですかあ。嫌っすよ、俺」

「いいから戻るの。…早くその煙草捨てなさい」

「あーあ、吸いたくもねえのに無駄に吸っちまった。勿体ねっ」

 男は煙草を床に落とし、革靴で踏んで火を消した。足元からが立ち上る。

「…俺ら、どのツラ下げてあっち戻りゃいいんですかねえ。わざわざ『とぼそ』まで呼び出して」

「『申し訳ございません。取り逃してしまいました』って言って頭を下げるのよ。藤川君、出来る?」

「俺、不如帰ほととぎすよりは賢いですから」

「そう。なら良かった」

 二人は廃墟を出て早々に謝罪から始まった。

 「申し訳ございません。取り逃してしまいました」

 藤川と呼ばれた男もそれに続いて頭を下げる。

 二人が頭を垂れる先には、男一人に女が一人。――性別不明が一人。

 最初に声を出したのは男だった。ベージュ色のホテルマンのような服装だ。柔和な表情で二人を見ている。

「そうお気になさらず。今回は相手に青天狗様がいらっしゃいましたからね」

 その隣のコンビニ店員の格好をした女は、逆に不機嫌そうだ。白いツインテールをずっと弄っている。

「いや、ダメでしょ。夜道怪やどうかい、アンタ甘過ぎない?アタシわざわざバイト抜けてまで来たんだけど?」

「怒りは何の解決手段にもなり得ませんよ。次のことに目を向けましょう。野衾のぶすま様は係長に連絡をお願い致しします」

「ちっ…分かったよ」

「…なんか俺たち、許されたみたいっすね」

「そうね」

そんな会話の中でも、虚無僧こむそうの格好をした人物は何も言わずただ立っているだけだった。

 この異様な三人は能力部直属の実働部隊『樞』の一員。犯人の立てこもりや能力によるテロなどの鎮圧を目的に組織された。『樞』にはこの三人の他に偵察役と副部隊長、部隊長がいる。

 伽藍瞳の行く末は未だ闇の中。

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