第8話 誘拐されました、
「……メル、それ作りすぎでは?」
「へっ?」
目の前には、パン生地。しかも、大量に成形されているパンたちがズラリ……。
「ごめんなさい、頭冷やしてくるから焼いててくれる?」
「あぁ、全然いいけど……大丈夫か?」
「うん……だ、大丈夫」
私は裏口から外に出ると石段に座り、顔を伏せて俯く。
あの日、私はギルバート様に『お気に入りの子がいる』って聞いて少しショックを受けたらしい。
「あ〜……」
私は彼に恋愛感情を抱いていたのだろうか?
もし、そうなら恋に気づいた瞬間に失恋したということになる。
「メル」
ギルバート様の声……? もしかして、彼のこと考えていたから幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。私がこんなふうになるなんて、パンが作ることができるならいいと思ってたのに。
「……メルちゃん?」
急にちゃん付けで呼ばれて顔を上げる。
「のっ、ノア様!?」
「ははっ、驚かせてごめんね」
「いえっ……ど、どうしたんですか?」
私は急いで立ち上がると一歩下がる。
「君に用があったんだ。今いいかな?」
「あっ、ちょっと待っててください、一言言ってきます」
私はそう言って厨房に顔を出すと、アルくんに声をかけてからノア様のところに戻った。
「すみません、お待たせしました」
「いや、全然。オスマン公爵から話はしてあるから馬車で話そう」
「わかりました」
私は、頭の中でハテナを浮かべながらも彼について行った。この時、ちゃんと考えてなかった。
この世界には“魔法”があることも忘れていたんだ――……。
「――っ」
目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。あれ……私、確かノア様に話があるって言われたんだよね。それで付いていって……なんか、頭痛い。
「……あれ起きたの?」
誰、この人。
「ノア様は……?」
「本当に騙されてるんだ、さすが異界人……いや、聖女様」
私が、異界人だってこと知ってる。知ってる人は少ないはず……それに私が公爵家にいるなんて知らないよね。
「なんでって顔してるな、そりゃ探したからな」
「……えっ」
探したって……どういうこと?
すると、部屋に入ってきたのは王子。ノア様じゃない方の――王太子・ジーク。私が召喚された時、『聖女じゃないから要らない』と言った張本人だ。
「何が、目的なの?」
「兄上との縁談が決まったんだろう? その相手が、公爵家令嬢だって知ったんだ」
「はあ」
「セダールント公爵には、子供は一人だった。騎士団副団長のギルバードしかいなかったはずだ。だがいきなり年頃の娘が湧き出るはずもない、しかもただの養女を王族が迎え入れるはずもない」
確かにそうだ……聞いた話によると、平民の孤児院にいる子供を貴族が利益のために引き取ることがあるらしい。
「確信に変わったのは、その髪とその目だ」
「……っ……」
「この世界には、暗い髪に暗い目を持つ人間はいない。東の方にある国のある地方でしか見たことがない」
そうだ、この国の人は銀色や緑などの色で瞳は青がほとんどだ。そんな中に茶髪に黒目なんてこの世界の人間とは考えられない。
「で、私をどうするつもりなの? って、ここはどこ?」
「公爵領でも王都でもない」
言わないんだ……
「兄上が嫌いだ、だから自分の婚約者がひどい目に遭えば傷つくだろう?」
「婚約者?」
「ああ、だって公爵家に父上と兄上がお忍びで行ったと聞いたぞ。婚約についても話をされただろうって」
「あの……申し上げにくい難いのですが、私はノア様と婚約してません」
そういう話はあったけど、オスマンさんが断ったというかノア様自身が断ったというか……。
「そんなわけがないだろう?」
「いえ本当です。というかノア様も断っていましたし……話は流れたと思ってたんですけど、というかもう忘れてました」
うん、忘れてた。だって私の頭の中にはギルバード様でいっぱいなんだもん。
「は!? お兄様みたいな爽やかで仕事もできてイケメン王子との縁談を断ったのか?」
「え……うん、そうだけど」
「そんなことってあるか……」
この王子、もしかしてブラコン!?
お兄ちゃん大好きなのに羨ましくて素直になれないみたいなタイプだったり……?
「……だけど、自分に関わった奴がひどい目に遭ったら傷つくかも」
「え……キャッ」
その瞬間、後ろにいた男が近づいてきて覆い被さる。
私が手を掴まれると、男の手がワンピースの裾を捲るとスルッとワンピースが脱がされた。
「……ぁ」
彼の指が私の胸に触れるとそんな声が漏れる……自分でも出したことのない声と感覚に怖くなる。
「ぃやっ……!」
もう一人の男が私の口を押さえると首筋に舌を這わせる。
「……っ……」
すると抑えられていた口が解放された、そう思ったのに男の唇が重なる。どうして、こんなやつに……っ
抵抗しようにも手首が掴まれていてできない。その間にも、胸を揉まれる。唇から男は離れると、胸元にしていた日本で言うブラジャーのようなものが取られ直に触れ片方を彼の舌が胸の頂を舐め回した。なんとも言えない刺激がやってきて気持ち悪い。
するとすぐに下着を脱がされてしまい、何も纏わぬ姿になってしまった。
「……やっ」
男は舐め回すように見ると私の足を開かせるように自らの体を足の間に入り込んだ。
――もう、だめだ。みんなよくしてくれたのに……私、何も……。
そう思った時、ドアがバァンと思い切り開いた。そこから入ってきたのは騎士団の服を着たギルバート様だった。
***
ノア様率いる王宮騎士団が乗り込み助けられた私は、ギルバード様のマントと上着で体を隠され馬車に乗った。本当ならギルバード様は馬車の周りで警備をしながら馬に乗り走るのだが私の状態を見たノア様がギルバード様を同乗させた。
「……ギルバード様、」
「……っ……」
顔を歪ませたギルバード様に私は微笑む。
「ありがとう、ございました……」
「感謝など言われる資格はない……俺は君を守れなかった」
後悔の念に襲われている彼に言葉をかけられるほど自分にも余裕がなかった。
怖かった、もうあの空間にはいないのにあの時の恐怖が思い返される。
「だいじょ、ぶです……だからそんな顔しないでください」
「メル、無理して笑うな。俺を責めろ、俺がいなかったからだと……言ってくれ」
そう言ったギルバード様は、無表情だった。
〈side:ギルバード〉
「――ギルバード、眠ったか?」
「ああ。今……」
ここは王宮の敷地内にあるノアの離宮だ。彼女を救出してから馬車を走らせてやってきた。公爵邸にしようと思ったが、王宮の方が近いと判断したノアがここへ連れてきた。
「ギル、何か食べた方がいい。食事を」
「……いらない」
「メル嬢が起きるまでそうしているつもりか?」
メルは、今眠ったばかりだ。だが食欲が湧かない。
「俺は無力だな、」
「すまなかったギルバード、俺と陛下が縁談など持ち出さなきゃこんなことにはならなかった」
「俺は守ることができなかったんだ、あの日俺が求婚していたら何か変わっていたかもしれない」
そうだあの日、伝わらなくても求婚すればよかった。
「ギルバード、世間では“傷物”令嬢と婚姻を結ぶのは不幸を招くと言われている。君はそれでも彼女と結婚するのかい?」
「そんなの決まっている、俺は彼女を愛している。傷物だなど言わせない、メルは清らかで美しい。曇りない女性だ」
傷物だなんて言わせるものか。
初めて惚れた女だ……手放すことはない。
「もし、男性恐怖症になったらどうするんだ。見知らぬ男に襲われたんだ、その可能性は否めない」
「……分かっている。その時はずっとそばにいるつもりだ。なんなら騎士団は辞める、公爵家次期当主として父の下で働きながらそばにいる」
これは以前から考えていたところだ。一応公爵家・嫡男として生まれたんだからいずれは退職するべきだと。
「そうか、お前の気持ちはわかった。だけど、水くらいは飲め、公爵領戻る前に死なれては困る」
「そう、だな」
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