幼馴染がまた俺の布団に潜り込んで出ようとしない話

月之影心

幼馴染がまた俺の布団に潜り込んで出ようとしない話

 ここは俺、綾川あやがわ慎之介しんのすけの住む家の俺の部屋。

 俺は一人っ子……つまり親が帰宅するまでは俺しか居ない。




 ……って前と同じパターンで……




「おいコラ。」

「んぅ?あぁ……慎之介ぇ……おかえり……」

「おかえりじゃねぇわ。何で美彩みさが俺の布団で寝てるんだよ?」

「え~……眠たくなったら寝るでしょぉ?」


 あ~そりゃ眠たかったら寝たいわな。

 人間の三大欲求だもんな。

 じゃなくて!


「と言うか、同じ高校に通ってて授業終わる時間もほぼ同じなのに何で美彩が先に帰って寝られるんだ?」

「どこでもドア持ってるのよ。」

「えっ?マジで?」

「なわけないでしょ……」


 軽く殺意を覚えた。


「はぁ……もういい……」

「んじゃおやすみぃ~……」

「ってそういう『いい』じゃねぇって前にも言っただろうが!布団からさっさと出て家に帰れ!」

「もぉぉ……いいじゃんかよぉ……あ!分かった。私が……」

「着替えて宿題するだけだからな。」


 ものすごくデジャヴュを感じるのだが、幸い今日は布団の上に上着もスカートも無いので前みたいな事にはなってないだろう。

 美彩は目から上だけを出して俺を見ながら言った。


「カノジョなんだからこれくらいいいでしょぉ?」


 そう。

 先日の一件で『歴史動画』フォルダと引き換えに美彩は俺の彼女になった。

 だが、世間一般の恋人同士がするような事は何一つしておらず、今まで通りの幼馴染の付き合いが続いているだけだ。

 こうして勝手に俺の部屋に来たり、俺の片付けた宿題を奪って丸写ししたりと、美彩も彼女になる前の行動と何も変わっていない。


「はぁ……もう好きにしろ。」


 付き合い方が以前と変わらないのだから、当然俺の心持ちと言うか、美彩への態度なんかも全く変わってはいなかった。


 そんな俺の心境を悟ったのか、布団から顏だけ出した美彩は鞄から宿題のノートを出している俺の方をじっと見ていた。


「ねぇ慎之介。」

「ん?」

「慎之介は私と普通の恋人みたいな事したいの?」

「はぁ?」


 俺は宿題のノートを机の上に置いて美彩の方を見ながらヘンな声を出してしまった。


「私は……慎之介がしたいなら……」


 美彩は上目遣いに布団から俺を見ている。

 微妙に顔が赤くなっているようにも見える。

 俺は美彩から視線を外し、机の上に教科書とノートを広げた。


「そういうのはどっちか片方がしたいだけじゃダメだろ。」


 俺は正論を言ったつもりだった。


「二人が同時にしたいって思う事なんかある?」


 確かにそれも正論だが……


「そうじゃなくて、何かこう、同時じゃなくても何となく『そういう雰囲気』ってのがあるだろ?それが徐々に盛り上がっていくって言うか、そんな感じ。」

「ふぅん。」

「何だよ?」

「いや、慎之介って意外とロマンチックなんだなと思って。」

「ほっとけ。」


 俺は広げた教科書とノートに目線を置いたまま、宿題を少しずつ片付けていた。

 美彩は相変わらず布団の中でもぞもぞとしている。


「それよりも、いつまで俺の布団に入ってるつもりだ?眠たいなら自分ちに帰って寝ろよ。」

「自分の布団じゃ寝付けないんだよねぇ。」

「オマエ毎晩どうやって寝てるんだよ。」

「ナイショ♪」


 何が内緒なんだか……人間なんだから眠たくなったら勝手に眠るんだろうけど。


「早く帰って宿題しないとまた先生に怒られるぞ。」

「あれは慎之介がいくら頼んでも写させてくれなかったからじゃないかっ!」

「宿題は自分でやるもんなんだよっ!」


 美彩は『ぶーっ』とむくれて布団の中に潜り込んだ。


「だから布団から出て宿題しに帰れって言ってるだろが。」


 美彩が布団から頭だけをぴょこっと出した。


「いいじゃんかよぉ……ちょっとくらいカノジョを甘やかしたってバチは当たらないぞ?」

「はぁ……」


 俺は諦めて宿題を続ける事にした。

 美彩はやっぱり俺の布団に潜り込んでごそごそもそもそしていた。

 視界の隅に布団の山が動き回っているのが入ってくるが、何とか意識を集中させて宿題を片付けていった。


「よし、出来た。」

「お疲れさま。後で見せてね。」

「はいはい。次からは見せないから自分でやれよ。」

「はぁい。」


 俺は宿題のノートを美彩の方へ手渡そうと、ベッドの方へ腕を伸ばした。

 布団の横からノートを受け取ろうと、美彩の白い腕が伸びてきた。


(白い……腕……?)


 『白いブラウスの袖』なら分かる。

 だがいくら美彩が色白だとしても、美彩の肌色とブラウスの白では全く違うし見間違える筈が無い。


「ちょっと待て。」

「ん?」


 俺が渡そうとしたノートの端を美彩が持った状態で動きが止まる。


「一つ訊いていいか?」

「なぁに?」

「今、どんな格好してるんだ?」

「え?」


 美彩はノートの端を持っていた手を離してしゅっと布団の中に引き込むと、首元で布団の端をぎゅっと掴んで俺の顔をじっと見てきた。

 俺はもう一度布団の上を見たが、前のように上着もスカートも置かれていないので、脱いではいないのだろうとは思った。


「ちょっと腕出してみ。」

「え?腕?」


 少し戸惑いながらも美彩は布団の横からその白い腕をにょきっと出してきた。


「うちの女子の制服のブラウスって長袖だよな?」

「あ、うん……そうだけど……」

「腕捲りでもしてんのか?」

「あ~……そ、そうなんだよね。ちょっと暑いかなぁ……なんて……」


 あからさまな怪しさ。


「暑いならそんなに布団に潜り込んでないで出りゃいいじゃんか。」

「そ、それはそれ……これはこれ……だよ……」

「どれだよ。」

「に、匂い……?」

「わけ分からん事言ってないで出ろ。」


 そう言った俺の視界に、見覚えのあるがちらついた。


(ん?)


 それは、いつも制服のジャケットやズボンを掛けているポールハンガー。

 俺は帰宅して布団で寝ている美彩に文句言いながらも、いつもの如くと気にせず着替え、無意識にジャケットとズボンをハンガーに掛けたのだが、その時は全く気付いていなかったのにハッキリ見えてしまった……




 我が校女子のユニフォーム制服が掛かっていた事……




 そして……




 制服の内側にがチラ見えしてる事に……




「えっ……?お、おまェ……まさ……か……?」


 震えながら美彩を見ると、美彩は『えへへ……』と照れ臭そうな顔をしていた。


「なっ……何考えてんだ……おめェはよ……」

「だ、だってぇ……は反則だよぉ……」


 コレ?

 ドレ?


「な、何が反則だっていうんだ?」


 美彩はニヨニヨと顔を崩しながら布団でその顔を隠そうとしていた。


「待て!潜らず説明しろっ!」

「わひゃっ!?」


 どうせ中から布団を掴んで引き剥がせないだろうと思っていた俺は、力一杯布団を持ち上げたのだが、布団は何の抵抗も無く持ち上がり、その下でTシャツを着て丸まっている美彩が見えた瞬間、俺の周りで時が止まった。


「は?」

「いやぁぁぁ!!!慎之介のえっち!どすけべ!へんたい!!!」


 何か前にも似たような口調で言われた気がする。


「いや、ちょ、ちょっと待て!」

「待たないっ!布団返せっ!」


 俺の布団だ。

 手に掴んだままの布団は美彩に奪い取られ、再び美彩は布団にくるまって顔だけ出して俺を睨んできた。


「な、何で俺のTシャツなんか着て……」

「だ、だから反則だって言ったじゃないかっ!」


 布団から顔だけ出した美彩は『がるるるるっ』と、まるで子犬が威嚇するような顔で居た。


「はぁっ……」


 俺は溜息を吐いて美彩に近付くと、威嚇する美彩の頭を鷲掴みにした。


「いてててて!何すんのよっ!?」

「それは俺の台詞だ。5分やる。分かるな?」


 美彩を睨み返して鼻先でそう言うと、早速美彩は叱られた子犬の様な顔になっていた。


「はい……」


 俺はスマホを持ち、タイマーを5分にセットして部屋を出た。








 5分後。

 勉強机の椅子に座る俺の前に、美彩が正座をしていた。


「何かね……私、慎之介の匂い嗅ぐとダメになっちゃうんだ……」

「……」

「こう……何て言うんだろ……気持ちが昂って来るって言うか……」

「……」

「体の奥がじわぁ~って熱くなってさ……抑えられなくなるって言うか……」

「……」

「やっぱ慎之介のフェロモンは凄いんだよっ!」

「うるせぇ変態。」

「ぐっ……!」


 美彩は首を竦めて涙目のまま上目遣いに俺を見ていた。


「で、でもこうなるのは慎之介の匂いだけなんだよ!他の匂いじゃ何にもならないのに……」


 俺はTシャツに鼻を近付けて匂いを嗅いでみたが、自分の匂いだからか何も感じなかった。


「あ、慎之介も私の匂い嗅ぎたい?」

「なんでじゃ。」

「だってそれ、さっきまで私が着て私の匂い付けてあげてるから。」

「『あげてる』とかよく言えたな。」

「ごめんなさい……」


 つまり美彩は重度の『匂いフェチ』だって事か。


「まぁいいよ。俺だけだって言うなら他に悪い影響は無いだろうし。」

「ホント?」

「あぁ。それに、美彩は俺の彼女だ。他人には言えない事を言ってくれるのは素直に嬉しい。」


 美彩が顔を上げてぱぁっと明るい笑顔を見せる。


「うん!私、慎之介なら何でも言うからっ!隠し事なんかしないからっ!」


 可愛い事を言いながら美彩がずりずりと俺の方に寄って来て足に抱き付いてきた。


「慎之介も言いたい事があったら何でも言ってね!隠し事なんかしちゃイヤだよ?」

「分かってる。ちゃんと言うよ。」








「じゃあその机の一番下の引き出しのプリントの束の下に隠してある鍵付きの箱は何が入ってるの?」




「えっ!?」


 何故それを知っている?

 あの箱には、中学生の頃の俺が毎月の小遣いを少しずつ貯めて勇気を振り絞って買った男のロマンエ○本が入っている。

 だが、それは誰にも知られてはいないはずなのに……。


 背中を嫌な汗が流れる俺の膝に抱き付いた美彩がニッコリと笑顔を見せていた。












 案の定翌日、『男のロマン箱』は引き出しの一番底から消えていた。

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