第225話 結婚披露パーティー(後編)

「なんだこれは! 手掴みで食えと言うのか! 我々を下民や獣扱いする気か!」


 串カツの食べ方を説明した給仕に向かって怒号を発したのは、エルケンス・マルダレン侯爵だった。

 俺たちから見ると、父親というよりも祖父に近い年齢のエルケンスは、頭の固い、小うるさい貴族として知られている。


 そのエルケンスからしてみると串カツは手掴みに見えるのだろうが、串の持ち手の部分には手に油が付かないように紙が巻かれている。

 実際、串を持って食べることに嫌悪感を示しているのはエルケンスを含めても数名程度で、他の参列者は特に気にしている様子は見られない。


 そもそも、ここは王城の一室であり、調理を担当しているのは王家の調理人だ。

 例え立場としては自分の方が上だとしても、王家の調理人を誹謗するのは王家に対しても誹謗していると捉えられても仕方のない行為だ。


 給仕が、これは異国の料理でして、このようなパーティーで饗されるものだと説明しても、エルケンスは怒りの矛先を収めようとしなかった。


「折角の祝いの席で、何の騒ぎだ?」


 エルケンスと給仕の男性を囲んだ人垣を掻き分けるようにして姿をみせたのは、国王陛下だった。


「陛下、お騒がせして申し訳ございません。ですが手掴みで食えと言われては、黙っている訳にはまいりません」

「なるほど、エルケンスの言い分も最もだが、これはカルマダーレやユーレフェルトの料理ではないぞ」

「どちらの料理なんですかな?」

「この料理は、ワイバーン殺しの英雄キリカゼ卿や、火薬や銃の構造を伝え、コルド川東岸地域を手に入れる現合力となった、シンカワ卿、ミモリ卿の故郷、異世界のニホンという国の料理だ。どれ、ワシもいただくとしよう……」

「へ、陛下!」

「うむ、美味い! これは鶏肉のようだな。周りを包んでいるもののサクサクとした歯ざわり、閉じ込められた具材の旨み、それにこのソースの酸味とコクが絶妙だな!」


 国王陛下は、チキンカツを堪能すると、皿に串を戻した。

 てか、食レポ上手すぎじゃね?


「見よ、エルケンス。ワシの指は汚れておるか?」

「い、いいえ、汚れておりませぬ」

「当然だ。我々が手を汚さずに済むように、調理人が気を配ってくれておるからな。このような気配りが獣に出来ると思うか?」

「いいえ……ですが、フルメリンタの伝統に反しております」

「伝統か……確かに伝統は守るべきものだが、エルケンスよ、そなたは変わることが恐ろしいか?」


 国王陛下に問われたエルケンスは、一瞬言葉に詰まったものの持論を展開し始めた。


「恐ろしいとか、恐ろしくないとかではなく、伝統とは守ることに意義があるのです」

「それで国が滅んでもか?」

「それは……」

「ワシは、国を滅ぼしてまで伝統を守る気は無いぞ。いや、そうではないな、国を守り、伝統を守るために新しい物を取り入れること、変わることを恐れないぞ」


 国王陛下は、おもむろに別の串カツを手に取って掲げてみせた。


「見ての通り、このような料理はフルメリンタには存在していなかった。では、未知なる物は悪なのか? 勿論違う!」


 そう言うと、国王陛下は串カツにかぶり付いた。


「うむ、これは芋か。調理法が異なるだけで、このように味わいも変わってくるのか……美味い、実に美味いぞ。これが悪であるはずがない。これは、異文化だ」

「陛下は、伝統を捨てて異文化に染まれとおっしゃるのですか?」

「そうではない。異なる文化を試し、良い物は取り入れる。そうすれば、フルメリンタの文化は更に発展し豊かになるのだ」

「ですが……」


 なおもエルケンスが反論しようとするの、国王陛下は手振りで止めて話を再開した。


「二年前の今頃、我々がユーレフェルトからコルド川の東岸を奪うなんて事を想像した者はいるか?」


 いたら手を挙げてみせろと国王陛下がゼスチャーで示したが、挙手する者は居なかった。


「ワシも、そうなれば良いとは思っていたが、まさか現実になるとは思ってもみなかった。それを可能にしたのは、シンカワ卿とミモリ卿がもたらした文化、火薬と銃の文化のおかげだ。無論、バットゥーダ卿を始めとして、多くの兵士の奮戦があったからでもあるが、火薬と銃無しではここまでの勝利は得られなかっただろう」

「ですが、陛下、料理と戦争では……」

「同じだ。時代は移り変わる、その中で新しい物を取り入れて、活用して、血肉として自ら変わろうとしない者に未来は無い! 見よ、ユーレフェルトを! 自ら召喚したキリカゼ卿達の文化を価値を知ろうともせずに使い捨て、その結果滅ぶのだ」


 誰がユーレフェルトを滅ぼすのかは明白だが、国王陛下はあえて明言しなかった。


「エルケンス、そなたはユーレフェルトと同じ道を辿るのか?」

「い、いいえ……」

「ならば変わる事を恐れるな、フルメリンタは変わる。異世界の知識や文化だけでなく、カルマダーレ、ユーレフェルト、マスタフォ、ミュルデルス……どこの国であろうと良い物は取り入れ、悪しきものは排除する。そうして、更なる強国への道を進むのだ」

「おぉぉぉ……」


 感嘆の声と共に、会場からは拍手が湧き起ったが、国王陛下が掲げているのが串カツの串なのは少々どころか、かなり締まらない。


「エルケンス、ワシは時代の変化に自分が付いていけなくなったと感じたら、迷わず王位を息子に引き継ぐつもりでいる。息子達にも、いつワシが王位を退いても良いように、常に準備を怠るなと言い渡してある。そなたの家はどうだ? 備えは出来ているか? 人間は未来永劫まで生きられる訳ではないぞ」

「陛下は、私に隠居しろと申されるのですか?」

「それを決めるのはワシではなく、そなたの仕事であろう。ただし、フルメリンタにはヤーセルの様な有能な若者がまだまだ控えている。そして、国にとって有用だと思えば、キリカゼ卿のような若者を招くのを躊躇うつもりは無い。決断を誤れば、家を衰退させることになるやも知れんぞ」


 給仕を怒鳴り付けていた先程までの剣幕はどこへやら、エルケンスは国王陛下に一礼して引き下がると俯きがちに考え込んでいた。

 そういえば、会場にいる人達を見回すと、エルケンスと同年代と思われる人の姿は無く、一番年の近そうな人でも十歳ぐらい年下に見える。


 国王陛下は騒ぎが収まったのを見て取ると、参列者からの挨拶を再開させた。

 これは単なる憶測だが、パーティーの料理に串カツを採用したのは、エルケンスのような古い考えの持ち主を矯正する意図があったのだろうか。


 もしかすると、エルケンスを隠居させるための作戦だったのだろうか。

 国の発展のためには、重鎮と呼ぶべきベテランの存在が不可欠だ。


 その一方で、古い考えに固執する老害と呼ぶべき存在は国の発展のブレーキになりかねない。

 ヤーセルさんという時代を担っていく人物の結婚披露パーティーで、俺達のような異世界から来た存在を強調することで、国の中心を担う貴族達に変化を促す狙いもあるのだろうか。


「キリカゼ卿、故郷の話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 国王陛下が挨拶に戻ると、近くにいた貴族達から日本の話を聞かせてくれと頼まれた。


「ええ、構いませんよ」


 民主主義とか政治の話をするのは危なそうなので、当たり障りの無い平民の暮らし、科学技術の話などを選んで話して聞かせた。

 フルメリンタの人間にも分かりやすいのは、移動や輸送、通信といった技術の差だろう。


 考えられないほど速く、遠くまで移動や輸送が可能で、星の裏側とも話が出来る通信技術があると言うと、殆どの者が半信半疑と言った表情を浮かべた。

 それでも、粘り強く話し続けていれば、いずれ事実だと信じてもらえるだろう。


 それは同時に、俺たちが知識の宝庫だと認められることでもあるから、投げ出さずに続けていこう。

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