太陽の希望、月の赦し
篠岡遼佳
太陽の希望、月の赦し
最後の夜が終わった。
彼と彼女は、戦士ではなく、ごく普通の高校生へと戻った。
それでも、出会った屋上の鍵は相変わらず壊れているから、彼は昼食を持って、階段を上がる。
緊張しているのが自分でわかる。これは戦いの中で培った、自分を冷静に見る目だ。
ではなぜ緊張する必要があるのか。それは、自分でもわからない。
彼はひとりを好む、単なる読書好きの、いち高校生だった。あの日までは。
ひとりになれる場所を探して、彼はこの屋上へ至った。
鍵は壊れていた。今思うと、壊されていたのだと思う。
なぜなら、セーラー服のリボンとスカートをはためかせて、屋上に立っていたのは、彼女だったから。
彼女は言った。あなたには特別な力がある、と。
彼は答えた。それは祖先の話で、自分には何もない、と。
彼女は更に言った。それはあなたが気づいてないだけ、あなたには強い力がある、私と来て。「影の獣」を退治するために。
影の獣とは、当時世間を騒がせていた、「不明存在」であった。
不明存在、つまり、幽霊や妖怪や魔物や怪異現象は、通常人に干渉しない。
だからこそ、不明存在は根絶やしにされることなく、いつの時代も存在できたのだ。
しかしここにきて、沼のような真っ黒な影から、立ち上がるいくつもの獣がいた。
闇の色をした、影の狼、影の虎、影の猛禽……。
それらは人を襲い、その生命力や命まで奪い、知恵をつけ、次第に「王」を戴くようになった。
影の王は、影の獣を支配するようになる。
それは逆転して、影の獣たちは王によって生きることとなった。
昼を生きるものたちは考えた。
消耗戦になる前に、王を滅ぼさなければならないと。
影の獣は、徐々に、弱いものを量産するのではなく、強い個体を作り、昼生きるもの、人間に災害級の大きな被害を与えるようになっていた。
その代わり、影の獣は夜しかその姿を保てない。昼の太陽の力に、とても脆くなっていった。
そして、見いだされたのが、「太陽の希望」と呼ばれる彼女だった。
彼女は強い力を持ち、研鑽を絶やさず、十代半ばにしてその道で知らぬものはないほどの成果を上げていた。
そんな彼女が探し当てたのが、「月の赦し」と呼ばれる、彼の一族だった。
二人は戦いに身を投じる。
全くの素人だった彼だが、たくさんの仲間、教師、友好的な不明存在などの力添えで、何度も窮地を脱することができるようになった。
二人は何度も手を取り合い、戦いの中を突き進んでいった。
そして、二人はついに「王」と接触した。
王は、疲れていた。
自分の力不足で、仲間が消えていくのを、ただ見つめることだけしかできない。
王は、たしかに象徴ではあった。
とてつもないカリスマと、その力はあっても、しかし、心まで強い存在ではなかった。
王は、二人に言った。
『我等はどこにいればいいのだ。影の中、人を襲い、力と命を奪うことは、人が生きることと同じだろうに。なぜ我等は許されないのだ』
彼女は答えた。
『いいえ、あなた方は許されている。月の光は、誰も傷つけない』
月の光は、影の獣を傷つけない。
光がないと、人間はものを見ることができない。
月の光は、すべての存在に対する赦しである。
彼も答えた。
『光がなければ、影は存在しない。光の中でも、影のように形を変えて、生きていけるはずだ』
その手伝いをしに来たのだと。
王は人の形をしていた。
そして、微笑んだ。
『なるほど、確かに我等は月に常に見守られていた。
それが赦しというのであれば、私の影に、すべてを作ることもできよう』
王はその権限を持って、影の獣たちをすべて自らに取り込んだ。
――そして、最後の夜は終わり、王は生まれ出る太陽の光の中へ、ふいに消えていった。
ガシャン。
ドアを開けると、そこには彼女がいた。
軽く手を上げ、
「やっほー」
「うん、腹減ったから、早いとこメシにしたい」
「OK、OK」
二人はいつも通り、日が当たり、そよ風の吹く屋上のフェンスにもたれ、お互いの昼食を開始した。
「いろいろ検査とかもあったけど、やっぱり世界は全然変わらないな」
「そうだね……戦いはすべて闇の中。誰かが書類を作って、誰かが判子を押して、どこかに仕舞われちゃうのかな」
彼は、首を振った。
「たとえそうでも、戦った俺たちの記憶は、絶対消えない」
「うん、君が隣にいて、私もそこにいて――。
傷ついたり、いなくなったり、いろんな人がいたことは、忘れないよ」
しばらく、沈黙が続く。
「あの、さ」
ちらっと、彼女が彼を見た。
「もしも、もしもだよ。
君、いっぱいごはん食べるじゃない、だから、足りない分、お弁当を作ろうか?
って、言ったら――」
「好きだ」
彼女の言葉を遮って、真っ正面から彼は言った。
「笑った顔が好きだ、かすり傷じゃ揺らがないところも好きだ。
強いところは尊敬しているけど、強がりなところはもっと俺に頼って欲しい。
――なあ、これって、長い『吊り橋効果』だと思う?」
頬を赤くして、そんな風に彼は言った。
彼女は頭をぶんぶんと振って答えた。
「思わない。だって、だって、ごはんを作ってあげたいのは、君だけだもの」
「よかった」
彼も笑い、彼女の頬に、手を伸ばした。
「柔らかい。知らなかった」
「半裸だって見合ってる仲なのにね。私も、君の誕生日を知らないや」
その手にすりつくように、彼女は甘えた。
「『好き』ってなんだろう」
「赦しと、希望に似てるんじゃないかな」
「あのね、私も、君のことが好きになってると思う。
明日も会いたい、そのために生きていなくちゃって、思うもの」
「なら、一緒だ」
「一緒だね」
たとえ、戦いの日々が終わったのだとしても。
彼らの日常は、今日からまた続いていく。
ハッピーエンドは、どこにあるかわからない。
訪れた区切りは、終わりではなかった。
皆、その先へ、歩いて行く。
明日に恋するように。
太陽の希望、月の赦し 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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