第1話 硬すぎなパンと酵母菌作り。
……え? 聖女ってなんなのかわからないのに、聖女じゃない? どういうこと!?
「あなたにはここから出ていってもらいます」
「はい!?」
意味が分からないまま、私は屋敷から追い出された。でも私はどうすれば……それに日本に帰れるのか。外国っぽいし、大使館とか探した方がいいのかも。でも、ここがどこかも分からないしパスポートも持っていない。
「お嬢さん、こんな場所でどうかされたかな?」
「へっ?」
「私はオスマン・セダールントだ。ここじゃ通行の邪魔になってしまう」
「ごめんなさいっ」
私は頭を下げる。私なにやっているんだろう……早く帰りたい。
「大丈夫かい!? いや、泣かせるつもりはなかったんだ、すまない」
「私……泣いて――」
そう言った瞬間、彼に横抱きされた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私っ」
「まず私の屋敷に行こう」
「えええ!?」
オスマンさんと言った人は私を横抱きのまま馬車に乗せられた。というか馬車って……初めて乗ったよ。
「屋敷までは1時間ほどだ、喉乾いていないかい?」
「は、はい。少し」
「そうか、ではこれを」
木でできたコップを渡され、中に入っている飲み物を見つめる。これ、本当に飲んでもいい奴かな……。
「そんなに睨めっこしなくてもただの水だよ。毒なんて入れていないし」
「じゃあ、いただきます……」
コップに口をつけて一口飲む。ぬるいけど普通の水だ。安心かな……。
「あの、助けていただきありがとうございました。私、双葉愛瑠といいます」
「フタバ、メル?」
「あっ、メルが名前で……えっと私、聖女として呼ばれたらしいんですけど聖女じゃないって言われて」
オスマンさんは黙り込む。やっぱりそんな子連れては帰れないって思ったのかもしれない。
「私、聖女ってよく分からなくて……聖女ってなんですか? 家に帰りたいですし……」
「メルちゃん、『ヒール』と唱えてくれないかい」
「え? わかりました……ヒール」
私がそう唱えると、私の体から何かが溢れ出しきらきらと光出した。
「……なるほど。ありがとう、メルちゃん。答えを言うと、聖女と言うのは魔を祓う力を持つ乙女のことだ」
「魔の力……?」
「あぁ、瘴気によって汚れた世界を浄化してくれるといわれている。あと、召喚の儀で呼ばれたんだよね? なら、帰る方法は分からない」
そうか……帰れないのか。
「そうだ、お腹空いてないかい? この先にある村でご飯食べようか」
「ご一緒してもいいんですか?」
「もちろんだよ」
元の世界には帰れない。それはもう、お父さんにも会えないしお父さんのパンも食べれないってことだ。
「ありがとう、ございます」
「あぁ。私の家には妻と息子がいるんだ。息子は君と同い年くらいで――」
オスマンさんは移動中いろんな話を聞かせてくれたけど、ポッカリと開いた心は埋まることはなかった。その後、ご飯屋さんに寄ったけどお腹は空いていなくて何も食べなかった。
***
「メルちゃん着いたよ」
「え? どこにですか?」
馬車の扉が開き、オスマンさんにエスコートされ降りる。屋敷に入るとファンタジーの漫画で見たことのある光景が広がっていた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あぁ」
「メル様もようこそ、公爵邸へ」
こうしゃく、てい……?
「メルちゃんをお部屋に案内してくれ、長旅で疲れているはずだ」
「はい、もう支度済みです」
朝のような服を着た女性に部屋まで連れられて階段を上がり、ひとつ大きな部屋に案内された。
「申し遅れました、私ライラと申します。メル様のメイドでございます」
「メルです……」
「メル様、では綺麗にしましょうか」
えっ? 綺麗に?
「さ、脱ぎましょう!」
「えぇ!?」
私はあれよあれよと服を脱がされ浴槽に入れられた。浴槽に入ったまま頭と肩から手の先まで三人のメイドさまが洗われ、浴槽から出るとベッドに寝かされエステのようなこともされて西洋風のドレスに着替えさせられた。
ライラと食事をする場所に向かうと、そこにはオスマンさんと綺麗な女性が座っていてにこやかに微笑んでいる。
「メルちゃん、綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
ライラに椅子を引かれ座るとすぐに料理が運ばれてくる。見た感じコース料理みたい。
「メルちゃんいただこうか」
「はい」
学校でテーブルマナーを習ったことがある。それを思い出しながら私はナイフとフォークを持ちお肉を一口サイズに切って口に入れた。
「ん……! 美味しい……」
このお肉、口の中で蕩けてしまいそうなくらい柔らかい。美味しい。その後も、野菜やコンソメスープが運ばれてきて全て絶品で美味しかった。この世界にはパンはないのかな……と思っていると運ばれてきたのはパンをスライスしてその上にトマトのような果物のスライスとカッテージチーズのようなものが乗っているもの。
「今日は新鮮なチーズが入手出来たんだ」
「そうなんですね、いただきます」
それを口に入れると、トマトのような果物の酸味にチーズの甘さがマッチしていて美味しい。だけど下にあるパンはめちゃくちゃ硬かった。これはパンじゃない……。
「どうかしら? メルちゃん美味しい?」
「は、はい……とても」
ご飯を頂いていて文句はダメよね。私はなんとか硬いパンをスープと一緒に食べて完食した。
――それから私は何をするでもなく、セダールント家で過ごすことになった。やってきた日に、オスマンさんにここにいてもいいと言って貰えてご好意に甘えてしまっている。
「……なにもやる気が起きない」
今まではパン屋で忙しく働いていた。休日はないに等しくて、でもそれでも楽しかった。だけど今はやることはない。ただ、召喚された特典なのか文字は読めることがわかった。この世界の多国語もわかることもわかった。
「メル様? 夕食の準備ができました」
あの日は美味しいと感じた食事。だけど翌日には食欲が無くて食べられなかった。そして次の日も、その次の日も食べられなくて食欲も出ない。
「……今日もいらないわ」
「そうでございますか、分かりました」
よくしてくれる方に申し訳ないと思う。食べ物を無駄にするのもいけないことだ。わかっているけど体が拒否している……ホームシックという奴かもしれない。
「ふわふわのお父さんのパンが食べたいなぁ」
お父さんどうしてるんだろうか。私のこと心配してくれているんだろうか。
***
食欲がなかった私だけど、1日の半分をこの世界の常識やマナーを教えてもらっていた。
「昨日は貴族制度について話したんだけど、今日は勉強はお休みしてお茶会しましょう」
この世界には貴族制度があるらしく、この公爵家は王族の次に偉い家だと聞いた時は驚いた。そして教えてくれているのは、エミリー・セダールントさん。オスマンさんの奥様で、気さくで優しいザ淑女という感じの女性だ。
「私の息子は、王宮で騎士をしているの。今は遠征でいないのだけど……」
「そうなんですね」
お茶会で出されるお茶には果物が入っている。日本でいうフルーツティーだ。このフルーツで酵母菌できるかな……もし出来たらふわふわのパンが出来るかも!
「エミリーさん! この果物、分けて貰えませんか?」
「……え? 果物?」
「はい。あ、綺麗な瓶とお砂糖も欲しいんですけど」
「厨房に行けばたくさんあると思うわよ?」
欲しい! 可能性があるなら、作りたい。
「少し分けてもらえますかね……」
「えぇ、きっとね。一緒に行きましょうか」
エミリーさんと屋敷の厨房に行くと、コック帽をかぶっている料理人さんが数人作業をしていた。
「アルベルトさん、果物あるかしら」
「ちょうどパルムの実が届きました」
木箱いっぱいに日本でいう葡萄がたくさん入っていて、これなら作れるかもしれない。これが葡萄と同じものなら、出来るはずだ。
「ちょっとメルに分けてくれないかしら」
「あ、はい。いいですよ」
アルベルトさんは、カゴにパルムの実を入れると渡してくれた。
「あと、小さい瓶あるかしら?」
「はい、ありますよ。これでいいですか?」
「充分です! ありがとうございます」
私は早速お湯を沸かし瓶を熱湯消毒した。そして、パルムと一緒に入れるようのお湯もつくり冷ます。その間にパルムを水洗いして綺麗な布で水分を取った。
「メル様、何を……」
瓶にパルムを全て入れてから冷めた水を瓶にパルムがかぶるくらいにいれて砂糖をスプーン二杯入れて蓋をした。
「エミリーさん、あったかい場所ってありますか?」
「えぇ、あるわよ」
エミリーに案内してもらい温かい部屋に行くとテーブルがあり、底に瓶を置き太陽が当たらないように布を被せた。
「メルちゃん、ここに置いたら腐ってしまうわよ!」
「大丈夫です。明日から一日に二回蓋を開けて瓶を振ります」
「メルちゃん何をつくるの?」
「ふわふわのパンを作るんです!」
これは、パン作りのための酵母菌なんだけど……。
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