第28話 ずぶ濡れでドロドロ

 山の麓まで注意して探しながら来たけど、人影らしきものは見付けられず、山への入口を前にして立ち止まる。


「まさか、山に入って行ったんじゃないだろうな」


 めちゃくちゃ高い山ではないけど、木々が生い茂っていて道も悪い。この先にフレアが進んだとしてもこれ行かない方がいい。傘しか持ってきていない俺が探しに入ったとしても見つけれないどころか逆に危ないからだ。

 ここはひとまず引き返すしかなく来た道を戻ろうと振り返った時、微かに光る物が視界に入った。


「もしかして……」


 山から続いている川に掛かる橋の下。街灯の光を反射していたのはフレアの角だった。

 橋の下へ降りた俺は後ろからフレアに声をかける。


「こんな所に居たのか。雨が降っている時は川に近付いたら駄目だぞ」


「ガウ!」


 声に反応して沢山涙を流して抱きついてきたフレアはずぶ濡れでドロドロだった。


「フレア……」


 俺はフレアの肩を掴んで引き離し、屈んで目線を合わせた。


「バカ野郎! 寂しかったのは分かるけど、心配したんだぞ!」


「ガウゥ……」


 いつの間にか雨が止んでいて静まり返った橋の下に俺の声がコダマし、フレアは俯いてしょんぼりする。

 その姿を見た俺は何だかバツが悪かった。


「その、なんだ……俺も悪かったよ。フレアの気持ちも考えないでさ……すまん」


「ガウゥウウウッ!」


 謝るとフレアは声を上げて大泣き。多分、色んな思いが込み上げてきたのだろう。

 俺はいつまでも泣き止まないフレアをおんぶして雨上がりの夜道を歩いていく。



「ただいまー。ほらフレア、降りろ」


 家に着く頃には泣き止んでいたフレアを降ろしていると母さんがリビングの方からやってきた。


「おかえり。フレアちゃん見つかったのね。でかしたわ、息子」


「何じゃそりゃ。そんなのいいから、早くフレアを風呂に入れてやれよ。風邪引くだろ」


 フレアはいつまで経っても1人で風呂に入れない。母さんが言うには風呂の使い方を説明しても全然覚えてくれないのだそうだ。


「そうね。アンタも後でもう1回お風呂に入りなさい。背中がドロドロだから」


 ずぶ濡れでドロドロのフレアをおんぶしていたのだから、背中がドロドロになるのは当然。また風呂へ入らないといけない。

 こんな事なら時間が掛かってでも手を引いて帰って来るんだった。

 着替えるのも面倒だったからフレアが風呂から上がるのを玄関で待つ。

 結構長い時間待って、やっと母さんの声が飛んできた。


「お風呂空いたわよ」


「ああ」


 1回目にゆっくりと入り損ねた分、2回目はかなりゆっくりと浸かる。

 風呂から上がりホクホクと体から湯気を放ちながら、喉を潤すためにキッチンへ。

 冷たいお茶を飲んで一息。ボーッと眺めるとキッチンにもリビングにもフレアはいなかった。


「母さん、フレアは?」


「牛乳飲んで部屋に走って行ったわよ」


「そっか。じゃ、俺も寝るわ。おやすみ」


「はい、おやすみ」


 昼前から迷子になってずっと彷徨っていたから疲れたのかな? 今日はさすがに俺のベッドへ潜り込んでこないだろう。

 今日はゆっくり眠れると安心して部屋のドアを開けるとベッドにフレアが座っていた。


「フレア? 部屋に走って行ったって、俺の部屋にかよ……」


「ガウガウ」


 ドアの所で呆れて立ち尽くしているとフレアは立ち上がって俺の手を引きベッドへ座らせる。


「なんだ? 何がしたいんだ?」


 俺をベッドに座らせると両手で俺の顔を押さえ、額をくっ付けてきた。


『アキト、今日はごめんね。それと……ありがと』


 頭に流れてくるフレアの言葉はとても穏やかな気持ちにさせてくれた。

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