第210話 戴冠式(中編)
ユーレフェルト王国新女王ブリジットの戴冠式当日は、雲一つない晴天に恵まれた。
王城には式典に出席する貴族を乗せた馬車が次々と到着し、控えの間には派閥の垣根を越えた、ここ数年では見られなくなっていた歓談の輪が広がっていた。
新しい王が誕生する目出度い日とあって、誰しもが微笑みを浮かべているが、その心中は必ずしも穏やかではない。
例えば、セルキンク子爵、カーベルン伯爵、ベルシェルテ子爵、コッドーリ男爵など、コルド川東岸地域に領地を持っていた貴族は、未だに新しい所領が決まっていない。
現金や宝石などを持ち出すことは出来たが、王都にある屋敷だけでは家臣の全てを収容することすら難しい状況だ。
加えて、領地を失ったことで税収を失い、今は蓄えを切り崩して食いつないでいる状態だ。
王家の直轄地を割り割いて与えるという話も持ち上がってはいるものの、失った領地と同じ規模の土地を与えるのは物理的に不可能だし、土地の場所、大きさなどに関する話し合いは続いているが解決する目途は立っていない。
一方、戦とは縁が無かった中部、北部、北西部などに領地を持つ貴族も、不安を感じていない訳ではない。
コルド川東岸地域を失い、南部ではオルネラス共和国なる国ができ、ユーレフェルトの国力が落ちているのは明らかだ。
いくら自分の領地が安泰であっても、国と言う枠組みが揺らげば悪影響を受けるのは避けられない。
仮にユーレフェルト王家が倒れとしたら、保身のために見限ることも必要となってくる。
見限るとしたら、どのタイミングか、どのような条件で生き残りを図るか、考える事は山積みだ。
勿論、そうした不安を現実にしないためにも、派閥争いを清算して新女王の下で国を一つにまとめられたのは好事に他ならない。
新女王とそれを支える周囲の人間は、自分達の希望を託すに値するのか、それとも保身のための備えを加速すべきか……戴冠式は見極めの場でもあるのだ。
「皆様、お時間となりましたので式場へお入りください」
戴冠式は王城の謁見の間で行われる。
奥行きが長く、階段状に作られた謁見の間では、貴族は爵位によって分けられて、整列させられる。
玉座の置かれた一番上段には王族が貴族を見下ろすように並び、一段下に公爵、更に一段下がって侯爵という感じで、爵位が下がるごとに一段下に並ばされる。
ただ、今回の戴冠式は今までとは並び方が変わっていた。
これまでは王族しか上がらなかった一番上の段に、ラコルデール公爵とジロンティーニ公爵が並んでいる。
そもそも、王族は暗殺や誅殺によって、ブリジットと母親である元第二王妃シャルレーヌしか残っていない。
そして、この戴冠式と同時に、ラコルデール公爵家とジロンティーニ公爵家は、新女王ブリジットと婚姻が結ばれる。
つまり、ラコルデール、ジロンティーニの両家は王族も同然とアピールするための並び方の変更なのである。
両家の露骨なアピールを受け入れる者もいれば、嫌悪感を覚える者もいる。
元第一王子派と元国王派の貴族たちは、単純に派閥の一本化と受け取ったが、元第二王子派だった貴族たちは、自分達が粗略に扱われないか危惧していた。
元第二王子派の筆頭貴族であったエーベルヴァイン公爵家は取り潰されてしまった。
かつては、ユーレフェルト王国の軍務を取り仕切り、三つの派閥の中では一番力を保持していたはずが、いまや凋落の憂き目にあっている。
フルメリンタの侵略によって領地が不足している現状では、難癖を付けられて領地を削られたり、転封を命じられたりしないか不安を感じている状態だ。
新国王に擦り寄るべきか、それともザレッティーノ伯爵のように反旗を翻すか、中立を貫くか、戴冠式そのものよりも、その後の晩餐会での腹の探り合いの方に興味は向けられている。
貴族の並び方が変更されたのには、別の理由も存在している。
謁見の間は、爵位によって並ぶ段を変えるように作られている。
当然、爵位の高い貴族の方が数は少ないので、一段上がるだけでも並べる場所の広さが変わる。
爵位が上になるほど狭く、爵位が下がるほどに広く作られているのだ。
この作りで、従来よりも並ぶ場所が一段上がれば、当然余裕が無くなり混雑する。
それによって、貴族の数そのものが減っているのを意識させないのが狙いだ。
「これより、戴冠式を執り行う」
式典用の祭服に身を包んだ教会の司祭が、厳かな声で式典の始まりを告げると、会場の空気がピリっと引き締まった。
「ユーレフェルト王国第二王女ブリジット殿下、前へ……」
「はい」
戴冠式に臨むブリジットの衣装は、純白の布地に金糸でユーレフェルト王国伝統の模様が刺繍されている。
立体的な刺繍が、光の加減で煌めいて、神々しい雰囲気を醸し出していた。
「汝は、ユーレフェルト国王として国の発展に尽力すると誓うか?」
「誓います!」
「玉座へ……」
司祭に促されてブリジットが玉座に座ると、白金の台座に宝石がちりばめられた王冠が運ばれて来た。
司祭の手によって王冠がブリジットの頭上へと載せられると、列席した貴族達が息を飲んだ。
「神のご加護を……」
司祭がブリジットの頭上に、杖についた宝玉を掲げて祈りを捧げると、盛大な拍手が沸き起こった。
様々な思惑はあれども、ユーレフェルトに新しい王が誕生し、新しい時代の幕が上がったのは確かだ。
立場の違いはあれども、ユーレフェルトの発展を望む気持ちは同じなのだ。
「引き続いて、婚約の儀を執り行う。アリオスキ・ラコルデール、アルバート・ジロンティーニ、前へ……」
「はっ……」
司祭に促され、二人は玉座に座ったブリジットの左右に分かれて立った。
「汝らは、ブリジット・ユーレフェルトを愛し、慈しみ、支え続けると誓うか?」
「誓います」
「誓います……」
「神の実名の下に婚約の成立を認める」
再び、列席した貴族から盛大な拍手が沸き起こった。
通常、王族の婚約であっても、これほど大々的な儀式は行わない。
ユーレフェルトの王室典範には、前国王の死去から一年以内は婚姻を行わないという取り決めがあるため、婚約の儀ではあるが実質的には婚姻と同じであるというアピールなのだ。
あくまでも婚約なので、誓いの指輪は身に付けないし、閨を共にすることもない。
跡継ぎを成すような行為は、正式な婚姻を済ませた後になる。
そこまでして王家との繋がりを既成事実化したがるのは、ラコルデール、ジロンティーニ両陣営が互いに出し抜かれないか疑っているからに他ならない。
「ユーレフェルト王国に栄光あれ!」
司祭が高々と杖に付けられた宝玉を掲げると、一層盛大な拍手が沸き起こり、王城における戴冠式は無事に終了した。
この後は、王冠を頂いたブリジットをアリオスキ、アルバートの両婚約者が支えながら、天蓋の無い馬車で貴族達と共に王都内を巡る。
そして、教会前の広場に集まった民衆の前で即位を宣言する。
「陛下、こちらです……」
「うむ……」
アリオキスがブリジットの手を取って、馬車までエスコートする。
「陛下、宣言の文言は覚えていらっしゃいますか?」
「ふっ、それは父親からの差し金か?」
「い、いえ、そうではありませぬが……」
「心配するな、無様な姿を晒すつもりはない」
「失礼いたしました」
ブリジットは、アリオキスの父オーギュスタンが用意した文言を読み上げる気はない。
昨日ベネディットに聞かれた時には朧に内容を覚えていたが、今はそれすら頭に残っていない。
民には王となった自分の声を届けると心に決め、ブリジットは背筋を伸ばして王城の廊下を歩いていった。
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