彼岸花の咒法
涌井悠久
彼岸花の咒法
気が付いたら私は、外に横たわっていた。目の前には今にでも泣き出しそうな曇り空が広がっている。
上体を持ち上げて周りを見渡すと、そこは静かな森の中だった。鳥の鳴き声さえ聞こえない。ただ木々が騒めいているだけだ。
そして地面には、この世のものではないとさえ思えるほどに美しい彼岸花が咲いていた。と言うより、敷き詰められていた。彼女は彼岸花で出来た広い布団の上で眠っていたようだ。
「――ねえ、彼岸花のことをどう思う?」
「…誰?」
いつの間にか背後に女の子が立っていた。黒のセーラー服に彼岸花のように赤いスカーフを付けて、座る私を見下ろしていた。14、15歳くらいだろうか。
「私は思想家よ」
「えと…何言ってるの?」
「ああ。まだ14歳の少女が思想家を称するのは
「いや、そうじゃなくて」
いけない。このままじゃこの子のペースのままだ。
「あの、私帰りたいの」
「帰るって…何処に?」
「何処にって、そりゃあ私のい、え…」
私の、家は、何処だ?そんなものあっただろうか?──駄目だ、思い出せない。
心臓の鼓動が早まる。落ち着け、私。混乱しているんだ。ほら、ほら、思い出せ。住んでる場所は?家族の名前は?親友の名前は?
「――私の、名前は?」
「ふふ…落ち着いて。そう焦ったって答えは出ないわ。哲学と同じでね」
「ど…どど、どうしよう…?」
「どうすればいいか教えてあげる。貴方はね、私とここで
「永久…?」
「そう。どうせ帰る当てもないのでしょう?私、誰とも話す機会がなかったの。だから私とお話ししましょう。喉枯れて、彼岸花みたいに真っ赤な血を吐くまで」
彼女は不敵に笑う。
その笑う姿を見て、何故か私は『あ、この子は彼岸花なんだ』――そう感じた。
「…分かった」
彼女は永久に過ごすという恐ろしい呪縛を言い渡されてなお、彼女の言葉を素直に受け入れた。彼岸花の彼女に、私は不思議な安心感を覚えていた。
「嬉しい。それで、貴方は彼岸花のことをどう思ってるの?」
「彼岸花…私は、奇麗だと思ってるよ。緑の茎に炎が燃えてるみたいな
「違うわ」
唐突に彼女は私の手を掴んで引っ張った。氷のように冷たい手だ。
そして、彼女の左胸に私の手が当たる。私の心臓が、波のような動悸を打ち始めた。
「彼岸花のこと、どう思ってるの?」
ああ。やっぱりこの子は彼岸花なんだ。彼岸花に魅入り魅入られた少女。
そして、同時に過去のニュースの記憶だけが戻ってきた。
病魔に苦しむ家族を襲った、悲惨な事件だった。
私が今触れているこの冷たい彼岸花は、もうとっくに死んでいる。正に
「…寂しかったよね」
私は立ち上がって彼女を抱きしめた。
「…私の事、怖がらないの?」
「貴方はただの毒殺された被害者だもの。怖がるべきは貴方じゃなくて毒だよ」
「…ずっとここに居て、初めて良かったと思えたわ。貴方に逢えたもの。きっとここ以外の場所で逢っていても、私たちは素敵な関係になれたはず」
「ふふ…そうかもね」
彼岸花の
しばらくして彼女は私の腕をそっと外し、彼岸花の絨毯の端まで歩みを進めた。
「ごめんなさい。ずっとこうして居たいけど、そろそろ時間なの。私とここで永久の時を過ごす、なんて嘘。最後に教えてあげるわ。この『呪い』の戒律を。その1『死人の中から一人がランダムに選ばれ、ここに呼び出される』。その2『この彼岸花から出てはいけない』。そしてその3」
彼女はこちらから視線を逸らし、一度深呼吸をしてからまた私の方を見た。
彼女の瞳からは、彼岸花のように赤い涙が
「貴方と、もっと話したかった。触れたかった。最後の戒律は…」
「──『彼岸花の上に永久に居られるのは一人まで』」
そう言って、彼女は彼岸花の外へ一歩踏み出した。
ぱさり、と乾いた何かが地面に落ちる音がした。
彼岸花みたいな彼女は、私の目の前で文字通り彼岸花に成り果てた。
そして彼女が彼岸花になると同時に、私の記憶が全て戻って来た。住んでる場所はどこか。家族の名前は何か。親友の名前は何か。私の名前は何か。そして――どう死んだのか。私の死因は首吊りによる後追い自殺だ。
同時に理解したこともある。
『呪い』は、伝播して彼女から私に移った。
今度は私が彼女の――姉がここでしていた事を引き継がなくちゃいけない。
それが、峰岸
彼岸花の咒法 涌井悠久 @6182711
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