第9話 王宮にて療養しています。



「メル様、副団長様がおいでになりました」

「……通してちょうだい」

 王宮の離宮にて過ごすようになり一週間経ち、私には王宮の侍女が付きっきりでお世話をされていた。

「メル、おはよう」

「おはようございます、ギルバード様」

 そして、毎日朝昼晩とギルバード様がやってくる。やっぱり私のことを責任感じているのかもしれない。

 あれは私の不注意だったから招いたのだから気にしないでいいのに……。

「メル、今日は王都にある人気の洋菓子店の焼き菓子を買ってきたんだ一緒に食べよう」

「食欲、ないので大丈夫です。いつもありがとうございます」

 私はあの日から食欲がなくなった。何も受け付けてくれない。

「そうか。すまない……」

 あのあと、起きると女性騎士さんに色々聞かれた。最初から最後まで全て話しをした結果、王宮医師が療養のため離宮で過ごすべきだと言われてしまった。

 あの王子とか男たちがどうなったかはわからないけど、噂で幽閉されていると聞いたが本当かどうかわからない。

「こんにちわ、あら……副団長様、いらっしゃったんですね」

「はい、すみません」

 王宮医師兼治癒師のエマという女性で、30歳だと言っていた。彼女は、私のことを診てくれている。

「メル、また来る。医師様、よろしくお願いします」

「ええ」

 ギルバード様が出ていくと、診察される。エマは、あの日に私が妊娠する可能性はあるか調べてくれた人だ。彼が助けてくれたおかげで最後までされることはなかったからもちろん妊娠の可能性はゼロだった。

「散歩に行かない? 今日はとても天気がいいのよ」

「……いいです、外に行くのはまだ」

 あれからこの部屋から出ていない。最初、一度だけ出たことがあったが体の拒否反応を起こし怖くなって部屋に急いで入ってしまったのだ。

「こんなんじゃ、ダメだってわかってるんだけどなぁ」

 助けてもらえただけでもありがたいのに、こんなわがまま言って……ギルバート様に嫌われてしまう。

 もう嫌われちゃってるかもしれない……だって、キズモノだし。

「メル様、湯浴みいたしましょうか? 準備しますよ」

「はい……お願いします」

 湯浴み――あっちの世界ではお風呂も全てやって頂いている。まるでお姫様だ。

「メル様、アロマオイルを入れさせて頂きますねー」

「……ありがとう」

「いえいえ〜」

 こんなにもよくして頂いているのに、私はご飯も食べなくて外には出たく無いなんて罰が当たりそう。

 湯から上がると、寝衣に着替えさせられる。

「ねぇ、私ってワガママばっかり言ってるよね……?」

「そんなことはありませんわ。あんなことがあったばかりですもの」

「でも、ギルバード様が折角来てくださってるのに何も応えられなくてお土産も拒否してるし……お食事も、」

 みんなに迷惑ばかりかけてしまっていて申し訳ないと思うと同時に自分が情けなく感じる。

「大丈夫です、もっとワガママ言ってください」

「ありがとう」

「いえいえ、私で良ければ話も聞きます」

 本当に優しい。

「そういえば副団長、いらっしゃいませんね。いつもなら訪ねて来る時間ですのに」

「ギルバート様も暇じゃないですし」

「そうですか? きっと明日には来てくださいますよ」


 だけど、翌日になっても翌々日になってもギルバート様が来なくなった。

「……私が、ワガママばかりだからギルバート様は来なくなってしまったんだわ」

「メル様、そんなことありませんよ。今は忙しいんじゃないですか?」

 本当に嫌われてしまったのかもしれない。思い返せば可愛く無いことばかり言っていた。

 すこしくらい食べないと……だよね。

「プリンが食べたいです」

「えっ」

「だめ、ですか……」

「そんなことありませんっ、料理長に行ってきます!」

 侍女が離宮を退出してすぐにドアが開く音が聞こえた。

「何か忘れ物……? っ」

「メル、久しぶり」

 入ってきたのは本当に久しぶりに会った彼だった。

「ギルバート様……っ」

「メル、ごめんな。来るのが久々になってしまった……俺が来なかったのはこれを渡したくて」

 ……え?

 ギルバート様には似合わないバスケットの籠を私に差し出す。上に乗っていた赤と白のギンガムチェック柄の布を取るとそこにはいろんな種類のパンが入っていた。

「これ、どうしたの……?」

「休みを三日取って、公爵邸に戻った。メルの弟子だというアルベルトにパンの作り方を教えてもらったんだ」

「アルくんに……?」

「あぁ、中々難しくてギリギリになってしまったが。メルのように上手くは出来なかったよ」

 ギルバート様は目を逸らすと「食べてくれないだろうか」と私に問いかけた。

 バスケットの中には白パンやロールパン、ベーグル、クロワッサンが入っていて……美味しそう。

「……食べてもいいですか?」

「あぁ、もちろんだ」

 私は白パンを手に取ると、一口サイズにちぎり口に入れた。

「……いただきます」

 口に入れると、ふわふわでほんのり甘くて……

「美味しいです、とても」

「本当かっ!?」

「はい。ギルバート様も一緒に食べましょう? そうだ、ノア様にも謝らないと、良かったら一緒に……」

 ノア様には、助けてもらったくせに一度も会っていない。連れ去られた時、ノア様に化けていたこともあり配慮されたらしい。

「呼んでくる、今詰め所にいるはずだ。待っていてくれ……すぐ戻る」

「えっ」

 ギルバート様の動きは早かった。あっという間にノア様を連れて戻って来た。


「……メル嬢、この度は面会をお許しいただき感謝いたします」

 ノア様は片膝を付き、頭を下げた。

「ノア様、頭を上げてください……」

「寛大なお言葉、感謝いたします」

「私は……怒ってないですし、私の方が申し訳なくて。騙されてついて行った私も浅はかでした。手を煩わせてごめんなさい」

 私も頭を下げた。

 ノア様やギルバート様は全くもって悪くない。謝られることを二人はしていないのに……

「お顔を上げてくださいっ私たちの考えも甘かったのです。すべてを公爵邸の方々に任せきりで……もっと警戒するべきでした」

 頭を上げると本当に後悔しているのがわかる表情をしていた。

「ノア様……じゃあ、ギルバート様が作ってくださったパンを一緒に食べましょう?」

「えっ」

「ダメ、でしょうか……」

 王子様だもんね、毒見が必要なのかも……そんなこと考えてなかった。

「ダメじゃ、ないです。食べます」

「良かったです! 食べましょ!」

 ノア様もギルバート様も椅子に座って一緒に食べた。みんなで食べたパンは本当に美味しくて、食欲がなかったはずなのに全て食べることができた。



 ***


「聖女様、お会いできて光栄ですわ。アイリーン・エリザベス・エミベザと申します」

「いえっ、こ、こちらこそ……お初にお目にかかります、アイリーン様。私、メル・フタバ・セダールントです」

 あれから数日後のこと。ノア様の紹介でノア様の妹君である第一王女のアイリーン様がやってきた。

「今回の件、聞きましたわ。お父様とノアお兄様のせい・・で本当に取り返しのつかないことを……」

「いえっ、もう大丈夫です! ノア様には謝罪されてしまいましたし、本当に気にしてませんので」

 本当はまだ大丈夫じゃないけど。

「メル嬢が許されても私は許せませんわ!」

 ええ……!?

「安心してくださいませ、もうお二人にはコテンパンに致しましたので」

「こ、コテンパン……」

「はい、先ほどお父様にはビンタと回し蹴りを」

「え……」

「ノアお兄様には、来る途中にビンタと回し蹴りに一発かましてきました」 

 陛下と国の王子にそんなことをできる王女様って……そういえば、アイリーン様は唯一の王女だって聞いたな。寵姫だからできるのかもしれない。

「ですが、それでは償いなどにはならないと思いますの! だから、私を含め殴ってくださいませ……陛下と第一王子には許可をいただきましたわ!」

 え、え……っ

 いきなり出てきた書類には、そのようなことが書かれており二人のサインもある。私、そんなの求めてないです。

 そんな殴るだなんてできません……しかも王族に。

「殴るなんてできません……あの、お願いというかわがままを言ってもよろしいですか?」

「はい、なんでも言ってくださいまし」

「私、しばらくはここに住むことになっていて……なので話し相手というか友達が欲しいんです」

 そもそも、この国には同性の友人がいないけど。

「だから、私とお友達になって欲しいです。迷惑ですよね……すみません」

 王女様にお友達になって、なんてそんな厚かましいよね……。

「そんなことはありませんわ!」

「え……」

「ぜひ、お友達になってくださいませ! 私、お友達が欲しかったんです。願ったり叶ったりです! すっごく嬉しいですわ!」

 アイリーン様は目を輝かせて、私の両手を持つと「私でよかったらぜひ」と言ってくれた。





 


 

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