第5話
階段を降りてくる足音は、2人……いや3人か。巡回の男ではなさそうだ。誰だ?
足音は徐々に近くなる。硬質の音から、革靴に近い何かを履いている奴がいるらしい。
そいつらは真っ直ぐに、俺たちのいる牢に向かってくる。でっぷりとした商人の腹が、かすかに見えた。
「◇◇▲◆?」
「★★○◎◇◆△……」
マリィの牢の前で、何やら話し合っている。商談か、これは。
「○○◎?」
「◇◇▲△」
奴隷商人の声色は、明らかに媚びたものだ。何を言ってるか分からないが、おそらくマリィの容姿をアピールしているのだろう。
「○○◇」
「▲◆!!」
ガチャリ、と牢の錠が開く音がした。マリィが出てくる気配がする。
そして、男たち3人は、俺とケネスの牢の前にやってきた。
「○○◎◎◇?」
「◇◇◆……」
男の一人は、俺と同年齢ぐらいの若い男だ。茶色い髪に、ごてごてとした豪奢な衣裳。鼻はスラリと高く、鋭い目は冷徹さを感じさせる。
こいつが商人の商談の相手のようだった。明らかに貴族、それもかなりの上層階級と知れた。
そして、商人の後ろには、2メートルはあろうかという大男がいる。頭はスキンヘッドで薄い顎髭、そして大きめの目がギョロついていた。この屈強さ、貴族のボディーガードか何かか。
手にはマリィが繋がれている鎖があった。大男は好色そうな目で、彼女の全身を舐め回すように見ている。
「フュー、◎◇★◆○」
「★★○……」
貴族の一言に、大男が弁解するように笑った。
そして、初めて単語が聞き取れた。多分、このフューというのが大男の名だ。
貴族の男が交互に俺とケネスを見る。
「○★○……」
「◎◎◇、▲◯△。◎◇▲△……」
商人は肩をすくめて首を振った。多分、俺たちは売り物にならないとか、そういう主旨だろう。
やはり、売れるのはマリィだけか。半分ほどは覚悟していたが、いざとなると落胆の気持ちが湧いてくる。
そして不思議と、俺よりケネスを何とかしてやってくれという気持ちが大きかった。俺にはまだチャンスがある。だが、瀕死のケネスに次は……多分ない。
わずか1日の付き合いだったが、こいつが善人であるのは知れた。ここでケネスが買われても、生き延びれる可能性はほとんどないだろう。
ただ、俺のような奴よりも、こいつの方が価値がある。少なくとも、元の世界では圧倒的にそうだ。
「▲▲△?」
貴族の男が、フューという大男に何か告げた。フューは首を捻って考えている。
「◯◎★……」
「◇▲△」
すると、貴族とフュー、そしてマリィは商人を残して上に上がっていった。商人は訝しげに俺たちを見る。
数分後、3人ほどの足音が聞こえた。貴族の男と、気弱そうな16ぐらいの少年。そして、40過ぎの中年が俺たちの前に現れた。
「◇▲◯?」
「◎◎★△◆◇。★◎……」
「◎△★」
身なりからして、少年は青年の弟か部下といったところか。中年男性はやややせ形で、神経質そうな外見をしている。こちらの関係は、よく分からない。
「★△★」
「……◯△★!!?」
「◯◇△★」
驚く商人に、貴族は革袋を手渡した。「ジャラ……」という音がする。これは貨幣か。
「★★!!?」
「▲◯◇」
貴族の渡した金が、破格なのだとすぐに知れた。そして、商人は慌てて俺とケネスの牢を開ける。
「△△◯◇!」
……俺だけではなく、ケネスもか。ケネスはボロボロの状態だったが、かろうじて意識はあるらしく、目で「やったな」と訴えていた。俺も小さく頷く。
俺の鎖は中年男に、ケネスのは少年に手渡された。……ここから出られる、のか?
地下牢の廊下を歩く。やはり、他の牢には誰もいない。
上客の貴族が来るから、在庫を一掃しようとしたのだろうか。あるいは、普通に健康上の理由で死んだのか。それは分からない。
すえた地下の空気が、地上の乾いたものへと切り替わっていく。マリィとフューが待っているのが見えた、その時だ。
「▲△◯、★★◇△」
「★◯……◇△」
少年が何かを言うと、貴族の男が渋い顔をした。何を言っているのだろう?
次の瞬間。
「★★○▲」
少年が何かを呟く。そして。
「う、がぁああああああ!!!!!」
俺たちが見たものは……青い炎に包まれ、断末魔を上げるケネスと……少年の実につまらなさそうな顔だった。
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