第13話 ワシの分は?

「なるほど。小娘と額を合わせて声が聞こえたというのは本当のようじゃな」


「指を額に当てただけで分かるんですか?」


「それだけではないぞ」


 続けてキツネさんは事細かく教えてくれた。

 フレアと額を合わせて話せるのは俺だけ。これは信頼の証のようなものらしい。この会話法についてだが、信頼を得れば誰でも出来るわけではなく本当に俺だけなのだという。何をもって信頼を得たのかまで分からないが兎に角特別な事なんだそうだ。

 しかし、この額を合わせての会話には色々と難点がある。

 1つ目はフレアが伝えたいと思って自分から額を合わせないと会話が出来ない。

 2つ目は短い会話しか出来ない。

 3つ目は1日1回だけしか出来ない上に繰り越しは無し。

 かなり面倒な仕様だが、全く話せないよりはマシだと思うしかない。


「と、まぁこんな感じじゃ」


「はあ……ありがとうございました」


「何じゃ? 何か腑に落ちんようじゃな」


「いえ……フレアの大まかな住まいや会話の方法が分かったのは助かったんですけど、話せるのが俺だけってのがプレッシャーで。それに結局、フレアを家にかえす手段がなくてどうすればいいものかと……」


 キツネさんのところへきてハッキリと分かったのはフレアの人種と会話法だけ。

 一応ウチで預かる形にはなっているが、これから先の見通しが立たてられなくて不安になった。


「小僧よく聞け」


「……はい」


一重ひとえに信頼の証と言ったが、小娘のそれは好意じゃ。お主が小娘をどう思っておるかは分からぬが、人の好意を無碍むげにするな」


「そんなつもりはないですけど……」


「小娘の事情は心配するな。何かの縁じゃ、ワシと秋恵で何とかしてやる」


「本当ですか?」


「うむ。じゃから、お主は何も心配せずに普段通りの生活を送れ」


「わかりました。そうします」


 なにも深く考える必要はなかった。キツネさんの言うように俺は普段通りにしていればいい。

 家の事情やらは大人に任せて、俺はフレアとのコミュニケーション方法がわかった事だけ喜べば良かったんだ。

 そう考えると肩の荷がおりたみたいで何だかスッキリした気分になった。

 温くなったお茶を啜りホッと一息つく。


「さて、話も一通り終わった事じゃし、ゆっくりと茶と茶菓子に舌鼓したつづみを打つとするかのぅ」


 俺がお茶を啜っていると新しくお茶をいれたキツネさんは茶菓子へ手を伸ばしたがその手は茶菓子を掴む事はなかった。


「あ、あれ!? ワシの分は? 楽しみにしていた饅頭は何処に!?」


 ちゃぶ台の中央に置かれていた茶菓子の箱を覗き込むキツネさんは本当に楽しみにしていのか物凄く悲しい顔をしている。

 饅頭はゴルフボールくらいの大きさで箱に12個入っているウチの地域で定番の和菓子屋『タヌキ屋』の『タヌキ饅頭』だ。

 食べやすい大きさと甘過ぎず口当たりの良い生地とこし餡で大人から子どもまでみんな大好きな代物。

 ただでさえ食い物の事しか考えていないフレアの前に無造作に置いておけば全部食われるのは当たり前。これはご愁傷様としか言いようがない。

 キツネさんは見る見る萎れていって最終的には不貞寝をして泣いていた。


「あのー……大丈夫ですか?」


 あまりにも落ち込んでいるから声を掛けると、消え入りそうな声で返してくる。


「すまんがもう帰ってくれ。今日はもう誰とも話したくない……うぅ……」


「はあ……では、失礼します。行くぞ、フレア」


「ガウ」


 これ以上迷惑を掛けないうちに俺は饅頭を平らげてご機嫌なフレアを連れていなり神社を後にした。

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