第245話 砲撃

 ユーレフェルト王国の王都エスクローデに迫ったフルメリンタ軍が最初に行ったのは、住民への退避勧告だった。

 女王ブリジットが降伏しない限り、王都は戦場となる。


 街を壊すのも忍びないが、住民の命を奪うのは更に本意ではない。

 五日間の猶予を与えるので、持ち出せる財産は全て持って王都から退避してもらいたい。


 対峙するユーレフェルト国軍ではなく住民達に呼び掛けたのは、既に勝敗は決しているという自信と、女王の降伏は認めないという姿勢の表れでもあった。

 フルメリンタは、王城を破壊するだけでなく、城が建つ台地すら崩し、平らに均してしまうつもりだ。


 地形すら変えてしまうつもりなのは、城のある台地がワイバーンが営巣するのに打って付けな地形だからだ。

 ワイバーンの渡りによって、フルメリンタ国内でも少なからぬ被害が生じている。


 大砲や銃といった新兵器を手に入れたが、それでもワイバーンの討伐には危険を伴うだろう。

 それならば、ワイバーンが訪れる目的でもある営巣地を無くしてしまおうという考えだ。


 人という餌が豊富な大きな街を見下ろす高台、現在のエスクローデはワイバーンにとって格好の狩り場でもあるのだ。

 王城の建つ高台を崩してしまえば、例えワイバーンが飛来しても数日滞在するだけで、巣を作って居着くことはないだろう。


 フルメリンタ軍が退避勧告を行った翌日、エスクローデの西門では住民とユーレフェルト国軍の間で揉め事が起こっていた。

 この期におよんでもユーレフェルト国軍は行商人以外の王都からの退去を認めず、戦闘が始まる前に王都から離れようとする住民と一触即発の危機に陥った。


 結果的には、門を警備していた兵士が職務を放棄し、住民達を通したことで戦闘は回避された。

 一方、西門と同様に住民の通行を止めていた北門では、暴徒と化した住民と兵士が戦闘となり、双方に死者を出した挙句に門が突破される事態となった。


 住民達が王都を離れる流れは一気に進み、退避期限の五日目を迎える前にエスクローデからは殆どの住民が居なくなっていた。

 最初の頃に王都を逃げ出したのは金持ちの連中で、人を雇い、詰めるだけの財産を馬車に積み込んで西を目指した。


 最後まで王都に留まっていたのは貧しい者達で、人の居なくなった王都で残されている金目の物を漁ってから王都を出ていった。

 そして、退避期限の五日目、フルメリンタ軍は王都エスクローデに向けて進軍を開始した。


 ユーレフェルト側は城壁の上から、矢と攻撃魔法を雨のように降らせたが、フルメリンタは弓矢や魔法の射程の外から集中的砲撃を加えて、あっさりと門を破壊してしまった。

 最初に南門、間を置かずに東門が破られて、フルメリンタの軍勢が王都の中へと侵入する。


 城壁内部の市街地では、銃や大砲といったフルメリンタの新兵器は、その有意さを発揮できずに乱戦となったのだが、フルメリンタ兵の殆どは元ユーレフェルトの人間だった。

 ラコルデール公爵家やパウレール侯爵家など、フルメリンタに降伏したユーレフェルト貴族は所領を保証される代わりに、前線に兵を送らなければならなかった。


 春先の戦いでは、フルメリンタの工作員によって勧誘された反乱軍の兵士たちが最前線で消耗品として扱われていたのと同じやり方だ。

 状況が整うまでフルメリンタの銃撃隊は後方に控え、安全な位置から援護射撃を行う。


 フルメリンタの最初の目標は、王城を砲撃するための陣地の構築だった。

 射線が通り、周囲から攻撃を受け難い、事前に調査した場所へと兵を送り込み防衛線を築いていく。


 対するユーレフェルト側は、フルメリンタの陣地構築の意図が理解できずにいた。

 それでも、その場所にフルメリンタが拠点を構築していることは確かなので、王城までの経路に防衛線を築いていく。


 フルメリンタにとっては、この砲撃陣地の構築が序盤の山場だと考えていたので、ユーレフェルトから強力な妨害を受けずに作業を進められたのは幸運だった。

 王城の東側と南側、それぞれ二ヶ所ずつの陣地を築き、門から続く通りとその周辺の街区を制圧して外部からの補給路も確保した。


 フルメリンタの軍勢がエスクローデに侵入して五日目、ユーレフェルトの国軍は自分達から仕掛ける事はせず、籠城に徹する姿勢をみせていた。

 ユーレフェルトの国軍は、フルメリンタの新兵器が強力であっても高台に位置する王城を落とすのは困難で、時間の経過と共に疲弊していくと予想していた。


 そして、フルメリンタが疲弊したタイミングで、宰相ベネディットの実家であるジロンティーニ公爵家の軍勢が応援に駆け付け後方から挟み撃ちを仕掛けるつもりでいた。


 挟撃を仕掛けるタイミングは、フルメリンタの軍勢がエスクローデの城壁内に侵入してから二十日後を予定していた。

 その日の天候は晴れ、朝から緩やかな南風が吹いていたが、空は雲一つ無く晴れ渡っていた。


 王城がある台地の上から監視していた兵士は、陣地の構築に徹して一向に攻めてこないフルメリンタの軍勢を見飽きていた。

 連日、夜が明ける前に叩き起こされ、夜明けと共に見張りを始めるのだ、どうせ今日も動きは無いのだろうと欠伸を噛み殺そうとした直後に、ドンという大きな音が響いた。


 ヒュルルルルル……っと空気を切り裂く不気味な音が兵士の頭の上を通り過ぎ、ズドーンと着弾の音が響き渡った。

 見張りの兵士は、初めて見るフルメリンタの砲撃に、何が起こっているのか理解できず、敵襲を報せる声をあげることすら忘れていた。


 最初の着弾から間を置かず、次々に砲弾が撃ち込まれて来る。

 一つの陣地に四門の大砲が据えられ、合計十六門の大砲から間断なく砲撃が行われた。


 自分の頭の上を越えて城の建物を破壊していく砲撃の威力を、見張りの兵士は呆然と見守ることしかできなかった。

 王城が激しい砲撃に晒され始めて、慌ててユーレフェルトの国軍は動き始めた。


 とにかく砲撃を止めるために、防衛線を出てフルメリンタの陣地に向けて進軍を始めたのだが、当然のごとく待ち伏せされていた。

 フルメリンタは陣地から王城を臨む広い通りを除いて、周囲の道を封鎖して建物を城壁代わりにしていた。


 必然的にユーレフェルトの国軍は大通りを進むしかなく、その前にはフルメリンタの銃撃部隊が待ち構えていた。

 騎兵が突撃を繰り返しても、連発式の長銃が標準装備となったフルメリンタの銃撃部隊の弾幕は突破できず、虚しく死体を増やすばかりだった。


 ひとしきり砲撃が行われた後、砲身の冷却のための時間が取られた。

 砲身内部の火薬滓などの掃除も行われ、次の砲撃へと準備が淡々と進められていく。


 再び砲撃が開始されると、東側の陣地からは引き続き王城の建物を狙って砲撃が行われたが、南側の陣地からは別の場所が狙われた。

 向かって西側の陣地からは、王城へと上る西側の通路が狙われた。


 そして向かって東側の陣地からは、麓にある国軍の施設を狙った砲撃が行われた。

 小高い丘の上にある王城へと上がる通路は、表から見えている東側と西側の通路、そして国軍の施設から地下を通っていく秘密のルートがある。


 フルメリンタは、ワイバーンの討伐に参加した霧風優斗からの情報で、秘密のルートの情報も得ていた。

 国軍の施設への砲撃は、秘密のルートを潰すと同時に、ユーレフェルトの戦力を削ぐ狙いもある。


 籠城に備えて普段よりも多くの兵を配置していたが、砲撃によってみるみる数を減らしていく。

 更に、地下の通路を潰す目的で斜面にも砲撃が行われたことで、台地の一部が崩れ落ちて麓の施設を押しつぶした。


 夜明けから日没まで、断続的に続けられた砲撃によって、王城で被害を受けなかった建物は無く、麓の国軍施設はほぼ壊滅状態となった。

 二十日間籠城して挟撃を行うというユーレフェルトの目論見は、五日目にして潰えることとなった。

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