第4話 ガオー!

 ずっと立ったまま待っていても仕方がないから、とりあえずリビングのソファーに座ってフレアと話をしてみようと思った。

 俺が1人用のソファーに腰を下ろすとフレアは隣に立ってジッと見つめてくる。


「何だよ。お前も座れよ。横でジッと見られてると居心地悪いから」


 座れと言われたフレアは迷うことなく俺の膝に座ってきて尻尾を振った。


「痛い痛い! ちょっ、尻尾を振るな! 俺の顔に当たってるから!」


「ガウ?」


 尻尾による往復ビンタでヒリヒリする頬を摩りながら、後ろを振り向いて首を傾げているフレアへ言い直す。


「というか、何で俺の膝に座るんだよ。そっちのソファーに座れよ。ほら、どいたどいた」


 促すようにソッと背中を押してやるとフレアは斜め横にある3人掛けのソファーへ腰を下ろして何だかしょんぼりした顔でこちらを見てくる。


「何だよその顔は。そんな顔してもこっちには座らさんぞ」


「ガオー!」


「いや、ガオーって言われても……」


 しょんぼりから打って変わって、両手を上げて威嚇か怒りか分からん行動をされても全然怖くない。

 いちいち構っていたらキリがないと思い、話を切り出す事にした。


「まぁそれはさて置き。フレア、さっきみたいに喋ってみ?」


「ガウ」


「ガウじゃなくて、さっき俺に名前を教えてくれただろ? あの時みたいに喋ってみてくれって言ってるんだよ」


「ガウガウ」


「あのなぁ……ん? 待てよ……」


 フレアの様子を見て何かが引っかかった。

 さっきはちゃんと話せていたけど、あの時は声が頭の中に入ってくるような感じだった。

 それに今のガウガウ言っているフレアはふざけているようには見えない。最初に会って話した時もそうだ。

 俺は名前を教えてくれた時とそれ以外の時の違いを考えてみた。


「もしかしたら……」


 何となく『これかな?』と思えるものを見つけた俺は喋れなくても受け答えが出来る方法でもう1度フレアと会話を試みる。


「フレア。これから俺が質問するから、『はい』なら首を縦に、『いいえ』なら首を横に振って答えてくれ。わかったか?」


「ガウ」


 首を縦に振って答えてくれた。これなら上手く質問すれば色々と聞けそうだ。出会った時にもやったのに、何で最初からこうしなかったんだ俺は……。


「じゃあ質問するぞ。フレアがさっきからガウガウ言っているのはふざけているから?」


「ガウ!」


 首の振りは横。手始めにと思って質問したが、どうやら俺の見立て通りふざけているわけではなかった。


「なるほど。では2つ目の質問だ。もしかしてなんだが、おでこをくっ付けると普通に会話出来るのか?」


 これが『はい』なら試す必要がある。逆に『いいえ』なら残された行動の違いは額へのキスくらいだ。『いいえ』だった場合の方はおでこをくっ付けるより数千倍恥ずかしいから試したくはないから、どうか『はい』であってくれと願うばかり。


「ガウ」


 答えはイエス。何とかキスは免れた。

 しかし、これから試そうとするものも俺にとってはかなり恥ずかしいものには変わりない。

 深呼吸を繰り返し、これは会話をする為に必要なものだと心の中で念入りに自分へ言い聞かせ、フレアの前にしゃがんで言葉にする。


「とりあえず本当かどうか確かめたいから、おでこをくっ付けて何か喋ってみてくれ」


「ガウゥ……」


 おでこを差し出してみたがフレアは何だか困った顔をしている。

 俺の言動に何か不手際があったのだろうか?


「そうか! 前髪が邪魔なんだな? これでどうだ!」


 前髪を右手で上げるとフレアは困った顔のまま顔を近付けてきた。

 おでこをくっ付けるんだから顔が近付くのは当たり前。だけど、女の子と顔をこんなに近付けた事なんてない俺にとってはとても破壊力のある距離。

 フレアはまだ小汚いのに何かいい匂いがする。口もちゃんと閉じていないから息が俺の顔に当たる。もうどうにかなってしまいそうだ。

 おでこがくっ付くか、俺の気が狂いそうになるかの瀬戸際で家のインターホンが鳴った。


「ガウ?」


「痛ぁっ!」


 頭への突然の痛み。痛みの正体はインターホンの音に反応して玄関の方へ顔を向けたフレアの角が俺の左のこめかみに直撃した事によるものだ。

 これ、頭に穴空いてないよな?

 確認の為、恐る恐る触ってその手を見る。


「よし! 血は出てない。それにしても……イテェ……」


 手で押さえて痛みが和らぐまでジッとしていようと思った矢先、


「アーキート! あーそーぼー!」


 玄関から嫌な声が聞こえてきた。

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