第6話
「……あ、あぁ……」
青い炎の中、ケネスの叫びが弱くなっていくのが分かった。崩れ落ちながら手は助けを求めるかのように、俺へと伸ばされる。
「ケネェェェスッッッ!!!!!」
俺は我を忘れた。こんなことが、こんな理不尽が、あってたまるかっっっ!!!
「▲◯◇……」
苛立たしそうに、ガキが俺を見る。手は俺へと向けられた。魔法か!?
……いいだろう、食らってやるよ。
俺は死ぬ。だが、ただじゃ死なねえ。お前の喉を潰し、もろとも焼かれてやるっっっ!!!
「うおおおおっっっ!!!」
俺がガキに飛び掛かり、ガキが魔法とやらを放とうとした刹那。
「▲▲◯○◎!!!」
中年男が、凄まじい速さで俺たちに割って入った。男はガキの手を押さえ、俺の頭を凄まじい力で締めつける。……何だよ、この力はっ!!?
「クリスルード★★◇、◯◯★◎!?」
「○★▲◇、ガイラム……」
不満そうにガキが呟いた。貴族の男が呆れたように首を振る。
「クリスルード、◇◎▲★○◎?△▲◎……」
「★◇◎……」
ガキが手を下ろした。俺のこめかみを鷲掴みにする男の力は、なおも緩まない。
目の前のケネスは、いや、ケネスだったものは……骨まで焼かれ尽くされ、灰へと変わっていた。俺は思わず、その場に崩れ落ち、床を拳で叩いた。
「ちきしょう、がっ……!!!」
ロドリゲスが死んだ時以来の涙が、俺の目に溢れた。
……ふざけるなっ!!微かな希望を与えておいて、玩具のように殺すだと!?こんな理不尽が、ここじゃまかり通るのか?
もし自分に力があれば、いやせめて何かの武器でもあれば……ここにいる奴らは、マリィ以外皆殺しだ。
だが……俺にそんな力はない。もちろん、武器もない。
そして、抗った俺の末路も、想像が付いた。貴族の男が、人差し指を俺に向ける。
「◎★」
その時、中年男がまた口を開き、貴族の男を制した。
「★◎▲★」
貴族の男は皮肉めいた笑いを浮かべる。
「ガイラム、▲▲△◇★◎。◇△◇……」
ガイラムが、この男の名か。とすると、さっきのガキがクリスルード、だろうな。
怒りと悲しみと絶望で頭が燃えたぎる中、俺の脳内の一部はえらく冷静にこの状況を受け止めていた。
そしてとりあえず、大人しくしておけば、まだしばらく殺されることはなさそうだというのも分かった。貴族の男のどこか不満げな表情が、それを語っていた。
「……◎◇……△○◎」
ガイラムが跪くと、嘲るように貴族が笑った。
俺へのアイアンクローは、多少弱まったがまだ続いている。ただ、この水準ならまだ耐えられる。
にしても、こいつらの関係は奇妙だ。ガイラムが貴族とクリスルードのガキより身分が下だというのは理解できた。
ただ、純粋な戦闘力は2人よりあるのだろうか。あるいは、俺を生かさなければいけない理由が、ガイラムにはあるのか。
「う、嘘っ……!!」
マリィは震えながらこちらを見ている。フューがそれを見て、また好色そうな笑みを浮かべた。
「★★○◎△……」
「フュー、△◎○」
「▲◇」
貴族の男は俺を乱暴に押し退け、マリィへと向かう。そして、薄く笑った。
「▲★★」
「△△▲★◎!」
上機嫌な商人の声と共に、貴族とマリィ、そしてクリスルードとフューは出口へと向かっていった。
「やだっ!!」という彼女の叫びだけを残して。
「……○★◎」
ガイラムは、乱暴に俺の鎖を握った。俺もまた、この男に連れていかれるらしい。
「離せよ!」という叫びを、俺はなんとか飲み込んだ。……ここで叫んだら、俺もケネスやあのロシア人と同じ羽目になる。
……耐えろ、今は生き延びるんだ。
「★◎♪」
俺が力を弱めると、ガイラムは少し驚いたような表情を見せる。そして静かに笑った。
「◇○◎▲」
ガイラムが俺を引っ張る。既に、目の前には馬車が止まっていた。ボロいものだが。
俺は奴隷商館を振り返った。ケネスと過ごしたのは、わずか1日に過ぎない。だが、その僅かな時間、あいつは確かに俺の戦友だった。
あいつに残された時間は、どちらにせよほぼなかったのかもしれない。だが、もし生きていたら、あいつは何かを為そうとしただろう。「神」とやらの使命を信じて。
……俺はどうだ?
俺は多くの日本人がそうであるように、無神論者だ。自分に何らかの使命があるなど、考えたこともない。
だが。今、たった今。それは生まれた。
目の前で無力に焼かれていくケネス。そして俺に差し出された、焼け焦げた腕。あれは、助けを求めるものだったか?
いや、違う。あれは、俺に「バトン」を渡そうとしたんだ。
このクソみたいな世界を、作り替えるという「使命」。それをあいつは、俺に託したのだ。
俺は流れる涙を上を向いて誤魔化そうとした。口に涙と鼻水の塩味が広がる。
「◎▲★」
ガイラムが、俺を馬車に押し込んだ。ケネス、いいだろう、受け取ってやるよ。その使命を。
俺は、どんな手を使ってでも、この腐ったクソみたいな世界を変えてやる。どんなに時間がかかろうと、必ずだ。
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