第2話 ふわふわの丸パンとヒール



 翌朝、ウキウキしながら起きると早いけど昨日作ったパルムの瓶を見に行くことにした。部屋に入ると、被せた布を取り、蓋を開けた。開ける瞬間に炭酸のようなシュワっとした音が聞こえた。一度匂いを嗅ぐと、あぁこれだ……と感動する。

「異世界にも酵母菌はあるんだなぁ」

 私は瓶に蓋をし、上下に振りまた布を被せた。それを数日繰り返した。今まで退屈だった日々が、こっちに来て初めて充実している。


「あっ! メル様っこちらにいらしていたのね!」

「あ……ライラ。ごめんなさい。でもね、やっと出来たのよ!」

「……え?」

 これで、ふわふわなパンが出来る!

「今から、パンを作るのよ!」

 私は、すぐに行動した。すぐに厨房に行き、少しだけ使わせてもらえるようにお願いをした。

「メル様、何をされるんですか?」

「ふわふわのパンを作ろうと思って」

 料理人さんに小麦粉にバター、卵とミルクをもらった。小麦粉を山にして真ん中を開けるとその中に卵とミルクを入れてそこにクラムの酵母菌を入れる。それを粉っけがなくなるまで捏ねる。捏ね終え、濡れ布巾を生地に被せ寝かせる。

「バター柔らかいかなぁ」

 バターが柔らかくなったのを確認し生地に練り込み、一つの塊にする。また、布巾を被せると寝かせからパンチをした。

「メル様!? 一体何を……」

 料理人さんの声は気にせずに、再び濡れ布巾を被せて一次発酵をする。

「温かい場所に置いておきます」

「えぇっ!? それだと腐りませんか!?」

「大丈夫ですよ」

 それから一時間ほど経ち、二倍ほどに膨らんだらガス抜きをする。生地を八個に分けて丸く丸めると、鉄板に乗せた。

「今から焼くんですか?」

「いえ! 今からまた布巾を被せます」

「またですか? 時間かかるんですねぇ」

 濡れ布巾を被せると、また温かい場所で二倍になるまで二次発酵をする。

「あの、石窯を温めてもらってもいいですか?」

「はいっ! もちろんです!」

 料理人さんに石窯を温めてもらっている間に生地は二倍になったので、布巾を取り料理人さんに焼いて貰うように頼んだ。しばらくすると、厨房内は香ばしい懐かしい匂いが漂っていて笑みが溢れた。


「美味しそうですね! いただいてもいいですか?」

「はい! どうぞ!」

 この世界の人に合うか分からないからドキドキして反応を待つ。

「メルさまっ……ふわっふわっで、美味しいですっ」

「良かった!」

「これ本当にパンですか? こんなふわふわなパン、初めてです!」

 気に入ってもらえたみたいで嬉しい。

「メル様! 作り方教えてください!」

「えぇ、もちろん!」

 久しぶりにふわふわなパンを食べられて大満足な私はこの世界にきてたくさん食べ物を食べた。やっぱりパンが大好きだ。

「あら、美味しそうな匂いがしたと思ったらメルちゃんだったのね!」

「エミリーさん、おはようございます!」

「僕もいるよ〜」

「オスマンさん! おはようございます」

 厨房に入ってきたのは、オスマンさんとエミリーさんだ。中々、厨房に入らない彼らが来てみんな驚いている。

「旦那様! 奥様!」

「みんないいのよー! 私たちも食べたいと思っているのだけどもらえるかしら」

「はい、もちろんでございます。どうぞ」

 お皿にパンを二個ずつ乗せて渡す。

「ふわふわね! 初めて食べるわ〜美味しい」

「本当だね、とても美味しいよ。メルちゃん」

 お二人にも喜んでもらえて嬉しい、懐かしいなこの光景……。



「メルちゃん、今日もお昼に持って行きたいんだけどパンあるかな?」

「あ、オスマンさん……毎食あのパンって飽きませんか?」

「飽きることはない。メルちゃんのパンは職人より上手いからな」

 そんなこと言ったら、職人さんに申し訳ない。でも、硬いし味もイマイチだったし……仕方ないか。

「じゃあ、今日はサンドイッチにします」

「あぁ、たくさん欲しいんだ出来るだけ頼む」

「? 分かりました……」

 オスマンさんは、最初は一人分で頼んできていた。なのに今じゃ軽く十人分くらいの量を頼んでいる。誰かと一緒に食べているのだろうか。

「メル様? 今日は卵がたくさん手に入ったので以前のように卵サンドにしたらいかがですか?」

「そうね……うーん、あ、卵焼きサンド作るわ!」

 うちの店にもよく並んでいて人気だった卵焼きサンド。ただ厚焼き卵をパンに挟んだだけの簡単なものだ。

「卵焼き……ですか?」

「うん、スクランブルエッグはポロポロな感じでしょ? だけど卵焼きはくるくる巻くの」

「くるくる……」

 見たことない人にはイメージはできないよね。でも卵焼きができれば、白米もおいしくなりそうだし……日本食の幅も広がる。

「白米にも合うのよ」

「へぇ! 左様ですか! 楽しみです」

 最近、この世界にもお米があることを知った。知ったとき、胸が高鳴ったのだけど……お米の炊き方を知らないらしくて初め出された時は驚いた。

「上手にお米が炊けるようになったわよね! 最初の頃は芯も残ってるし、リゾットみたいだったもの」

「はい……メル様のご指導のおかげです!」

 私は卵を三つ割ると、器の中で泡立て器を使用して卵とはちみつを混ぜた。

「油はこのくらいですか?」

「そうね、ありがとう」

 熱されたフライパンに溶かしたバターを満遍なく広げる。そこに少しの卵液を注ぎくるくると巻いて、また卵液を注ぎくるくる巻く。それを繰り返し卵焼きを完成された。

「すごいですね! 甘い香りもします、美味しそうです」

「でしょ? これをね、包丁で切るんだよ」

 卵焼きをまな板に置き、端っこを先に切ると5センチくらいに切った。

「切れ端食べる?」

「はい、いただきます!」

 料理人のアルベルトさんにその切れ端を口に入れると、口をもぐもぐさせた。

「う、うまいです!」

「アルベルトさんは甘いの好きですか?」

「はい、大好物です。公爵様が甘いものが好きなので、使用人や料理人も甘いものが好きな人結構いるんですよ。以前作っていただいたジャムパンがとても美味しかったと執事のカルドが喜んでましたし」

 カルドさんは無表情の執事さんだ。だけど召喚された日、良くしてもらっていてとても優しい人だと思う。笑ったとこは見たことないけれど。

「さ、挟みましょう! オスマンさんが出かける時間が来てしまいます!」

 アルベルトさんと手分けして大量に丸パンのサンドイッチをカゴに詰めて蓋をした。



 ***


 お昼ご飯は、丸パンにジャムを挟んだジャムパンだ。

「んん〜美味しい! 本当、メルちゃんのパンは美味しいわね!」

「ありがとうございます」

 朝残った果物のジャムを焼き立てパンに挟んだ簡単なパン。ほぼ毎日丸パンだけど、やっぱりふんわりしたほんのり甘さのあるこのパンが大好きだ。

「そうそう、今日か明日辺りにギル……息子が帰ってくるのよ」

「そうなんですか? ギルバート様ですか?」

「そうなの。東のセスマクル水郷ってところに遠征でひと月行っていて」

 エミリーさんの話だと、この世界には瘴気しょうきというものがあるらしい。数十年は瘴気は出てなかったらしいがここ最近で多くなったとのこと。瘴気から生まれる魔物という生き物がいるらしく、それを討伐で退治しているのが王宮騎士団と宮廷魔法師団。ギルバートさんは、第一騎士団で先陣を切ってやっていると聞いた。

「もしかしたら、ギルが仲間を数人連れてくるかもしれないの。いいかしら」

「はい、構いませんが……少し緊張します」

「大丈夫、優しい人ばかりだから。メルちゃんのパンで胃袋捕まえたらどう!?」

 胃袋捕まえてもどうにもならないと思うんだけどなぁ。まぁ、おもてなしするくらいならいいかも。


 そして翌日、おもてなしのために朝早くからパンを焼いていた。

「メル様! 旦那様がお呼びです!」

「え? オスマンさんが?」

「はい、急ぎとのことですっ!」

 従者の慌てように私は手を洗ってアルベルトさんに一言言ってからその人に付いてホールに向かった。

「メルちゃん!」

 ホールに行くと、アニメで見るような服を着ている男性が三人いて二人が血で汚れている状態だった。日本でもこんな状況見たことなくて、気持ち悪さを感じるがオスマンさんに近づいた。

「メルちゃん、前にやってくれた『ヒール』をやってくれないか!?」

「えっ……」

「メルちゃんなら大丈夫だ! 君は、この世界の者より魔力が大きいんだよ」

 私は医者でも看護師でもない。医学を学んだこともないし、医療現場も見たことない……そんな私がこの人たちを助けられるの?

「メルちゃん!」

 でも、オスマンさんたちの役に立ちたい……やるだけやってみよう。私は、以前教えて貰ったように手を彼の体に近づけて力を掌に集めた。

「……ヒール」

 そう唱えると私の周りだけ風が起こりキラキラと光りだす。すると、彼にあったはずの傷が消え去っていた。私はもう一人にもヒールを唱えると同じように傷がなくなっていた。

「……なにこれ……」

 自分が自分じゃないみたいで、何故か手が震える。自分が怖い。なんでこんな力……。

「メルちゃん! ありがとう!」

「……はい」

 でも、オスマンさんとエミリーさんが喜んでくれたから良かった。だけどそのあと私は、どうすればいいか分からなくて厨房には戻らず部屋に篭った。




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