第216話 和美のしわざ
大きな屋敷に引っ越して、和美たちもエステの施術を始めると、蓮沼さんと菊井さんは、うちで夕食を済ませてから帰宅するようになった。
夕食のテーブルは、俺、アラセリ、和美、蓮沼さん、菊井さん、それにハウスメイドのハラさんも一緒に囲んでいる。
一応、息子の和斗はいるけれど、男性は俺一人という感じなので、食卓の賑やかさに少々圧倒されている。
まったく、毎日よくそんなに話すネタがあるものだと感心するほどよく喋る。
蓮沼さんと菊井さんが、うちで夕食を済ませていくのは、単に料理をするのが面倒だからなのと、富井さんとの間に微妙な壁みたいなものを感じているかららしい。
和美たち三人がフルメリンタに来たのを記念して、うちでパーティーを開いた時に菊井さんが、富井さんと一緒に戦争奴隷となった入船さんの消息を訊ねて険悪な雰囲気になりかけた。
一応和解はしたのだが、微妙なしこりが残ってしまっているらしい。
まぁ、何もなくても馬が合わない相手はいるし、召喚されてからの経験に大きな違いがあるので、しこりが解消されるには少し時間が掛かるかもしれない。
俺の新しい屋敷から蓮沼さんや新川たちが暮らしている屋敷までは、距離にして百メートルも離れていない。
治安も良い地域だが、夕食後蓮沼さんと菊井さんは、念のため俺が送っていくようにしている。
屋敷同士が近所なので、時々、新川も酒を持ってフラリと現れる。
新川いわく、口から砂糖を吐きそうになるから逃げてくるらしい。
まぁ、三森が富井さんにベタ惚れだし、富井さんも満更ではないようなので、新川の気持ちも分からなくはない。
可哀想だから新川には、アラセリや和美と仲睦まじい姿を見せてやっている。
新川は酔っぱらった挙句、舌打ちを繰り返しながら帰っていくが、名誉貴族なんだから、さっさと嫁を探せば良いのに、意外と恋愛に関しては奥手なのかもしれない。
新川は、相変わらず軍のアドバイザー的な仕事を続けているそうで、色んな情報を仕入れては伝えてくれる。
新川の情報を繋ぎ合わせていくと、フルメリンタによるユーレフェルト侵攻は着実に進められているようだ。
特に銃の改良される速度は目覚ましいそうで、既にブローバック式の連発銃のテストが進められていて、機関銃の試作品まで出来上がっているらしい。
片や弓矢と魔法、片や機関銃に大砲では勝敗は目に見えている。
泥沼のゲリラ戦にでもならない限り、フルメリンタの勝利は揺らがないだろう。
三森と富井さんは、日本食の再現に取り組んでいるそうだ。
異世界日本の食文化を伝えるという名目で、牛丼屋を開店させるつもりのようだ。
ただ、肉や野菜、米などは手に入るそうだが、出汁の素が思うように手に入らないらしい。
日本食と言えば、鰹出汁と昆布出汁と言っても過言ではないが、鰹節が見つからないそうだ。
鰹を捌いて、煮て、骨を抜いて、燻して、カビ付けを繰り返す……なんて手間の掛かる作業を行って、何カ月も掛けて鰹節を作るなんて面倒な事はやらないのだろう。
鰹節と同様に、出汁昆布も見つからないそうだ。
海藻を採取して、乾燥させて出汁を取る食文化がフルメリンタには無いらしい。
そもそも、フルメリンタの近海には昆布が生えていないのかもしれない。
干した魚やエビ、貝柱、茸などで出汁を取っているらしいが、富井さんが納得するレベルの物は作れていないようだ。
それでも、新川が言うには十分に美味いそうだ。
以前、うちでも牛丼を作ってくれたが、あれも手に入る材料だけで作ったようだが、十分すぎるほど美味かった。
マジで泣くほど美味かったのだが、日本の牛丼屋で食べたチープな味わいは再現できていなかったのは確かだ。
騒がしくも平和な日常を当り前に過ごせるようになって、ほっとしていたある日の夕食の時だった。
その日も賑やかに食卓を囲んでいたら、突然アラセリが口許を押さえて席を立った。
食堂を出て行くアラセリの顔は、いつもに比べて蒼ざめていたようにも見えた。
急に体調が悪くなったのかと心配になり、俺も席を立って追いかけようと思ったのだが、驚いたことに和美が拳を握ってガッツポーズをしているではないか。
一瞬、訳が分からなかったのが、次の瞬間、考えたくもなかった最悪の状況が頭に浮かんだ。
まさか、和美が食事に何か細工をして、それを食べたアラセリが体調を崩したのだろうか。
俺はアラセリを愛しているけど、和美がフルメリンタに来てからは、分け隔てなく平等に扱ってきたつもりだ。
それなのに、和美がアラセリに嫌がらせをしているのだとしたら、いくら息子の和斗がいるとしても、今後の事を考えないといけないだろう。
「ねぇ、アラセリの体調が悪いみたいなんだけど、どうして和美は喜んでいるの?」
「えっ、喜んだらいけないの? というか、なんで優斗は怒ってるの?」
「アラセリの体調不良は、和美が何かしたからなの?」
「そうだよ、こっちに来てからずっと続けてきた事が実を結んだんだもん嬉しいに決まってるよ」
本当に嬉しそうに笑う和美を見て、頭にカーッと血が上った。
それでも、和美なりの理由があるのかもしれないから、怒鳴り散らしたい気持ちをグッと堪えて、極力冷静さを保って和美に問い掛けた。
「和美、アラセリに何をしたの?」
「何をって、治癒魔法を掛けたんだよ」
「えっ、治癒魔法? 治癒魔法を掛けて、どうして体調が悪くなるのさ」
「あー……そうか、そうか、優斗はアラセリさんの体調不良の理由が分かってないのか」
「えっ、和美は分かってるの?」
「うん、私も結構辛かったから分かってるよ」
「はぁ? 和美も辛かった?」
「そうそう、その点、男の人は楽だよねぇ……」
「えっ、男は楽?」
「そうだよ、これからアラセリさんは何ヶ月も頑張らないといけないんだよ」
「えっ……ちょっと待って、嘘っ、マジで?」
「うん、たぶんアラセリさんは妊娠してると思う」
和美の言葉を聞いた瞬間、ぶわっと頭に汗が噴き出してきた。
アラセリは、ユーレフェルトの暗部組織に属していた経歴の持ち主で、その時に妊娠して任務に悪影響が出ないように、避妊の措置をされたらしい。
どんな内容なのか詳しく聞いたことはないが、ユーレフェルトに居た頃から、避妊具無しで行為を繰り返しても妊娠する気配すら無かった。
「私の治癒魔法は、手から離れてしまうと効力を失ってしまうんだけど、アラセリさんには下腹部を指圧するようにマッサージしながら治癒魔法を掛け続けたの。一回三十分ぐらいのマッサージをずーっと続けてきた効果がようやく現れたんだと思う」
俺の知らないところで、そんな治療が行われていたなんて、全く気付かなかった。
「アラセリさんは、子供が出来なくても構わないって言ってたんだけど、私は可能性があるならチャレンジすべきだと思ったんだ」
アラセリとはフルメリンタに来てからは、殆ど毎日のように体を合わせてきた。
和美が来てから、アラセリと交互に夜を共にしてきたのだが、アラセリの体の機能が回復したのに気付かずに行為を重ねて来たのだから、子供が出来るのは当然だ。
頭がボーッとして、何を言ったら良いのか思い浮かばずに戸惑っていると、アラセリが戻ってきた。
「アラセリさん!」
和美の問い掛けに、アラセリはチラリと僕に視線を向けた後で、力強く頷いてみせた。
はにかみながら微笑むアラセリを見ていたら、涙が溢れてしまった。
「ぐぅぅ……ありがとう、和美。ありがとう、アラセリ」
「ユート……産んでもいいの?」
「もちろんだよ! 二人の愛の結晶に会えるのが待ち遠しいよ」
「私も……こんな日が来るなんて思ってもいなかった」
「アラセリ……」
「ユート……」
歩み寄って来たアラセリを包み込むように抱き寄せ、その温もりを感じた後で和美に右手を差し出した。
席を立って来た和美を右手で抱き寄せる。
ハーレムなんて柄じゃないけど、この二人は決して離さないし、絶対に幸せにしてみせると決意を新たにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます