第217話 愛のある性活

※今回は富井多恵目線の話になります。


 寝耳に水というのか、青天の霹靂というのだろうか、霧風の家に遊びに行っていた新川からアラセリさんが妊娠したと聞かされた。

 アラセリさんとは、霧風の家に居候している時に色々な話をした仲だ。


 かつてユーレフェルト王国の諜報組織に所属していたそうで、霧風にも話していない色々な任務をこなしてきたらしい。

 そうした任務の中には女性の魅力、つまり性的な行為で相手を篭絡するといったものもあったそうだ。


 諜報組織に所属する女性には、そうした任務を万全の状態で行えるように、妊娠しないような処置が施される。

 アラセリさんも例外ではなく、子供の出来ない体だと話していたのだ。


 まぁ、居候していた私が見ても、部屋の中が砂糖漬けになったかと思うほど霧風とアラセリさんはラブラブで、子供が出来るとか出来ないとかは関係無いように見えた。

 いや、むしろ若さゆえの性欲を思う存分発散出来るという意味では、霧風にとっては有難い状況のようにも見えた。


 でもそれは、私が外から見た状況だったのだろう。

 それと、海野和美が霧風との間にもうけた子供と一緒にフルメリンタに来たことも、アラセリさんの心を揺さぶったのかもしれない。


 当然、海野和美という存在も大きい。

 人によっては、自分が優位になる状況をとことん利用する者もいるが、逆に自分が恵まれている状況を善しとしない者もいる。


 海野は日本にいた頃から、後者に属する人間に見えた。

 治癒魔法を使ったエステを思いついた時でも、自分一人の手柄にするのではなく、同じ様な特殊技能が開発できないかクラスメイト達と知恵を絞っていた。


 その結果、菊井や蓮沼は血やリンパの循環を良くするマッサージに辿り着いて、戦闘部隊からの脱却に成功している。

 これは私の憶測だが、同じ霧風を愛する女として、アラセリさんとの間にハンディキャップを得たくなかったのだろう。


「それで、富井はどうするんだ?」


 私らが借りている屋敷の食堂で、新川から問い掛けられたが返事を出来なかった。

 思わず隣にいる拓真に視線を向けてしまったが、彼も戸惑っているようだ。


「急に言われても分からないよ。考えたことも無かったから……」

「三森はどうなんだよ」

「俺は……まだそういう段階じゃないって言うか……」

「えっ? お前らやってないの?」

「やるとか言うなよ、生々しい……」

「嘘っ、マジで……?」


 新川が驚くのも無理はないが、拓真とはまだ肉体関係を持っていない。

 なんて言うか、二人ともそういう雰囲気になるのを避けてしまっている。


 私は、戦争奴隷となった後、数えきれないほどの男と体を重ねてきた。

 一度に複数の男の相手をするのも珍しくはなかった。


 戦争奴隷の私らは、娼婦の中でも最下層の扱いを受けていたからだ。

 殴られたり、蹴られたりしないためには、男共の欲望を上回る痴態を演じなければならなかった。


 なぜ、そこまでして生にしがみ付いたのか、私自身も分かっていないが、解放されるまでの間、肉体の全てを使って男の欲望を処理し続けてきたのだ。

 だから、セックスをすること自体に抵抗は無い。


 もし求めてくるならば、拓真だけでなく、霧風や新川に体を開いたって構わないと思っている。

 ただ、拓真が求めているのは、そういう私ではないはずだ。


 三森拓真という男は、付き合い始めて再確認したけれど、純粋で真っ直ぐな人間だ。

 こんな私のことを真剣に想ってくれているのが、一緒にいるとヒシヒシと伝わってくるのだ。


 だから、どう振舞ったら良いのか分からない。

 私の初めては、戦争奴隷になった後に名前も知らない男に奪われた。


 初めての時から、気絶するまで何人もの男の相手をさせられたのだ。

 だから、普通の男女が初めてする時は、どんな感じなのか分からない。


 どう振舞うのが正解なのか、どんな姿だったら拓真を幻滅させずに済むのか分からない。

 そう、私はいつの間にか、拓真に嫌われたくないと思うようになってしまったのだ。


 ただ、最初に告白された時、あっさりと振ってしまったからか格好を付けてしまう。

 というか、拓真から一杯好きだとアピールされるのは、女として気持ちいい。


 だから、ついつい素っ気ない態度をとってしまいがちだ。

 でも、これは私自身の問題でもあるが、拓真との将来にとって重要な問題でもある。


 有耶無耶にして良い問題ではない。


「拓真はさ……私との子供が欲しい?」

「勿論! 欲しいにきまってる!」


 即決だ。迷う素振りを全く感じさせずに私の目を見詰めてくる。

 まったく、そういうところだぞ……。


「分かった。海野がやってくれるなら、治療を受けてみるよ」

「よっしゃーっ!」

「でも、エッチするとは言ってないからね」

「えっ……いや、そうだね。うん、それとこれとは別問題だ」

「いやいや、いやいや、別問題じゃねぇだろう」


 捨てられた子犬みたいな表情になった拓真に、すかさず新川がツッコミを入れた。


「ていうか、子供を作るために治療を受けるのに、子供を作る行為をしないでどうするんだよ」

「いや、それは双方の合意があってだな……」

「そうだよ、新川。それにいいの? 拓真の部屋は新川の部屋の隣だよ。あたし、声大きいかもしれないしぃ……」


 ニヤっと笑い掛けると、新川は露骨に嫌そうな顔をしてみせたが、やられっぱなしではなかって。


「いや、大丈夫だろう。三森は早そうだし……」

「おいっ! 早くねぇよ、普通だよ! いや、普通なのか?」

「いや、私に聞かれても知らないよ。娼館のお姉さんに聞かなかったの?」

「なっ……新川、なんでバラしたんだよ!」

「いや、俺は富井には何も言ってないぞ」

「やっぱり娼館通いをしてたのか」

「ち、違う! あれはヤーセルさんに誘われて、そういう所だと知らなくて……いや、違うな、しっかり楽しんでたと思う。でも、あれっきりで、その後は一度も行ってない」


 私が戦争奴隷として過ごし日々を考えれば、拓真が娼館に通っていたって責める気は無い。


「いいよいいよ、むしろ夢見るチェリーボーイの方が困っちゃうしね」

「おい、三森。お許しが出たから明日さっそく……」

「なんでだよ! 行きたきゃ一人で行って来いよ」

「そうすっかなぁ、でないと今夜あたりから寝不足に……ならないか、三森早いから」

「早くねぇよ! てか、早かったとしても回数でカバーするから……って、なに言わせてんだよ!」

「困ったなぁ、拓真は絶倫なのか、体が持つかなぁ……」

「俺は! 俺は多恵の嫌がることはしたくない」


 冗談めかして言ったつもりだったのに、拓真はマジな口調で話し始めた。


「戦争奴隷になってる間、何があったのか聞かないけど、それは多恵にとって好ましい事じゃなかったと思う。俺は、多恵のことが大好きだから、もっと触れ合いたいと思ってるけど、多恵を傷つけた連中と同じにはなりたくない」

「拓真……」

「でも、俺は女の子と付き合った経験とか無いから、どうしていいのか分かんないんだよ!」


 普通の関係、普通の求め方が分からなくて迷って、悩んでいたのは私だけじゃなかったみたいだ。


「私も分からないよ。初めても、その後もずっと悲惨だったから普通なんて分からないし、拓真を幻滅させちゃうかもしれない」

「そんな事は無い! 俺が多恵に幻滅するなんてありえない!」

「ホントに?」

「本当だ、神に……いや、神様なんかには頼りたくないから、俺の人生の全てを懸けて誓う」

「じゃあ、試してみよっか」


 翌朝、新川に寝不足だって文句を言われたけど、仕方ないじゃない。

 愛のあるセックスが、あんなに気持ちいいなんて知らなかったんだもん。


 拓真にも、爆発しろなんて言ってるけど、爆発してたぞ……私の中で、何回も。

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