第4話 もちもちベーグル



「おはようございます、今日からよろしくお願いします」

 あれから一週間経ち、私は念願だった厨房で働かせて貰えるようになった。

「あぁ、よろしくな。メル嬢」

 ただ条件がついたんだけど――。

『厨房で働くのはいいんだけどね、俺たちの養女にならないかな』

『養女? オスマンさんの、娘になるってことですか?』

『そう。今、メルちゃんは微妙な立場なんだよ。異界人であり聖女である、庶民のようで庶民じゃない。公爵家にいるからね』


「改めて、メル・フタバ・セダールントです。皆さまよろしくお願いいたします」

「メル嬢、まずは皿洗いと下ごしらえからな」

「はい」

 私は、セダールント公爵家の養女になったけど厨房では見習いから始めることにした。料理長からはパン担当でいいと言われたけど、それはオスマンさんからの条件のひとつでもある。

「ディーン、教えてやれ」

「は、はい……! メル様、よろしくお願いいたします!」

 ディーンという青年は先日王都学園アカデミーを卒業したばかりで銀色の髪をマッシュヘアの可愛らしい子だ。

「こちらこそよろしくお願いします!」

「えっと、それじゃあじゃがいもの皮むきからやろうか」

 じゃがいもなら得意だ、昔カレーにハマってたときがあったんだよね。

「じゃあ……ってできるね、だよね」

「はい、よくやってたので」

 なんか申し訳ない、と思っていると私の前にボンっと置かれた。

「メルにはこれだ、剥き方も綺麗だし今日はじゃがいも係な」

「わかりました」

 じゃがいもを無心で皮を剥いていき、あっちの世界でいう乱切りをした。それを調理部門に持って行ったりしてなんだか学生時代していた飲食店のバイトのようで楽しかった。

「メルちゃん、ご飯食べよう」

「うん」

 それからお昼ご飯を食べると、私は自分の部屋に戻った。

 

 ***


 十四時になり私は厨房に戻ると、パン生地を広げて生地を伸ばして棒状にし輪っかに形成して閉じる。閉じ目を下にしてそれを十個ほど作ると、鍋に水を貯めて沸騰させる。蜂蜜を少し入れると、生地をお湯の中に入れて片面ずつ二十秒ほど茹でる。

「何作ってるんですか? メルさん」

「うん? ベーグルよ」

「ベーグル? あ、石窯に入れますか。俺やりますよ」

 アルくんは鉄板を持ち、それを石窯へと入れてくれた。それを二十分ほど焼くと完成した。

「うわ、美味しそう〜」

「でしょう、オスマンさんとエミリーさん呼んできてくださる?」

「はい! 呼んできます」

 アルくんが厨房から出て外へ行くと入れ違いで庭からギルバート様がやってきた。

「メル、こんにちわ」

「ギルバート様、はい。こんにちわ」

「美味しそうな匂いがする。お得意のパンかい?」

 ギルバート様は口角を上げるとそう言った。

「はい。ギルバート様も食べますか」

「ああ、いただこうかな……」

 私は一番大きそうに見えるベーグルをとってギルバード様に手渡した。

「メル、明日休みなんだが……一緒に王都の街に行かないか?」

「王都にですか?」

「ああ、メルが良ければだが……」

 ギルバード様は、少しだけ目を逸らした。よく見ると耳が真っ赤で可愛い。こんなに顔が整っているのに、ふふっ……。

「喜んで、行きたいです。ギルバード様、案内お願いしますね」

「ああ。任せてくれ……」

「楽しみです」

 王都って私が追い出されたお城の近くの街だよね。あの時は余裕がなかったけど、エミリーさんに色々教えてもらったし楽しみだな。

 ギルバート様はそれだけ言うと裏口から出て行ってしまった。もしかしてそれだけの為に帰ってきてくれたのかな……

「メルちゃん、今日もいいにおいね」

「はい! ベーグルと言ってふわふわもちもちなんですよ」

「楽しみ〜」

 エミリーさんとオスマンさんは厨房の椅子に座ると、ベーグルを一つ食べはじめた。

「さっき、ギルが来た? ギルの馬が見えたけど」

「あ、はい。でもオスマンさんとエミリーさんがくる少し前に行ってしまって……」

「そうなの? ふふっ、メルちゃんに会いに来たのかしらね」

「あ、明日王都に行こうって誘ってくれました」

 ギルバード様とは、私が部屋から出てきてとても感謝された時が初会話だった。それから厨房で働けると決まった時まで、ほぼ毎日お昼には会いに来てくれていた。

「まあ! あのギルが、女の子を誘うなんて! ねえ、オスマンさん」

「珍しいこともあるんだな、最近はよく帰ってきていたし……メルちゃんなら賛成かな」

 ん……? なんか、勘違いされている?

「ギルバート様は、女の子として見ていないと思います。妹、みたいな」

「そうかしら? 王都の街に行くなら動きやすいワンピースがいいわね」

「そうだな、今から見た方がいいんじゃないかな?」

「そうね!」

 私よりもノリノリで張り切ってしまっている二人に水を刺すようなことはできなくて何もいうことは出来なかった。その後私は、着せ替え人形のようにされてドレスが決まった時にはもう日も暮れていた。




 

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