第213話 小領主の生きる道
新女王ブリジットの即位宣言とパレードが終わると、王城では記念の晩餐会が開かれたのだが、会場には微妙な空気が漂っていた。
これまで後ろ盾として友好的な関係を築いていたはずのラコルデール公爵が、女王ブリジットとの間にピリピリとした対立の気配をみせているからだ。
晩餐会の最中にも二人は、フルメリンタとの関係を巡って皮肉の応酬を繰り返している。
女王ブリジットの主張はフルメリンタを打ち破り、コルド川東岸地域を取り戻すというもので、対する宰相オーギュスタン・ラコルデールは安易な戦は避けるべきだというものだ。
列席した貴族たちは、二人の様子を苦笑いしつつ見守っている。
まだ二十歳にもならない新女王の言動が幼いのは仕方がないとして、教え、諭し、支えるはずの宰相がムキになっている様は大人げないと思われているのだ。
ただ、晩餐会に参加している貴族は、どちらの主張も理解している。
このままフルメリンタを野放しにしておけば、早晩ユーレフェルトは攻め滅ばされることになるのは明白だが、闇雲に戦っては勝ち目が無いのも事実だ。
だからこそ、思いを一つにして戦い、生き残る道を摸索するべきなのに、国のトップが揉めているようでは将来への希望が見いだせない。
「これは、いよいよ潮時かな……」
末席から会場の様子を見守っていたアンディル・ヘルソン男爵も、苦笑いを浮かべながら溜息交じりに呟いた。
「アンディル、どうかしたのか?」
「いいや……少々子供じみていると思ってね」
「まぁ、宰相殿も南方が騒がしくて苛立っているのだろう」
「なるほど……」
隣りの席から、領地も隣り合っているバーナード・レディング子爵に声を掛けられ、ヘルソン男爵は言葉を濁した。
ヘルソン男爵領はコルド川西岸の上流部に位置していて、レディング子爵領はその西隣になる。
山間の土地は、林業と畜産業程度しか産業が無く、日々の暮らしは貴族とは名ばかりのお世辞にも裕福とは言えないレベルだ。
ヘルソン男爵は何食わぬ顔で女王ブリジットの即位を記念する晩餐会に出席しているが、領地を発つ前にフルメリンタからの使者と会っていた。
海岸線では橋を架けるのは困難なほどの大河となるコルド川だが、上流まで遡れば飛び越えられる程度の幅しかない。
これまでは、川を挟んだ反対側もユーレフェルトの領土だったから気にしていなかったが、フルメリンタの支配下に置かれれば、不意に使者が現れても不思議ではない。
僅かな人数の護衛と共に現れたフルメリンタの使者は、宰相ユド・ランジャールの書状を持参していた。
フルメリンタからの申し入れは、言うまでもなく寝返りだ。
現在、ユーレフェルトの女王や宰相の視線は、国の南側へと向けられている。
これまでフルメリンタが攻め込んで来るなら東からだったが、オルネラス侯爵が独立を宣言し、周辺の領主も追随する動きを見せた事で状況が一変している。
オルネラス共和国などと標榜し、ユーレフェルトとフルメリンタの間を取り持つなどと言っているが、実際にはフルメリンタの属国も同然なのは明らかだ。
コルド川に残された唯一の大きな橋、セゴビア大橋を巡る攻防から一転して、船でオルネラス共和国に入り、そこから陸路で攻めこんで来る道が開けたのだ。
宰相オーギュスタン・ラコルデール公爵にしてみれば、平和な街を歩いていたら突然目の前に刃物を持った男が現れたようなものだ。
そこへ世間知らずの女が、悪人は成敗すべきだ……などと声を上げれば、せめて守りを固めるまで相手を刺激するなと苛立つのも当然だろう。
オルネラス共和国からラコルデール公爵領を通り抜けてしまえば、王都までほぼ平坦な王家の直轄領しか残っていない。
南から本格的なフルメリンタの侵攻が始まれば、この王城が攻め落とされるのも時間の問題だろう。
両国の戦力差を考えればフルメリンタには北の小領主を抱き込むような小細工をする必要は無く、使者の来訪を告げられた時にはヘルソン男爵も耳を疑った。
しかもフルメリンタの出して来た条件は無条件降伏ではなく、ユーレフェルトと戦が勃発した際に寝返ってくれれば、現在の地位と領民の安全を保障するというものだった。
更に、近隣の領地との間で戦いが行われた場合には、フルメリンタが助力を行い、勝利した場合には当該領地を譲渡するという条件まで付いていた。
レディング子爵領がフルメリンタに勝てる要素など考えられないので、戦いとなればヘルソン男爵は労せず領地を広げることができる。
ただし、ヘルソン男爵が寝返りに応じれば、フルメリンタはレディング子爵にも調略の手を伸ばす予定でいるので、戦いとなって領地を奪える可能性は低いだろう。
結局は、現状維持で終わる可能性が高いのだが、ヘルソン男爵にメリットが無い訳ではない。
ユーレフェルトとフルメリンタの間で戦が起これば、当然のように食糧や兵の拠出を求められる事になる。
あまり裕福ではないヘルソン領にとっては、先の戦のための戦費拠出だけでも大きな痛手となっているし、また同程度以上の物資や人を求められたら男爵家の屋台骨が揺らぎかねない。
フルメリンタの使者には、戴冠式に出て新女王を見極めてから返事をすると伝えた。
そんな悠長な時間は無いと言われるかと思ったが、それでは戴冠式が終わった頃にまた来ますと言って、あっさりとフルメリンタの使者は帰っていった。
僅かな護衛のみを連れて、敵国に寝返りを即す書状を持参すれば、悪くすれば処刑される可能性もあるのに、使者を務めた男は恐れる素振りも見せなかった。
使者が戻らなければ、フルメリンタは相応の報復を行うだろうし、そうなればヘルソン男爵領には降伏する以外の選択肢は全滅しか残っていない。
使者が恐れる様子を見せないのは、それだけフルメリンタが戦力に自信を持っていることの表れでもある。
「アンディルは、フルメリンタとどう向き合うつもりだ?」
「今の時点で伝え聞いている情報では、まともに戦ったら勝ち目はなさそうだ。戦をするなら、何らかの方法でフルメリンタの武力を削ぐしかないだろうな」
「問題は、その何らかの方法をどうするか……だな」
「私の様な辺境の小領主に出来る事などないさ」
「では、何もせずにフルメリンタの軍門に下るのか?」
「さぁ……それは状況とフルメリンタの出方次第だろう。というか、南に兵と食糧を送るだけでも、うちなどは倒れてしまいそうだよ」
「ははっ、それはうちも同じさ」
いくら懇意の仲であっても、今ここでレディング子爵にフルメリンタの使者と交渉した事を明かす訳にはいかない。
ただ、この戴冠式を終えて自領に戻り、再度フルメリンタからの使者を迎えた時には、寝返る話を承諾する決意をヘルソン男爵は固めた。
そして、フルメリンタがレディング子爵の調略に取り掛かるならば、ヘルソン男爵は助力を行うつもりでいる。
隣り合う領地を持つ小領主同士、レディング子爵とは幼い頃から交流があり、子爵本人の性格も気に入っている。
ヘルソン男爵は、干戈を交えてレディング子爵から領地を奪うような真似をしたくないと思っている。
「バーナード、帰りは途中まで一緒に行こう」
「そうだな、ここでは出来ない今後の話もしたい」
レディング子爵は含みのありそうな言い方をして、意味深な笑みを浮かべてみせた。
あるいは、既にフルメリンタからの使者と接触しているのかもしれない。
ヘルソン男爵は晩餐会の会場を見回して、フルメリンタと開戦の暁には、この中の何人がユーレフェルトに残っているのだろうかと想像を巡らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます