第242話 暴徒扇動
「なんで儂だけが苦労せねばならんのだ……」
今年に入ってからオレアン・パウレールは、事ある毎にこの言葉を繰り返している。
パウレール侯爵家はコルド川の西岸に位置し、古くは渡し舟を待つ宿場として栄え、セゴビア大橋が出来た後も交通の要衝として繁栄してきた。
上流で切り出された材木は、筏に組まれてコルド川を下り、パウレール侯爵領で陸揚げされた後、街道を通って王都へと運ばれる。
国を東西に横切る街道と、南北に流れるコルド川が交わる場所ゆえに、人、物、金が自然に集まって来ていたのだ。
オレアンの父の時代も、祖父の時代も、曾祖父の時代も、それ以前も、パウレール侯爵領は栄えてきた。
それが一変したのは、今年に入ってからだ。
ユーレフェルトとフルメリンタが再び戦闘状態に入り、あれよあれよと言う間にコルド川の対岸はフルメリンタのものとなってしまった。
戦の末期には、大量の避難民が押し寄せ、対岸からはフルメリンタの新兵器が撃ち込まれた。
フルメリンタの侵攻をこれ以上許さないために、セゴビア大橋を渡らせないように塀を配置しろと命じられた。
パウレール領は栄えている土地だけに揉め事も多く、取り締まるための兵士も多く養っていたが、あくまでも治安維持のための兵士でしかない。
そもそも、パウレール領はユーレフェルト国内では内陸の土地だったので、他国との戦への備えなどしていなかった。
コルド川の対岸から逃げて来た、他領の兵士などを新たに雇い入れたり、武器や防具を買い揃えたり、予定外の出費が嵩んだ。
それだけでなく、避難民が暴動を起こさないように支援したり、受け入れる土地の所有者に補償を行ったり、毎月の出費にオレアンは卒倒しそうになっていた。
その上、セゴビア大橋の通行が途絶され、人、物、金の流れが途絶えてしまった。
このままでは、出費は嵩む一方なのに、税収は激減してしまう。
幸い、代々貯めこんできた財産があるので、今すぐ家が傾く訳ではないが、こんな状況が二年、三年と続けばパウレール家の金庫は空になるだろう。
当然、王家に支援を要請しているが、送られてくる物品は要求の半分にも満たない。
王家の援助が当てにならないと分かって、オレアンは領内の引き締めに動いた。
避難民への配給を減らし、兵士による取り締まりを厳しくしたのだ。
避難が長期化し、王家からの援助も滞っている。
パウレール家の財政状況は悪化の一途で、今後も長期に支援を継続するためには配給を減らすしかない。
オレアンは、非難の矛先が自分に向かわないように、配給が減るのは王家のせいだとお触れを出した。
配給を減らしたことで、避難民の生活は更に苦しくなり、略奪行為に手を染める者が増え始めると、オレアンは兵士に厳しく取り締まるように命じた。
住む場所を与え、日々の糧を与えているのに、治安を乱すような者は許す訳にはいかない。
自分の領地の平和を不心得な余所者から守るのだと兵士達を焚き付け、セゴビア大橋の守りに当たっていた人員も取り締まりに回した。
対岸から避難してきた貴族から話に聞くフルメリンタの戦力は、パウレール家の兵士だけで抑え込むなんて不可能だ。
オレアンにしてみればフルメリンタに対抗できないならば、兵士を配置しても無駄だから避難民の取り締まりに割り裂いただけだ。
フルメリンタが本腰を入れ、セゴビア大橋を渡って攻めて来たら、オレアンは抵抗せず降伏するつもりでいる。
ユーレフェルトから独立後、フルメリンタが併呑した旧オルネラス領の扱いをみれば、抵抗するより迎合した方が良いという判断だ。
屋敷を引渡せと言われても大丈夫なように、財産は屋敷とは別の場所へ移動済みだ。
ところがフルメリンタは、コルド川の対岸を占領すると、動きを止めてしまった。
秋の刈り入れが終われば攻めて来るという噂が流れたのに、対岸に動きは見られなかった。
そこへ王都から新たな支援物資が送られてきた。
これで少しは出費が抑えられると思ったのだが、物資の殆どが廃棄レベルの剣や槍だった。
「こんな物でフルメリンタと戦えと言うのか! 王家はそこまで腐ったのか!」
激高したオレアンに、物資を運んできた兵站の担当者が慌てて説明した。
「侯爵様、そうではございませぬ。これはラコルデールを攻めるためのものです」
「ラコルデールだと?」
以前であれば、人の流れに乗って王都の噂が届いていたが、セゴビア大橋の通行が止まってからは、王都の話が伝わるのが遅くなっている。
オーギュスタン・ラコルデールが処刑された話は伝わっていたが、寝返ったラコルデール家がフルメリンタと共謀して王都に迫っている話は伝わっていなかった。
アルバート・ジロンティーニが考えた避難民を兵士に変える方法も、現場にいるオレアンからすれば児戯に等しい付け焼刃の策にしか見えなかった。
それでもパウレール家の出費が抑えられるのは確かだし、これまで支援を渋っていた元二大公爵家の片割れに恨みを晴らせるならば反対する理由はない。
オレアンは送られてきた武器を積んだ馬車で避難民の所に行き、演説を行った。
「我々は義勇兵を求めている。フルメリンタに寝返ったラコルデールの者共に鉄槌を下す者はいないか! ラコルデールへと攻め入り、奪った土地は自分のものにして構わんぞ! 裏切り者共からユーレフェルトの土地を奪い返すのだ!」
ラコルデールの民を殺しても罪には問われず、奪った土地は自分のものになると聞いて、フルメリンタに土地を奪われた者達は目の色を変えた。
「ここにある武器や防具は与える! ただし、パウレールの土地で乱暴狼藉を働く者は容赦なく斬り捨てる! これまで、お前たちの生活を支えた恩を仇で返すような不届き者は決して許さないから覚悟しろ!」
オレアンは先祖から受け継いだ恵まれた領地でヌクヌクと育ったボンボンだが、一つだけ取り柄があった。
それは、他人を動かす才能だ。
パウレール家の家訓は、自分は動かず他人を動かせで、幼い頃から自分が楽をするには他人を上手く動かせと教えられて育ってきた。
避難民には生活を支えた恩を売り、自分の土地が手に入るという餌をぶら下げてラコルデールへ走らせる。
避難民の成人男性の殆どが武器を手に取り、ラコルデールへと向かう行列には老人や女性の姿も少なくなかった。
行列を先導するのはユーレフェルト国軍の兵士で、傍から見れば王家が暴動を主導しているようなものなのだが、欲に目が眩んだ者達は疑問を持たなかった。
武器を与えられた避難民たちは、ラコルデール領東方で混乱を拡大させていくことになる。
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