第223話  結婚披露パーティー(前編)

 ヤ―セルさんから、結婚披露パーティーの招待状が届いた。

 フルメリンタの貴族は、領地では領民に対して結婚を知らせる催しを行い、王都では国王や他の貴族に対して結婚を知らせるパーティーを開くらしい。


 ただ、王都でのパーティーを開催するには相応の出費が必要なので、家督を相続する者が第一夫人を娶る時……というのが通例らしい。

 でないと、子沢山の小領主などは家が傾きかねないそうだ。


 伯爵の地位を得て、領主となったばかりのヤーセルさんにとっては、かなり手痛い出費になるのではないかと心配になったが、どうやら宰相ユド・ランジャールから援助があるらしい。

 というのは、ヤーセルさん自身が強力な魔法の使い手として、フルメリンタにとって重要人物であること。

 お相手のローレシア・ノルデベルドは、ユーレフェルトから寝返った伯爵の娘で、一癖ある人物であり、この縁組を宰相が薦めたかららしい。


 何にせよ、友人の慶事に立ち会えるのは幸せなことだ。

 パーティーにはアラセリと和美も参加する予定だ。


 幸い、アラセリの悪阻も酷くならずに済んでいるようだし、城から派遣されてきた乳母がいるので、息子の和斗を預けて和美も出掛けられる。

 というか、ヤーセルさんの結婚披露パーティーは、和美たちのエステの披露の場にもなるらしい。


 美肌効果をいたく気に入った王妃様が、広める気満々らしい。

 なので、パーティーにはヤーセルさんと直接面識の無い、蓮沼さんと菊井さんも参加する。


 ユーレフェルトとの戦争前に、訓練場で世話になった新川と三森にも招待状が届いている。

 そして、三森は最愛の富井さんを連れていくので、日本から召喚されて生き残った七人全員が参加する。


 俺たちは一応色々な付き合いがあるので、パーティー用の服も持っているが、女性陣はドレスを誂えたり、アクセサリーを選んだり大変だったようだ。

 ちなみに、予算オーバーの補填を頼まれて、俺の財布も……いや、結構稼いでいるから、この程度は問題ないかな。


 パーティーは国王も出席して行われるので、王城で行われるそうだ。

 警備の面でも手間が掛からないし、なによりヤーセルさんの王都での屋敷が整っていないそうだ。


 ユーレフェルトとの戦いでは、ヤーセルさんの他にも戦功を上げた人が居て、新たに貴族になったり、家から独立して新たな家を興した人もいるそうだ。

 王都の貴族街は広さが限られているし、それに宰相ユドの頭の中には遷都の構想もあるので、屋敷の建設は免除というより待ったが掛けられているらしい。


 当然、そうした方針は口伝てで伝わって行き、フルメリンタの貴族の間では、ユーレフェルトを攻め落とすのは既定の路線と思われているようだ。

 あとは、どのタイミングで戦争が始まり、いつ終わるかに関心が向けられている。


 噂をする誰も彼もが、フルメリンタの勝利は確定していると思っているようだ。

 かく言う俺も、ユーレフェルトが勝利する可能性は、限りなくゼロに近いと思っている。


 時々、我が家に遊びに来る新川から、軍部で耳にした話を聞く程度だが、戦力の差は歴然としているうえに、国内の政情にも大きな差を感じる。

 国王と宰相を中心として、ガッチリまとまっているフルメリンタに対して、ブリジットという新しい王が戴冠しても足元が揺らいでいるユーレフェルトでは、従う者達の気構えにも大きな差があるだろう。


 俺たちを勝手に召喚して使い潰したユーレフェルトという国がどうなろうと知ったことではないが、世話になった装飾係や雑務係の人達には不幸になってもらいたくない。

 出来れば無血開城みたいな形で決着してもらいたいが、それは贅沢というものだろう。


 先の戦いでも、フルメリンタ側の損害は限定的だったそうだが、ユーレフェルト側には多くの者が命を落としたそうだ。

 ユーレフェルトが諦めない限り、また多くの人が犠牲となるのだろう。


 パーティーの当日、俺たちは二台の馬車に分乗して城へと向かった。

 一台目の馬車には、俺、アラセリ、和美、それに新川が乗り込み、二台目には三森、富井さん、蓮沼さん、菊井さんの四人が乗り込んだ。


「全員が着飾って城へと招かれる……これが召喚された者に対する本来あるべき姿だよな」


 新川が馬車の中で呟いた言葉に、俺も和美も大きく頷いた。


「全ては俺らを召喚した第一王女アウレリアの責任だけど、それを黙認していたユーレフェルトという国も同罪ではあるな」

「ホント、ホント、一時期第二王子派に囲われていた私たちも、アウレリアから労いの言葉を掛けられたことなんて一度も無かったわよ」

「俺らなんて、ロクな訓練もされずに戦場に放り込まれたんだぜ」

「それを言うなら俺なんか、ドロテウスとか川本を使って殺されそうになったぞ。いくら敵の陣営に囲い込まれていたことを差し引いても酷い仕打ちだぜ」


 その後もワイバーンの討伐に駆り出されて、何度も命の危険に晒された。

 その上、占領された領地の代わりに引き渡されたのだから、ユーレフェルトという国に恩義や愛着など湧くわけがない。


「まぁ、フルメリンタでは貴族の地位をもらえたし、後は将来の基盤を築くだけだな」

「新川の場合、そこにパートナー探しも加わるけどな」

「ぐふっ……今に見とけよ、逆玉に乗って見返してやっからな!」

「んー……無理じゃね? 逆玉ってことになると、相手は貴族の箱入りお嬢様だぞ。しかも家督を相続することになれば、色々面倒な仕事もやらなきゃいけなくなるぞ」

「くぅ……やっぱ逆玉は無しだ。てか、どこで出会えばいいんだよ」

「えっ? 今日みたいなパーティーか、後は職場?」

「職場はオッサンばっかりだ」

「じゃあ、今日のパーティーで頑張ってみれば?」

「てか、若い女性なんて招待されてるのか?」

「さぁ? 俺も結婚披露パーティーなんて初めてだから分からん」


 実際、招待状はもらったが、国王陛下や宰相以外に誰が出席するのか聞いてない。

 ただ、フルメリンタ流のパーティー形式は、いわゆる立食パーティーで席次のようなものは王族以外は決まっていない。


 王族の出席するパーティーでは、一段高い王族の席が設けられている。

 参加者が揃ったところで国王が開会を宣言し、その後参加者が王族に挨拶に出向く。


 挨拶の順番は、城の人間が案内してくれる。

 逆に王族が参加しないパーティーでは、ホスト役の貴族が参加者の間を回って挨拶をする。


 今日は個人が主催するパーティーだが、王族が参加するので、王族への挨拶の後に、主催者であるヤーセル夫妻に挨拶する形となるそうだ。

 馬車から降りて建物に入ると、ラウンジのような空間となっていて、その奥が会場となるようだ。


『蒼闇の呪い』の痣を消す施術を行っているので、患者本人の他に親達からも声を掛けられる。

 最初の頃は、顔と名前が一致せず苦労したが、最近は顔見知りも増えて余裕をもって挨拶できるようになった。


 和美や新川、三森たちのことも、さり気なく紹介していく。

 中には俺たちを利用しようと近付いてくる者もいるが、国内状況が良い今は、人脈を築いておいた方が良い。


 多少失礼なことを言われても、日本とフルメリンタでは習慣や価値観が異なっているので、あからさまに侮辱しようとしていない限り、ブチ切れないようにみんなには言ってある。

 実際、和美を紹介すると、なぜ妾を連れて来ているのかと聞いてくる者がいた。


 パーティーに参加するのは第一夫人というのがフルメリンタの常識なので、聞いてきた者からは悪意は感じられず、純粋に疑問を感じているようだった。

 僕らの境遇、王妃様に気に入られているエステに付いて説明すると納得してくれた。


 パーティー開始の時間が近付いてきて、案内役が会場入りを促し始めた。

 この時は、国王陛下への挨拶がスムーズに進むように、爵位によって振り分けられた。


 会場の奥にはヤーセル夫妻が待機していて、国王の会場入りによってパーティーの幕が上がった。

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