第3話 似たようなもんでしょ

 長閑な景色に囲まれた道を歩きながら、ゴミだけとなった駄菓子屋の印が入ったビニール袋を覗き見てポツリと独り言を零す。


「全部無くなっちまった。……ま、いいや。もうちょっとしたら昼だし、家に帰るか」


 駄菓子が無くなった事により、今日の散歩は終了。昼飯には少し早いが、家へ足を向けた。

 家に着いてダイニングへ向かい、母さんが昼飯を作っているか様子を伺ってみる。


「ただいま」


「おかえり。早かったわね。まだご飯は出来てないわよ」


 流石、長年俺の母さんをやってるだけの事はある。俺の行動だけで思っている事を口にせずとも答えを先に言ってきた。


「そっか。俺もちょっと早いと思ってたから」


「ふーん。で? その子は?」


「その子ってどの子だよ」


「あんたの後ろにいる子よ。彼女なんでしょ? 惚けてないで紹介しなさいよ」


「は? 後ろ? 彼女? 何言ってんだ? ボケるにはまだ早いだろ……あっ」


 まだ若いのに早くもボケ始めたのかと思ったが、確認の為に後ろを振り返るとさっきの少女が後ろに立って俺をジッと見ていた。


「ついてきたのか……」


 彼女は俺と目が合うとジッと見つめたままシッポを振った。

 恐らく駄菓子をあげた事で懐かれて、ここまでずっと俺の後ろをついてきたのだろう。

 まるで野良猫や野良犬みたいだ。


「いつまでも惚けてないで、早く紹介しなさいよ」


「紹介って言ってもなぁ……。さっきたまたま会っただけで、名前すら知らないし……」


 どうしようか困っていると、


「おわっ!? 痛たたたっ!」


 少女は俺の服を掴んで引っ張り無理矢理屈ませ、両手で顔を押さえてきた。

 両頬に当たる手は小さく柔らかいのに、押さえつける力が尋常じゃなかった。振りほどこうとしてもびくともしない上にめちゃくちゃ痛い。


「なんだ!? 急に!」


「ガウ」


 驚いたのはそれだけじゃない。彼女は俺の額にキスをして、間髪入れずに自分の額を俺の額にくっ付けてきた。


『フーのお名前はフレア・バーストだよ』


 頭の中に聞こえてきた声は明らかに彼女のもの。名前を教えてきた事や喋れた事より、俺は彼女一連の行動で動揺を隠せなかった。


「ちょっ!? いきなり何してんだよ!」


「ガウゥ……」


 俺の反応が悪かったのか、彼女は顔から手を離してしょんぼりしてしまった。


「あっ……すまん」


「あーあ。やっちゃった。さっきのはあんたが悪いわよ」


 彼女がしょんぼりしてしまったのを見て母さんが野次を飛ばしてくる。


「だって……急にあんな事されたら……」


「その子、外国の子でしょ? 外国ならそれくらいのスキンシップは当たり前なんじゃないの?」


「そうかも知れないけど……」


「やれやれ、これだから思春期のクソガキは。そんな事だからいつまでもみんなにハブられるのよ」


「何か酷くね? って言うか、ハブられてねぇわ」


 友達は少ないけど、ハブられてはいない……多分。それにしても口が悪い母親だ。俺じゃなけりゃ、泣いてたぞ。


「そんな事どうでもいいから、早く彼女の名前くらい教えなさい」


「そんな事って……あれ? さっき名前言ってたぞ? 聞いてなかったのか?」


「聞いてないも何も、名前なんて言ってなかったわよ? もしかして『ガウ』ってのが名前なの?」


「いや、名前はフレア・バーストっていうらしいけど……」


 母さんにはさっきの声が聞こえていないのか? 大きさ的には母さんにも聞こえる声の大きさだったと思うんだけどなぁ。


「やっぱり外国の子なのね。お家は? 家族は? どうしてこの見た目も中身もモブキャラみたいな田舎者の息子と付き合う事にしたの?」


 何かちょいちょい刺さる事を言ってくる。

 母さんの質問に俺は何一つ答えられず、フレアも首を横に振るか傾げるだけで全く埒が明かない。


「橋の下で会った時に聞いたんだけど、家出でも迷子でもないらしいんだよ。その時もこっちの言葉は通じるけど、まともな言葉が喋れない感じだった」


「じゃあ、何であんたはフレアちゃんの名前を知ってるのよ?」


「それはさっき聞いたから……」


「ふーん、あんたにしか聞こえないフレアちゃんの声があるのね。母さんの友達はそんな事なかったけどね」


「母さんに友達とか居たの!? 初耳だぞ」


「友達くらい居るわよ。外国人じゃないけどね。たまに会うくらいだからあんたが知らなくても当然ね」


「母さんの交友関係とか変人ばかりっぽいな」


「フレアちゃんに懐かれているあんたも似たようなもんでしょ」


「そうなのか……?」


「兎も角、ちゃんと会話が出来ないなら交番に連れて行っても何にも出来ないだろうし、暫くウチで面倒を見ましょ。あんたに懐いているみたいだから、ちゃんと世話するのよ」


「世話するって、犬や猫じゃねぇんだから……」


「じゃ、母さんはフレアちゃんの服とか必要な物を買いに行ってくるから。いつまでもボロボロの服とか可哀想だからね」


「え? 昼飯は?」


「帰ってくるまで我慢しなさい。それが嫌なら自分で作りなさい」


「はい、我慢します」


「じゃ、行ってくるわね」


 手早くフレアの採寸をした母さんは車で町へ行ってしまった。

 母さんが帰ってくるまで最低でも3時間はかかる。それまでどうしたものか……。

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