第219話 ここにも、あぶれ者
※今回は蓮沼涼子目線の話です。
「ヤバいよ、涼子。このままだと、私たち行き遅れになっちゃうよ」
また、いつものように亜夢が突拍子もないことを言い始めた。
「なに言ってるのよ。まだ十八になったばかりのピチピチよ」
「涼子、ピチピチなんて言葉を使っている時点でオバサンだよ」
「ちょっ、オバサンって……じゃあ、ピチピチが駄目なら、なんて言うのよ」
「涼子、それが分からないから、私たちはオバサンなんだよ」
「もういいわよ。というか十八で行き遅れになんかならないわよ」
「うーん……それが、そうでもないみたい」
てっきり、ふざけているのだと思っていたのに、亜夢は妙に深刻な表情を浮かべていた。
「あのね、涼子。フルメリンタでは殆どの女子が十六までに婚約するんだって」
「それって、貴族のお嬢様の話じゃないの?」
「そうでもないらしいよ。平民の女の子も十六ぐらいには婚約相手が決まっているみたい」
「マジで?」
「うん、婚約だから相手の家族とも顔合わせをして、親公認で交際を進めて、殆どの人は二十歳までには結婚するんだって」
もしかすると、日本のように医療技術が進歩しいていないから、新生児の生存率が低かったり、平均寿命が短かったりするからだろうか。
早く結婚して、早く子供をもうけて、人口を減少させないための仕来たりみたいなものなのかもしれない。
「まぁ、そうだとしても、まだ二年もあるんだから大丈夫でしょう」
「涼子、これまでに彼氏いたことってある?」
「そ、それは……無いけど、本気出せば大丈夫よ」
「いやいや、十八年間駄目だったのに、いきなり二年で解決出来る訳ないじゃん」
「そんなの分からないじゃない。そもそも、これまでは彼氏を作ろうなんて思ってなかっただけだもの」
私の言葉を聞いた亜夢は、ふっと薄笑いを浮かべてみせた。
「ふっ……日本にいた頃、ホワイトデーやクリスマスになると彼氏が欲しい、リア充どもは爆発しろって泣きわめいていたのは誰だっけ?」
「泣いてなんかいないわよ。そりゃあ、ちょっとは喚いたかもしれないけど……」
「ちょっと……ねぇ……」
「うっさいわねぇ、二十歳までに結婚出来れば文句はないんでしょ?」
とは言ってみたものの、まるで結婚できる当てなど無い。
そもそも、フルメリンタには知り合いの男性なんて数えるほどしかいない。
「ていうか、亜夢はどうなのよ、結婚する相手どころか彼氏もいないじゃん」
「私は……そのうち見つかると思うけど、駄目だったら霧風君でもいいかなぁって」
「ちょっ! 霧風君にはアラセリさんと和美がいるんだよ」
「そんなの分かってるけど、和美幸せそうだし、アラセリさんにも子供できたみたいだし」
「それはそうだけど、なんでその中に入ろうと思うかな」
「えぇぇぇ……だって、みんな幸せそうだから、交ざれば私も幸せになれそうじゃん」
「いやいや、そういう交ざるは駄目なんじゃない?」
「どうして?」
「だって一人の男性と複数の女性が関係を持つのは、ふしだらというか、倫理的にアウトなんじゃない?」
「でも、ここは日本じゃないし、フルメリンタでは奥さんを何人持っても良いみたいだよ」
確かに、ユーレフェルトでも、フルメリンタでも、一夫多妻は禁じられていない。
むしろ、多くの妻を持ち、養えるのは男の甲斐性みたいに思われているようだ。
日本で生まれ育った私は、そうしたハーレム的な状況には、ちょっと馴染めそうもない。
実際、ユーレフェルトで和美が霧風君と関係を持った時には、どう接して良いものやら、ちょっとギクシャクしてしまった。
この上、亜夢までが霧風君と関係を持つのは、私としては止めてもらいたい。
「でもさぁ、私たちの仕事場って男性が殆どいないじゃん」
「まぁねぇ……」
亜夢が言う通り、私たちの仕事は貴族の女性が相手だから、男性と接する機会が本当に少ない。
和美が治癒魔法を使った表面的な若返りエステをやるのに付随して、私たちは水属性魔法を活用した、血液、リンパ液の循環促進マッサージを施している。
肩こりや腰痛、足の浮腫みの解消、女性に多い冷え性の改善にも効果がある。
筋肉痛などの症状を緩和させられるので、騎士や兵士にも効果がありそうだが、そもそもそうした人たちは寄って来ない。
というか、貴族の女性たちにブロックされているようだ。
「そういえば、ソランケさんたちってどうなっちゃたのかな?」
「さぁ、ユーレフェルトの騎士だから警戒されるのは当然でしょ」
ユーレフェルトの王都からオルネラス領へと移動する時に、道中の護衛を務めてくれたソランケさんとグエヒさんは、そのまま私たちを護衛してフルメリンタまで来たのだが……到着した後、別の施設へと連れていかれたようで、行方がは分かっていない。
「まさか、殺されたり奴隷扱いを受けていたりしないよね」
「それは無いんじゃない。色々とユーレフェルトの内部情報を聞き出そうとしてるんじゃないかな」
「そっか、元気にしてるといいな」
オルネラス領に居た頃、亜夢はソランケさんと親し気に話をしていた。
もしかすると、恋愛感情を抱いていたのかもしれないが、ソランケさんは女癖が悪そうな気がするので、出来れば亜夢には近付かないでもらいたい。
「その他になると……新川君?」
「うーん……悪い人じゃないと思うけど、何だか怖いって思う時があるからねぇ」
新川君とは、フルメリンタに来てから再会した。
三森君と一緒に戦争奴隷として扱き使われていたようだが、火薬や銃の製造方法を教えた功績で奴隷の身分から解放されている。
その後も功績を重ねて、名誉子爵という身分までもらったそうだ。
領地こそ持っていないが、毎月一定額の報酬が支払われるらしい。
日本の文化に精通し、歳も近く、経済的にも安定している。
結婚相手と考えるならば、なかなかの優良物件だと思うのだが、召喚されて以後の生活に大きな隔たりを感じる。
亜夢と富井さんが揉めた時でも、新川君は三森君を含めた向こう側の人という感じがした。
話してくれた戦争奴隷の時の体験は、壮絶の一言だった。
私達も、その戦争の当事国で暮らしていた訳だけど、最前線にいた人間と一番後方の安全な場所にいた人間では体験が異なるのは当然なのだろう。
というか、私達に戦争の当事者であるという意識は殆ど無い。
「何て言うか、体験してきたことが違いすぎて、ふっとした瞬間に壁を感じちゃいそう」
「とか言って私をけん制して、密かに涼子は新川君を狙ってるんじゃないの?」
「無い、無い、それは無い……よ」
「何その微妙な間、あ・や・し・いぃぃ……」
「いや、無いって、考えてないわよ」
今はね。今は考えていないけど、フルメリンタはクラスメイトを奴隷にした国だし、それを当たり前だと思っている人たちと上手くやっていけるのか不安はある。
フルメリンタの男性と価値観が一致しなかったら、新川君しか選択肢が残されていない気がする。
「しょうがない、涼子は私が嫁に貰ってあげるから、ちゃんと私のお世話しなさいよ」
「ちょっと何よそれ、私が嫁にいっても苦労しないように、日頃からちゃんとしなさいよね」
「大丈夫、大丈夫、涼子に彼氏が出来て嫁に行くことになったら、私もその人に貰ってもらうから」
「そんなの駄目に決まってるでしょ! そんな事になったら、旦那の他に亜夢の面倒まで見なきゃいけなくなるじゃん」
「えぇぇ……いいじゃん、年取って涼子がボケちゃったら私が介護してあげるからさ」
「なんで私が先にボケる前提なのよ! こうなったら、亜夢よりも先に、私だけを愛してくれる人を見つけて結婚してやるから、覚悟しておきなさい」
「大丈夫だよ、先に結婚した私の新居に独身の寂しさに耐えかねて入り浸る涼子の未来が、私にはハッキリ見えてるから」
「そんな未来は来ません!」
ちょっと声を荒げて言ってみたものの、そんな未来は意外に簡単に想像できた。
恋愛に関しては奥手だと自認しているし、亜夢は人懐っこい性格しているから、意外と男性と距離を詰めるのが上手かったりもする。
はぁ……ていうか彼氏欲しい。どこかに良い出会いは転がってないかしら。
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