第7話 国王陛下と王子様



「メルちゃんいるかしら」

 私がお茶を飲みながら部屋で本を読んでいると、入って来たのはエミリーさんだ。

「どうかされましたか?」

「読者中だったかしら……ごめんなさいね」 

 私は本に栞を挟み閉じる。

「いえ、大丈夫です」

 エミリーさんは人払いをすると真剣な顔で言った。

「実は明日ね、国王陛下がお忍びで公爵邸うちに来るのよ」

「え……」

「まあ、兄弟の食事会ということかしらね」

 きょ、兄弟……? 

「国王陛下と誰が兄弟なんですか」

「あれ言ってなかったかしら……オスマン様よ。国王の二番目の弟ね」

 ええ……知らないです。全く聞いてないよ。

「話を戻すのだけど、メルちゃんも公爵令嬢だから一緒にお食事しましょう。それに陛下もメルちゃんに会えるのをとても楽しみにしてるわ」

「そうなんですね……光栄です」

「それにギルとノアくんも来るのよ

 ノアくん……? だれ!?

「あれ、ノアくんも知らなかった? ギルの学友でこの国の第一王子で王宮騎士団の団長よ」

「……え、王子様? だんちょ、う……?」

「ええ、どうかした?」

 どうかした、っていうレベルじゃないよ……

「私は何をすればいいんでしょうか」

「明日は厨房のお仕事はしないで準備しましょう」

「わかりました」

「これは私とオスマン様、ギル、ライラと執事長に料理長だけが知っていることだから他の人には言っちゃダメよ」

 国王陛下がいらっしゃるなんて聞いたら驚いてしまうもんね……

「緊張しなくてもいいわ。陛下はフレンドリーで楽しい方だから大丈夫だからね」

「はい……ありがとうございます」

 エミリーさんはそう言って出て行ったけど、私の心臓はバクバクだ。

「メル様、明日のドレスを選びましょう」

「うん。ライラは、知ってたの?」

「はい、黙っていて申し訳ありません……」

 ライラは、申し訳なさそうな表情を見せる。

「いや、いいんだけどね。もしかしてギルバート様がドレスをプレゼントしてくださったのは明日のことご存知だったのかな」

「それは、先日王宮から文が届いたのでギルバート様はご存知なかったと思いますよ」

「そうなんだ、私……礼儀作法大丈夫かしら」

 国王陛下や王子様がいらっしゃるということは、礼儀作法が大切よね? 今まで、公爵家の人としか食べたことなかったもの……。

「大丈夫です、普段からしっかりと出来ています」

「本当?」

「はい、大丈夫ですよ」

「でも……」

 その後ドレスを選ぶと、不安な私の為に礼儀作法のレッスンをしてもらった。



 ***


「――はじめまして、メル嬢。レクサス・エリザベス・エミベザと申します」

「メル・フタバ・セダールントです、国王陛下」

 ついに夜、国王陛下がやってきた。もう、ドキドキしすぎて心臓が壊れそうだ……。

「まぁ、そんなに堅くならないでくれ。君に会うのが楽しみにしていたんだ」

「光栄ですっ……」

「それにお詫びをしなくては……メル嬢、愚息のジークが本当に申し訳ないことを」

 国王陛下は頭を深々と下げた。……えぇっ!?

「国王陛下っ、私にそんな頭を下げるなんて……だめですっ! 顔を上げてくださいっ!」

「いや、愚息アイツがやったことは許されないことだ」

 でも、許す許さないの前に頭を上げてくださいっ……!

 私がワタワタしていると「父上、メル嬢が困ってますよ」と言う声が聞こえてきた。その声に国王陛下が頭を上げる。

「ノア」

 その声の方を向くと、ギルバート様ともう一人……国王陛下が“ノア”って呼んでいたってことは……もしかして、

「やぁ、メル嬢。私、第一王子ノア・エリザベス・エミベザと申します。王宮騎士団の団長をしております」

「あっ、はい。はじめまして、メルと申します」

「畏まらないでくれ、私も謝らないといけない。愚弟が本当にすまない……」

「いえっ、頭を上げてくださいっ」

 なんで私は、この国のトップの方々に頭を深々と下げられているんだろう。これはどうしたらいいの!?

「レクサスもノアくんも、もう頭を上げたらどうだい?」

「そうねぇ、逆に可哀想よ? ね? さ、座って」

 オスマンさんとエミリーさんがそう言うとふたりは座った。するとギルバート様が私の隣に来た。

「メル、ただいま」

「お帰りなさい、ギルバート様」

 私たちは、全員座るとディナーが始まる。たわいの無い話をしていき、ついに本題が来た。

「オスマン、エミリーさん、メル嬢に話がある」

「……なんだ」

「ノアの婚約者に君の娘、メル嬢になって頂きたいんだ」

 ……え、婚約者?

「父上!? 私はそんな話聞いてませんよ!」

 私が王子様と結婚……? そんなの無理だよ。

「今言ったんだから当然だろう? それに、彼女は聖女様なんだ」

「……っ」

「レクサス、メルは俺の娘だ。可愛い可愛い娘なんだ……聖女であってもだ」

 オスマンさんがそう言うと「父上、お言葉ですが」とノア様が手を挙げた。

「私は、親友のお気に入りの子に手を出したくはありません」

「……っ!? な、何言って……」

「本当のことだろう?」

「だが……っこ、こんな場でっ」

 ギルバート様はワタワタして顔が真っ赤になっている。というか、ギルバート様にはお気に入りの子がいるんだ……

「……ギルバート様とはもう、お出かけ出来ないんですね」

「……ぇ」

「お慕いされてる方がいらっしゃるのでしょう? なら私といたら勘違いされてしまいますよ……」

 私といたら、見方によっては恋仲だと思われてしまう。それだけは避けたい。

「メルちゃんって、実は鈍感?」

「え?」

「メル……俺が、君のこと好きだと言ったらどうする?」

 え……? ギルバート様が、私を好き?

 そんなありえないよ。

「ギルバート様みたいな素敵な方が私を好きになるなんてあり得ません! 私みたいな平凡な容姿に、パンを作るしか出来ないですし……」

 なんか自分で言って虚しくなってきて俯いてしまった。

 私が俯く中、ギルバート様が私以外の人に憐れみの目を向けられているなんてこの時の私は知らない――……。

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