第6話 バターがたっぷりクロワッサンを持って王宮へ行きます。



 ギルバード様と王都へ出かけて三ヶ月経った。私は、公爵家の厨房でお昼ご飯だけ働かせていただいている。

「メル、そろそろパンを焼いてもらえるだろうか」

「メルは下っ端からしっかりとこなしている。普通なら調理部門に決まるのだが、メルはパンが焼けるし、旦那様もそれでいいと言っている」

「……いいんですか?」

「ああ、助手にアルベルトを付けよう」

 アルベルトとは、公爵家料理人で今はスープを担当していて私のことを師匠と呼んで慕ってくれている青年だ。

「私やりたいです、よろしくお願いしますっ!」

 私はやりたかったパン作りが堂々とできるようになった。


「――メル、何を作ってるの?」

 仕事が終わり、私は厨房で新しいパンの生地を作っていた。

「これはバターって言ってね脂肪分が高いミルクで作った固形油だよ」

「へえ〜」

「香りも良くてお菓子作りとかパン作りにはとても合うんだよ」

 この世界にはバターというものがない。だから脂肪分が高いミルクを料理長に分けて貰った。それを瓶に入れて二十分振り続けて固まり出したらバットに入れて冷蔵庫で固めたものだ。

 これに小麦粉をまぶして麺棒で広げて、それとパン生地と重ねて包み込む。そしてまた麺棒で六十センチほど伸ばしたら、四つ折りをして整える。それをもう一度繰り返す。

「ふぅ〜……」

 平なところに乗せて濡れ布巾をかぶせると涼しい部屋で一時間休ませてから再び麺棒で伸ばす。

「メル、伸ばしてばっかりだね?」

「うん。少し大変だけど美味しいよ」

 伸ばした生地を九センチ間隔で三角に切ってから底辺の方から山頂に向かってくるくると巻いていく。

「俺もやっていいですか?」

「うん! もちろん!」

「ありがとうございます」

 一緒にくるくるして形成した生地を鉄板に乗せてから卵液を塗った。

「アルくん、焼いてもらっていい?」

「はい、もちろんです!」

 彼は鉄板を火をつけた石窯へ入れてくれた。焼き上がるまでの間は毎回恒例の2人でティータイムをするのが決まりだ。

「明日のパンはどうする?」

「明日は、白パンにしようかなと思ってるよ」

「白パンかぁ〜いいね。あっいい匂いがして来たね」

 ふわふわと漂うバターの香りがしてきて鉄板を見るとほんのり焼き目がいい感じについていた。鉄板を取り出すと、湯気からもバターの甘い香りが食欲を唆る。

「美味しそう……!」

「食べてみて」

 アルくんは一つ持って「アツっ」と呟いたがひと口ちぎると口の中に入れた。

「メルっ……これ、めちゃくちゃうまい! なんか、表現出来ないけどなんかジュワッとした」

「それがバターだよ」

「へぇ! すごく美味しい」

 そうだ、みんなにも持っていこうかな。結構たくさん焼けたし……

「メルちゃん! 今から王都に行くわよ!」

「……え?」

「実はね――」

 今、王宮ではパーティーの準備やらで忙しいらしくオスマンさんがもう数日は帰ってこないらしくエミリーさんは会いに行きたいらしい。

「ギルバートにも会いたいわよね? だから一緒に行きましょう」

「えっ?」

「ギルが贈ったドレス着ていきましょうよ、きっと喜ぶわ」

 えぇ――!?

 その後は、ライラによって着替えが施されセットアップさせられた。そのまま、エミリーさんと一緒に馬車に乗せられて王宮へと向かった。


 ***


「メルちゃん、あれが王宮騎士団の寮であれが騎士団の詰所よ」

「大きいんですね……あそこにギルバート様がいらっしゃるのですか?」

「ギルがいるのは、第一王宮騎士団だから一番右の建物よ」

 王宮に着くと、エミリーさんと騎士団の建物の前にやってきた。そこの門番している人に挨拶をすると、顔パスかのように案内されて一つの扉の前に到着した。そこには【副団長室】と書かれている。

「副団長、お客様をお連れしました」

 そう案内してくれた方が言うと「はい」と返事が聞こえたので、エミリーさんと入る。

「……母さん、どうかしましたか。こんなとこまで」

「あら、折角メルちゃん連れて来たのにそんな言い方ないでしょう?」

「……は、メル?」

 エミリーさんの後ろに隠れていた私は、ひょこっと顔を出した。

「こ、こんにちはギルバート様」

 制服をしっかりと着用して、椅子に座り書類を見ていた彼は私に顔を見せた。

「メル、どうしたんだい……こんなとこまで」

「エミリーさんがオスマンさんに会いに行くからってついて来ました。迷惑でしたか……?」

 よく考えたら、ギルバート様はお仕事中だ。エミリーさんに言われるまま、もう少し後にこれば良かったのかもしれない。

 だけどギルバート様に会えたのは少し嬉しい。

「いや、そんなことない。嬉しいよ」

 良かった……。

「メルちゃん、ギル。私はオスマン様に会いに行ってくるわ」

「えっ、エミリーさん! 私は……」

「ギルと仲良くお茶でもして来なさい。じゃ、ギル頼んだわよ〜」

 エミリーさんは「ふふふっ」と笑いながら部屋から出て行ってしまった。

「メル、座ってくれ」

「は、はい。失礼します」

「そのドレス、着てくれたんだな。似合っている」

 私が座ると向かい側にギルバート様は座る。

「あっ、パン持って来たんです。クロワッサンと言って――」

 私の言葉を遮るように扉が開いた。

「失礼します、お茶をお持ちしました」

「あぁ」

 この人はスーツみたいな服だなぁ……なんか階級とかなのかな。そんなふうに考えていれば、私の前にもティーカップが置かれた。

「ありがとうございます」

「いえっ! では失礼いたしました」

 おどおどしながらも彼は外に行ってしまった。

「話の途中だったな、すまない」

「いえ。あのパン焼いたんです……食べてくださいますか?」

「あぁ、食べたい」

 私はバスケットから入れてきたクロワッサンをギルバード様の前に置いた。

「どうぞ」

「……いただこう」

 ギルバード様は一口食べると「美味い」と呟いてまた一口二口と口に入れた。

「メル、もっと食べていいか?」

「はいもちろんです!」

 彼はもう一つ手に取るとパクパクと食べていきバスケットの中はあっという間に空になってしまった。

「……美味しかった。ありがとう」

「いえ。あっ、私パンを作らせていただけることになったんです」

「そうか、よかったな」

「はい! お昼だけだからギルバード様には食べていただけないのは残念ですが」

 ギルバード様は、ほとんどお昼は帰ってこない。休日でも夜しか食事にはいない。

「昼か……次の休みには君のパンを食べに帰ろう」

「え? お忙しいのでは……?」

「大丈夫だ、絶対帰る」

 そう言い切ったギルバード様は紅茶を一口飲んだ。

「メル、そろそろ帰るだろう? 馬車のあるところまで送ろう」

「はい。ギルバード様忙しいでしょう? エミリーさんに馬車が停まっている場所は聞いてますし、もしわからなかったら人に聞くので大丈夫ですよ」

「……俺に送られるのは嫌なのか?」

「そっ、そんなことありませんよ! でも申し訳ないなって」

 今だってお忙しいところをお邪魔してしまったし……

「そんなことを気にする必要はない。実は昼ごはんがまだだったんだ。メルが持ってきてくれて助かったから送るくらいなんとでもない」

「そうですか?」

「ああ……それに君は可愛いから男が寄ってきそうで心配だ」

 そんな心配はないと思うんだけど、ギルバード様は心配性だなあ。

「ギルバード様はお兄ちゃんみたいです。私は妹みたいな存在だからかもしれないですけど」

「そんなことは思っていない。早く行こう、母さんが心配する」

「……? そうですね、行きましょう」

 結局私は、ギルバード様に送られて馬車までたどり着くことができた。

「気をつけてな」

「はい、ギルバード様もお仕事頑張ってください」

 そう言ってギルバード様と別れると、エミリーさんと合流して王宮から出た。


 

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