第16話 王太子叙任式とまさかの出来事



「メルちゃん、ギル。今日はありがとね」

「前夜祭みたいなものです! はい、ノア様の好きなもの作ったんですよ〜」

 私は早朝から作ったたくさんのパンをテーブルに並べる。

「あはは……あ、クリームパンもある! やったぁ」

 ノア様はそう言って抱きつこうとしたけどギル様に止められている。

「ギルは今日も正常運転だね」

「当たり前だ、メルは俺の――」

「はいはい。お姫様だもんな、うん。わかってるよ」

 ノア様は、おちゃらけて言ったけどどこか寂しそうな顔をしている。それは明日がノア様の王太子叙任式だからだ。

「ギルは変わらないで欲しいが、無理か」

「俺は変わるつもりはないよ、……公式の場以外では」

「それはどーも……あー明日からは気軽にここには来られないのか。寂しいな」

 彼は、明日で王太子候補から正式な王太子となるため今までみたいにノア様なんて公式の場では呼べないし簡単に「パン食べさせてー」と言って彼も来られない。

「言ってくれればパン焼いて持っていきますよ」

「それは嬉しいけどーギルに怒られそうだからなあ」

「ノア様のためですし、いいよね? ギル様」

「メル……が行きたいなら一緒に行く。俺もしばらくは王宮にいるし」

 ギル様は最近過保護というか、私にずっと付いてくる。まあ、誘拐されたし仕方ないと思うけど……

「本当、仲良いな。俺も婚約者欲しくなった」

「メルはあげないから」

「分かってるよ、メルちゃんは狙ってません。ギルに呪われそうだし」

 あはは、と笑いながらノア様はワインに口をつけた。

「そういえばメルちゃんってお酒飲まないよね? 苦手?」

「え……えっと」

 苦手ではない。好きだ。実のところ私は、ザルなのだ。

「飲めるんですけど……えっと」

「ですけど?」

「私っ、ザルでしてっ……」

「……ザル?」

 ノア様とギル様は顔を見合わせると「なにそれ?」と呟いた。

「どれだけ飲んでも、少ししか酔わないんです」

「へぇ〜どれだけって、どんくらい?」

 うーん……この世界だと、どうなんだろう。

「……ワイン二本は余裕です」

「え、そうなの?」

「はい、可愛くないですよね……あはは」

 私が知っている限り女の子は、ちょっと飲んじゃっただけで頬が赤くなるもん。

「そんなことないと思うよ……? それに見てないから分からないし」

「じゃ、……飲みます」

「うんうん、なにかあってもどうにかなる。ギルもいるし」

 ノア様はグラスに私の分を注ぐと「はい、どーぞ」と私の前に置いた。

「いただきます」

 私はグラスを持ち上げで口をつけた。葡萄の香りが爽やかで、日本より少しだけ度が高いかも……。

「どう?」

「美味しいです」

「そっか、じゃもう一杯いかが?」

「じゃあ、いただきます」

 私はノア様に注がれ続け、飲んだワインは三本。それだけ飲んでも彼らは何も言わずノア様は「また飲もうね、メルちゃん」と言ってくれた。



 ***


「……ねぇ、この格好めちゃくちゃ聖女っぽいよね?」

「はい。王妃殿下が仕立てされたんですよ」

 ……メロンパンを持って行った以来、交流なかったはずだけど。

 私が今着ているのはベージュのマーメイドロングドレスでオフショルになっているけどレースで出来たショールで露出はゼロだ。

「お似合いですわ」

「そうかしら」

「えぇ、きっとみなさんメロメロです!」

 そんなことないと思うんだけど……。

 その後は、髪の毛をセットされて今日護衛してくれる近衛隊の方々と一緒に王宮広場へ向かう。その広場にはたくさんの国民が待っていて歓声が鳴り止まない。

「今日は王太子叙任式のために来てくださったこと感謝申し上げまする。第二王子ジークに代わり、第一王子のノアに王太子の称号を与える」

 陛下がそう叫ぶと、ノア様が前に出て綺麗に礼をする。

「喜んで受け入れます」

「うむ。そして、王太子ノアの婚約者を定めた」

 ノア様も知らなかったみたいで目を開けて驚いている。婚約者のこと聞いてなかったのかしら……?

「婚約者は、セダールント公爵令嬢であり聖女メル・フタバ・セダールントとする!」

 ……え? 

 歓声が上がる中、私の時間は止まった。式典はいつのまにか終わってしまっていた。

 私がノア様の、婚約者……? なんで、……っ

「陛下! 聞いてませんよ!?」

「言っていないからな。これは“王命”だ」

 ノア様は声を荒げながら陛下が話していて『王命』との声が聞こえてきた。

 王命ってことは、ノア様が何かを言っても覆せないってことだ……どうして。

「これ以上話はない。身分も功績も申し分ない」

 そう言って陛下はこの場から去った。

 その後、どうやって戻ったのかわからない。いや、戻っていない。

 私が帰ったのはあの離宮ではなく、ノア様の婚約者用の後宮だったから――……。



 ***



「メル様、お食事のお時間です」

「……いらないわ」

 新しい女官という彼女は「ですが……」と言って渋る。

「いらないと伝えて」

「そう伝えさせていただきます」

 女官が出て行き私はどうするべきか分からず、呆然としていた。すると、ドアがトントンと叩かれ人が近づいてきたのが分かった。

「……ぁ、ノア様……」

「メルちゃん、本当にすまない。この件はなんとか――」

「なんとか、って……ならないんじゃないんですか? 王命と聞きました。異世界から来た私だってそれくらいの意味分かります」

「それは……」

 ノア様は言葉を詰まらせた。

 それは“どうにもならない”ことを意味しているのが分かる。

「もう、ギルバード様には会えないんですね……」

「……俺の、婚約者の限りは」

 やっぱり……さっきの女官が言っていたから知ってた。だけど、ノア様に言われたらそうなんだともう会えないんだと実感する。

「そうですか……この世界は政略結婚が主流ですもんね」

 この世界は王族・貴族間では政略結婚しかない。家と家同時の利益だとかそういうので結婚は決められる。もちろん幼い頃からそう育てられる。

「ノア様も辛いのに、ごめんなさい」

「俺のことはいいんだ。俺はメルちゃんとギルバードが一緒になるべきだと思っている。だから絶対どうにかさせる」

「……うん」

「それまでは俺が守るから、安心してほしい」


 ノア様はそう言うと後宮を出て行った。私は湯浴みをしてベッドに入ると、ベッドに案内された。

「……マジか」

 そのベッドは日本でいうなら、ダブルベッド。そこに座っていたのは夕方に会ったばかりのノア様。

「どういうことですか!? 私、聞いてません」

「俺も今初めて知った……メルちゃんはここで寝て。俺はあっちのソファで寝るよ」

「えっ! ノア様! 王太子様をソファに寝かせるわけには……っ私がそちらで寝ますので!」

「いや、女性をソファに寝かせるわけにはいかないよ」

 ノア様はそう言うと私の背中に触れるとベッドへ座るように促した。

「今日は早く寝て」

 私は頷き目を瞑ると、眠りについた。





 

 

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