第218話 あぶれ者
また新川が夕飯を食いに来た。
「なんだよ、また来たの?」
「そんなに邪険にするなよ、霧風。お前だって、あの空気の中に放り込まれたら絶対に逃げ出したいって思うぞ」
「そんなにか?」
「砂糖吐きそうだぞ」
「やったじゃん、こっちの世界は砂糖が貴重だから儲かるぞ」
「ホントに吐けたらな……」
新川がうちに夕食を食いに来るのは、三森と富井さんのラブラブぶりに当てられているかららしい。
なんでも、アラセリが妊娠した話を伝えたら、そこから話が転がって、二人は毎晩のように愛し合うようになったらしい。
それまでは、三森も富井さんも相手を思いやり過ぎて、あと一歩を踏み出せずにいたらしく、歯止めが外れて盛り上がっているようだ。
おかげで三森と部屋が隣同士の新川は、寝不足に陥っているそうだ。
富井さんの艶めかしい声は勿論だが、時折三森の雄叫びが聞こえてくるそうで、それがまたムカつくらしい。
連日の盛り上がりに我慢も限界に達して、いい加減にしろと本人達にも直接言ったそうだ。
「一応、あいつらも気を使って少し声をセーブしてくれてるみたいなんだが……」
「それなら我慢してやれよ」
「いやいや、なんて言うか、声を出すのを我慢して、我慢して、やっぱ駄目ぇ……みたいなのがキツいんだよ」
「屋敷広いんだから、別の部屋で寝れば良くね?」
「あっ……」
「えーっ、今まで思いつかなかったのかよ」
「いや、なんつーか、自分専用の部屋なんて初めてだったからさ、他で寝るとか考えなかったんだよ」
新川は日本にいた頃も弟と同室だったそうで、こっちに来てからも大部屋だったり、三森と同室だったりして、個室での生活は初めてなんだそうだ。
「部屋余ってんじゃねぇの?」
「まぁ、あるにはあるけど、余ってる部屋は日当たり良くねぇし、今の部屋けっこう気に入ってるんだよなぁ」
「まさか、隣りの部屋の声をオカズにして……」
「しねぇよ! 俺はそこまで変態じゃねぇ!」
「そんじゃあ、娼館でも行って発散してくるしかないんじゃね? 俺は行ったこと無いし、行く必要も無いけどな」
ユーレフェルトに居た頃にアラセリと結ばれて以来、欲求不満とは無縁だ。
娼館に行く必要も無いし、行きたいとも……まぁ、ちょっとだけは思う。
「こいつ……玄人童貞マウントか! 悪かったな、素人童貞で!」
「まぁまぁ、そんな新川にだって、いつか運命のひとが現れるんじゃね、知らんけど」
「その全く興味が無さげな言い方がムカつくな!」
「いや、実際興味無いし……てか、変な病気貰って来るなよ」
「貰わねぇ……とは言い難いからな、そこがネックで娼館には行きづらいんだよなぁ……」
新川達がヤーセルさんに連れて行かれた娼館は、いわゆる騎士団御用達みたいな感じで、働いている娼婦の健康管理も徹底されていたらしい。
「ファルジーニにも、そういった店があるのかもしれないが、名誉子爵になってから周りで働く人の年齢が上がって、娼館の話とか聞き出し難いんだよ」
同年代ならば、ノリで聞き出したり出来るのだろうが、十歳以上も年上の貴族を相手に娼館の場所とか口コミを聞くのは確かに難しそうだ。
「じゃあ、いっそ結婚相手を紹介してもらったら?」
「んー……正直、それもちょっと考えたんだけど、そうなると紹介してもらえる相手は貴族の御令嬢になるじゃんか、ぶっちぇけ面倒だろう」
「まぁ、確かに貴族との付き合いは面倒だね」
俺が『蒼闇の呪い』の痣を取り除く施術を行っている相手も殆どが貴族の子息で、中には爵位の階級にこだわる選民思想の強い者もいる。
そうした家の娘なんかを紹介されてしまったら、新川の立場では断り難いだろうし、そんな相手と家庭を築くなんて考えられない。
「だったら、蓮沼さんか菊井さんは?」
「無い、無い、あの二人は無いわ」
同じ日本人なら価値観も大きく違わないだろうし、選民思想の地雷女を押し付けられるより、よっぽど良いと思うのだが、好みではないらしい。
「あーあ……何処かに出会いが転がっていないかな」
「少なくとも、うちには転がってねぇぞ」
「だよなぁ……」
そんなに出会いが欲しいなら、うちなんかで飯食っていないで、街に繰り出せば良かろうに、ナンパはお気に召さないらしい。
てか、面倒くさいな、こいつ。
「いっそ、彼女じゃなくて彼氏でも探したらどうだ?」
「おいっ、俺はノンケだからな。BLはノーサンキューだ」
「てか、あれも嫌、これも嫌とか言ってないで、さっさとゴリマッチョな兄貴に掘られちまえ」
「やめろよな。騎士団には、そっちの気がありそうな奴がけっこういるんだから」
結局、酒飲んでくだをまいてるだけで、自分から出会いを求めて行動しなければ、何も始まらないだろう。
「そういえば、マンガを広めるとか言ってたのはどうした?」
「速攻で断念した」
「なんで?」
「絵師がいない」
「あー……」
こっちの世界では、絵は芸術と考える人が多い。
写実的な作品が良しとされていて、マンガのようなデフォルメした絵を描く人はいないそうだ。
「それに、漫画といえばコマ割りが必要だけど、実部の漫画が無い状態で、説明するとか無理あるだろう」
「だったら自分で描くしかないだろう」
「無理、無理、俺、絵は下手だし」
「それじゃあ、印刷技術を広めるってのは? どこかの本好きみたいに」
「あー……活版印刷とかな、もう伝えてあるぞ、新聞とか雑誌が売られているってのも」
「それなら、印刷物を娯楽に使うのを強調すべきだろう。でないと、プロパガンダ一色になるんじゃね?」
「あー……あの宰相だったら、やりかねないな」
大量の印刷物が作れるようになれば、大量の情報がバラ撒けることになる。
あの宰相ユド・ランジャールが、それを政治利用しようと考えないはずがない。
どこぞの独裁国家の機関紙みたいなものが出来上がったら目も当てられない。
ていうか、そんなもの読んでも面白くもなんともない。
「てか、この国、娯楽が少なくね? 特にスポーツ」
「それは言えてる」
新川が言うように、フルメリンタには力を競うような競技はあるが、野球とかサッカーみたいな球技が存在していない。
「あー……プレミアとかリーガの試合が見てぇ! 霧風、AMEMA加入しろよ」
「どうやって! てか、ネットが無いのに加入なんか出来るか!」
「そうか……BSでやってねぇかな?」
「そうか、BSか……って、衛星飛んでねぇし、受信するアンテナもねぇよ」
「あーっ、くそっつまらねぇ!」
新川が嘆くのも理解できるが、今から流行らせてヨーロッパレベルのサッカーが見られるようになる頃には、もう俺たちは死んでそうだ。
「てか、戦争やろうって国じゃ、スポーツとか流行らないんじゃね?」
「そんなことはないだろう、シリアとか内戦やっててもワールドカップの予選とか出てたじゃん」
「そうか、じゃあさ、新川が流行らせればいいじゃん、サッカーとか、野球とか」
「野球はルールが複雑だから、流行らせるならサッカーとか、バスケかな」
「サッカーはオフサイドとか分かりにくいし、バスケもトラベリングとか教えるの面倒じゃね?」
「そんなの言ってたらキリねぇし、てか分かりやすいスポーツを作れば良くね? そもそも、弾むボールとか作れないだろう」
「そんじゃあ、ラグビーとかアメフト?」
「アメフトを簡単にしたやつが分かりやすいかもな。ラグビーは前に投げちゃ駄目とか、受けが悪そうだからな」
フルメリンタで流行らせる新しいスポーツ……なんて話題でウダウダと話をしながら酒を飲み、新川は帰っていった。
基本的に悪い奴ではないんだが、色々と持て余してるみたいで、何処かで良い出会いでもないと益々面倒な輩になりそうで、少々心配だ。
今の新川だと、ハニートラップとか引っ掛かり放題だろうし……。
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