第224話 結婚披露パーティー(中編)

「国王陛下にご報告いたします。私、ヤーセル・バットゥーダはノルデベルド伯爵家の息女ローレシアを娶ることといたしました」


 国王陛下夫妻の前に片膝をついたヤーセルさんが、会場に響き渡るよう大きな声で、一言一言を確かめるように宣言した。

 ヤーセルさんの側らには、同じく片膝をついた白いドレスのローレシア嬢の姿がある。


「バットゥーダ伯爵家とノルデベルド家の婚姻を認める。共に手を取り合い、フルメリンタを支える礎となることを期待する」

「はっ! ありがとうございます」


 国王陛下が婚姻を認め、ヤーセルさんが礼を述べると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

 既に書類上の届けは済んでいるそうだが、この場で国王陛下からの許可が下りたことで、正式に婚姻が認められる。


 立ちあがたヤーセルさんとローレシアさんが、ピッタリと寄り添いながら来客へと振り返ると、一層大きな拍手が起こった。

 貴族の結婚披露パーティーとあって、華やかでお目出度い席なのだが、少しだけ影を落とす光景がある。


 ヤーセルさんが国王陛下に結婚の報告を行った横には、ノルデベルド伯爵夫妻の姿はあるのだが、ヤーセルさんの両親の姿が無い。

 以前、少し話を聞いたのだが、ヤーセルさんは魔力を貯め込んで放出できない厄介な体質のせいで、実家から厄介払いのような形で追い出されたらしい。


 その時に、どのようなやり取りが行われたのかは知らないが、体質を克服し、戦功をあげて伯爵の地位に就いたのに、両親の姿が無いということは和解は出来ていないのだろう。

 伯爵になったのを知って擦り寄られても、簡単に許せないようなことがあったのだろう。


 過去には辛い状況があったのかもしれないが、今のヤーセルさんは本当に幸せそうに見える。

 ノルデベルド伯爵夫妻とも、作り笑顔には思えない自然な表情で馴染んでいるように見える。


 実の家族とは上手くいかなかったのかもしれないが、これから新しい家族と幸せな家庭を築いていってもらいたい。

 国王陛下と新郎新婦による結婚宣言が終わると、会場の参加者に飲み物が配られて乾杯が行われた。


 その後は、参加者が順番に国王陛下に挨拶に出向き、隣りに控えている新郎新婦から挨拶を受ける。

 名誉侯爵なんて地位を貰ってしまっているので、結構早い順番で挨拶に行かなければならないが、貴族が集まる会合にも何度も参加しているのでだいぶ慣れて来た。


 今回は、和美がフルメリンタに来てから初めて陛下に謁見するので、謝礼を忘れてはならない。


「国王陛下、ご無沙汰いたしております」

「活躍は耳にしているぞ、キリカゼ卿」

「フルメリンタのお役に立てているのであれば幸いです。そして、この度は和美を招くのにご尽力を賜りまして、誠にありがとうございました」

「なぁに、手配は全てユドが整えてくれたから、ワシは頼むと言っただけだ。それに、カズミのエステとやらを妃が気に入っておるし、何より目を見張るほど若返った。感謝したいのはこちらの方だ」

「ありがたいお言葉をいただき感謝申し上げます。今後もフルメリンタが幸福になりますよう、和美共々尽力いたす所存です」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「かしこまりました」


 俺と一緒に挨拶に出向いた和美に、王妃が満面の笑みを浮かべてみせた。

 和美が、今後のフルメリンタでの扱いに関わるからと、殊更入念に施術を行ったと言っていたが、確かに五歳以上は若返って見える。


 王妃という立場だから、もともと美容については力を入れていたはずだし、初めて会った時には国王レンテリオの妃としては若いという印象だったが、今は更に若く見える。

 和美は、表面的に取り繕っているだけだと謙遜するが、この若返り方を見れば、自分も施術を受けたいと思う女性は後を絶たないだろう。


 国王陛下との挨拶を終えると、いよいよヤーセルさんとの再会だ。


「おめでとうございます、ヤーセルさん、ローレシアさん」

「ありがとうございます、こうして嫁を貰うことが出来たのも、キリカゼ卿のアドバイスのおかげです」

「いやいや、思い付きの助言をしただけで、それを形にしたのはヤーセルさんの努力の賜物ですよ。ローレシアさん、ヤーセルさんは私がフルメリンタに来て初めて得た大切な友人です。どうか、隣りで支えてあげてください」

「はい、キリカゼ卿のお話は、旦那様からよく聞かされております。今後とも、良いお付き合いをお願いいたします」


 かなりのじゃじゃ馬令嬢という噂だったが、実際に会ったローレシアさんは生粋の御令嬢という感じで、それでいてヤーセルさんを引き立てるのを忘れない良い嫁のようだ。

 まだまだ挨拶に来る来賓が続いているので、積もる話はまた後ほどと挨拶を切り上げた。


 元いたテーブルへと戻る途中に、隣りにいたアラセリが囁き掛けて来た。


「噂通り、かなりの使い手のようです」

「そうなの?」

「身のこなしに一分の隙も無かったわ」


 ローレシアさんは、いつどこから暴漢が襲ってきても、ヤーセルさんを守れるような位置にいて、周囲にも気を配っているそうだ。

 武術に関してはアラセリにも敵わない俺には、そうした違いは全く分からなかった。


 テーブルへと戻る途中、和美は公爵夫人などに声を掛けられ、早速施術の依頼を受けていた。

 声を掛けて来た夫人の中には、既に施術を終えた人もいるようで、優越感に浸っているような笑みを浮かべている。


 正直、公爵夫人については印象が薄いので、どれほど効果があったのか依然との違いが分からないが、周囲の夫人たちの反応を見る限りでは、想像を上回る効果があるようだ。

 俺が痣消しの施術で稼ぎ、和美がエステで稼ぎ、アラセリが家を守る……我が家は安泰だ。


「えっ、これは……」


 挨拶前にいたテーブルへと戻ると、各種の料理が配膳されていたのだが、中央に置かれている料理は予想もしていない物だった。


「これって、串カツじゃないの?」


 和美の言う通り、どう見ても串カツにしか見えない。

 様々な具材を串に刺し、衣を付けて油で揚げてある。


 串の持ち手の部分には、手を汚さないように紙が巻かれていた。

 そして、串カツが盛られた皿の横には、二種類のソースが用意されていて、そのうちの一つはマヨネーズにしか見えない。


 俺たちが驚いていると、まだ挨拶の順番が来ない三森と富井さんがニヤニヤと笑っていた。


「もしかして、これは富井さんがプロデュースしたの?」

「うん、拓真が日本の食文化を伝えるという企画を宰相さんに提案して、これはその一環として私が城の料理人に教えたの」

「へぇ……こっちはマヨネーズだけど、こっちは?」

「そっちのソースは、中濃ソースとケチャップを混ぜたイメージ」

「へぇ……早速いただいてみますか」


 ソースは関西風の二度付け禁止タイプではなく、ソースの器からスプーンで掬って掛ける形式だ。

 富井さん曰く、串カツ屋を開くとなったら、二度付け禁止の文化も紹介したいそうだ。


「うまっ、サクサクの衣とソースの相性が絶妙! これはチーズか、中がトロトロで美味いな」

「色んな具材が使われてるから、楽しめると思うぞ」


 挨拶を終えた他の貴族たちも、恐る恐る串カツに手を伸ばし、美味しさに感嘆の声を上げている。

 串カツは概ね好評と思われたのだが、この後、ちょっとした騒動を巻き起こすことになった。

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