第4話

 青天狗は直立し、三尾を正面から見据えている。

「おいおい、正気か?爺さん」

「無論。儂はやると言ったら取り消しはせんよ」

「俺ぁ知ってんだぜ?てめえ、不老不死といえども血が無くなったらぶっ倒れて普通に動けなくなるらしいじゃねえか。もっかい聞くぜ?正気か?」

「何度でも言おう。無論じゃ」

「自分の能力を過信し過ぎだな」

「ほう。儂のような死にぞこないの能力を覚えておるのか」

「敵の事知らずに突っ込む馬鹿はいねえよ。てめえの能力は『風を操る』。そうだろ?」

「素晴らしい。大正解じゃ」

「…ところでてめえ、今は能力使えるのか?試してみろよ」

 三尾はにやにやと笑いながら青天狗を見ていた。その不気味な笑顔を見て、嫌な予感が走った。

「――まさか」

「へへ、そりゃ試したことねえもんな。ずっと避けてきたもんな。に能力を使う事をよ。おいおいどうしたぁ?そんな顔面蒼白になって。文字通り青天狗になっちまってるぜ?」

「これを見計らって儂らを仕留めに来たのか?」

「いんや、偶然だ。たまたま風のねえ日に、たまたまてめえらと会っただけだ。最初にてめえらを見た時、俺の人生にようやく追い風が来たって思ったぜ」

「…いつかこんな日が来るとは思っていたが、今日がその日とはな…」

「まあ、休憩しとけよ爺さん。老人は労わるもんだ。さ、血を全部抜かせて貰うぜ」

 その瞬間、青天狗の肩と腹から血が飛び散った。血が土に染み込んでいく。

「おっと、外しちまったか。まあいい。ゆっくり丁寧に的を絞らせて貰うぜ」

「伽藍。天羽」

「…私たちに出来ることはないわよ。今は朝だもの」

「分かっておる。――逃げろ」

「…青天狗」

「安心せい。お前さんは儂が見込んだ腕利きじゃ。天羽を守ってやれ」

「死なないでよ、青天狗さん」

 彬が悲しむような目で青天狗を見つめる。

 だが、青天狗は何も答えなかった。ただただ、笑顔を浮かべるだけだった。

「遺言はそれで終わりか?」

「無論」

「OK。じゃ、いくぜ」

 その言葉と同時に、凄まじい風切り音が響いた。

その音に紛れてかすかに聞こえる、肉と骨、内臓を切り裂く鈍い音。


「――ね。だから僕、言ったでしょ?お姉ちゃん」

「あーあ。とんだ猿芝居だったわね。青天狗、出演料寄こしなさいよ」

たまにはこういうのも良かろう?正に悪役という感じじゃ」

 青天狗の前には、全身に切り傷を作り血塗ちまみれになっている三尾が倒れていた。喉元に深傷を負ったのか、こひゅーという掠れた呼吸音が喉から漏れていた。

 青天狗の能力は『風を操る』ではなく正確には『突風を呼び起こす』だった。彼は三尾の見えない斬撃を全て突風で跳ね返していた。

「『悪役という感じ』って言うより、私たちはもう悪よ。国の飼ってるいたちを殺しちゃってるもの。仮にも三尾は元同僚でしょ?大丈夫なの?」

「仲間とは思わんよ。儂らを狙う者は等しく敵じゃ。それにしても、あれほど分かりやすく喉元を狙うとは。お陰で楽に殺せたわ」

「貴方、殺しに向いてるわね。罪悪感がまるでない」

「賛辞は喜んで受け取ろう」

「皮肉のつもりよ」

「…ねえ。あれ、何?」

 彬が伽藍のドレスを引っ張りながら、三尾の死体を指差していた。

「小さくてよく見えないけど…あれ、人形?」

 三尾の死体の上で、二頭身の小さな人形が。フェルトで出来た三毛猫の人形だ。

「あ、やっと気づいてくれたー」

 そのフェルト製の猫は喋り始めた。可愛らしい女の声だ。

「喋った!…可愛い!ねえ、僕あれ飼いたい」

 彬はきらきらとした目でこちらを見ていた。伽藍は彬と目が合ったあと、気まずそうに視線を外した。

「飼わないわよ。何か妙な感じがするもの」

「伽藍の言う通りじゃ。あの人形の背中に付いている紋を見給え」

「…何のマーク?」

「二重円の中に正六面体――じゃ」

「能力部って、お父さんが働いてる所の…」

「恐らくあの人形の目的は偵察じゃ。我々の結託が知られた。これは不味いのう。もっと密かに動けると思ったが…彼方あちらもそう甘くない」

「ねえねえ、僕を無視して内緒話かい?鎌鼬とは無視せず話したのに?酷いなあ」

「事の顛末も全て見られておるか。…お前さんは何を知ってるのじゃ?」

「構ってくれてありがとね。その前に質問を一ついいかな?」

「良かろう」

「青天狗さん。念のためもう一回確認を取るよ。君の能力は『風を操る』じゃないんだね?」

「そうじゃ。儂の能力は『突風を呼び起こす』じゃよ。能力部のデータベースも書き換えるべきじゃな」

「OK、分かったよ。このことは上層部に伝えておくね」

「そうはさせん」

 耳が痛くなるような風切り音が轟くのと同時に、猫の人形の手足がばらばらになった。この突風、そこまでの破壊力を持ち合わせているのか。

「これで報告には戻れまい」

「酷いなあ。こんなに可愛い猫を分解して、心は痛まないのかい?」

「全く」

「酷いなあ。酷いなあ。酷いなあ。酷いなあ」

 人形の声のトーンがどんどんと上がっていく。

「酷いな酷いな酷いな酷い酷いひどいひどいひどい」

「…不味い」

 青天狗が扇子を開くと、たちまち正面から風が吹いた。風圧に押され三人は後ろに大きく吹っ飛ぶ。

「――今度会う時は可愛がってね」

 そして三人が吹っ飛ぶのとほぼ同時に、フェルト人形は爆発した。辺りに黒い煙と嫌な臭いが充満する。

「ば…爆発、したの…?」

「ごほっ、けほっ…。僕、あの人形の心の声が聞こえなかったよ」

「自立した心のある生物というよりは、プログラミングされた何かなのじゃろう。あれを作れる輩が能力部におるという訳じゃ。…しかし、この爆発で確実に儂らの事を知られたな」

「私たち、無事に生き残れるのかしら…」

 三尾の死体も跡形もなく消え去った。この場に残されたのは未来への不安感のみ。

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