第208話 新川の苛立ち

※今回は新川恭一目線の話になります。


 三森と一緒に名誉子爵なんて地位に就いた後も、俺たちは暫く軍の宿舎で暮らしていたが、海野たちがフルメリンタに来るのを機会に家を一軒融通してもらった。

 いずれ遷都を行うという計画を聞いた後だったので、大きな屋敷ではなく五、六人で暮らせる部屋があれば良いと伝えたら、庭こそ無いが大きな家を借りられた。


 元は商人の屋敷だったものを国が買い取り、それを俺たちが借りる格好だ。

 俺たちは領地を持たない名誉子爵なので、住まいは無料で貸してくれるそうだ。


 霧風と一緒に立てた計画では、新王都に俺たち七人が一緒に暮らせるマンションの様な物を建てる予定だ。

 宰相から、どの程度の援助が得られるのか分からないが、今のうちから資金は貯めておいた方が良さそうだ。


 借りた屋敷は三階建てで、部屋数は八つ、風呂が二つ、トイレが三つ、食堂に応接間、炊事場などが付いている。

 霧風の家と同様に、家の管理をしてくれるメイドさんを雇った。


 この家に、俺と三森、富井、そして蓮沼と菊井が同居する。

 いうなれば、異世界のシェアハウスみたいなものなのだが……蓮沼、菊井の二人との溝が埋まりきらずにギクシャクしている。


 霧風の家で再会した時に二人と富井、三森が衝突して、一応和解はしたんだが、やっぱり感覚的なズレを解消できないでいる。

 なんて言うか、蓮沼と菊井は人任せで自分から動く気配が感じられないのだ。


 フルメリンタに到着したばかりで、知り合いも俺たちだけだし、街にも馴染みがないから、どう動いて良いのか戸惑うのは理解できる。

 だが、既にこちらに来てから十日以上になるけど、霧風に貰った金でダラダラしているだけなのだ。


 富井は毎日食堂の仕事に出掛けて行くし、俺や三森も軍の仕事に出掛けている。

 その他にも、富井と三森は本気で牛丼屋を開くための道筋を摸索している。


 フルメリンタでは、貴族が商会を所有することは珍しくないそうだが、牛丼屋のような店を経営するのは珍しいらしい。

 というか、普通はタブーとされているそうだ。


 金持ち相手の高級レストランみたいな感じなら問題無いそうだが、庶民の労働者階級がガツガツ食べるような店は貴族には相応しくないとされているらしい。

 だが、富井の希望は、安い、早い、美味いの三拍子揃った、客たちがガツガツ食べる牛丼屋なのだ。


 つまり、富井の想いを叶えると、貴族に相応しくないと言われて三森との関係が怪しくなる。

 かと言って、ドレスコードがあって、テーブルマナーに雁字搦めに縛られているような店は富井の目指す店では無くなってしまう。


 そこで三森は、一計を案じることにした。

 単純な庶民の店はアウトだとしたら、日本の食文化を庶民にも伝える試みならば許されるのかと、三森は軍部で得た伝手を使って色々な人に訊ねて歩いている。


 なんとか身分をキープした上で、富井の夢を叶えられないか、法律とか習慣の抜け道が無いか、三森はあちこちで頭を下げて教えを乞うているそうだ。

 一方の富井は、仕事先の女将さんから、店を経営していく上でのノウハウや、税金などの実務についても教わっているらしい。


 野菜や肉、その他の食材をまとめて仕入れるには、こちらの世界の商取引の習慣を理解しておかないとトラブルの素になるし、高い買い物をさせられる場合もあるだろう。

 良い材料の選び方、良い仕入れ先の選び方、悪い仕入れ先の見分け方、縁の切り方など、食堂の女将さんは実の娘のように細かく教えてくれるそうだ。


 これは俺の勝手な想像だが、王都の倉庫街で女手で店を切り盛りしているような人ならば、富井の変化にも気付いているだろう。

 再会した時には、世捨て人のような無敵モードだった富井が、三森と一緒の時には実に良い笑顔を浮かべるようになっている。


 あんな富井の変化を見せられたら、苦労人なら応援してやりたいと思うはずだ。

 正直、三森の惚気がむちゃくちゃウザい時もあるんだが、二人が追いかける夢の実現には俺も手を貸したいと思っている。


 そんな三森と富井を身近で見ているからなのだろう、蓮沼と菊井のぐうたら振りにはイラっとさせられてしまうのだ。

 菊井は、かなり天然入ってそうなので、蓮沼に聞いてみたのだが……。


「なぁ、お前らもそろそろ仕事について動き出したら?」

「あぁ……うーん……あたしらの場合、和美がセットじゃないと上手くいかないんだよね」

「ていうのは?」

「やっぱり、和美の美顔エステが最大の売りなのよ。一回施術しただけで、見た目がガラっと変わるからね」


 俺は良く知らないのだが、海野の治癒魔法を使った美顔エステを施すと、見た目が五歳ぐらい若返るそうだ。

 肌の張り、艶、潤いなど全ての面で改善して、皺、弛み、くすみなどが一気に解消されて、エステを初めて受けた女性は大袈裟でなく涙するらしい。


「あたしや亜夢のリンパの流れを改善するマッサージは、長期間馬車に揺られた人とか、足の浮腫みとかで悩んでいる人には効果的なんだけど、和美みたいに見た目は大きく変わらないから地味なんだよね」

「だったら、海野も交えて相談を始めたら?」

「うん……そう思うんだけど、和美はやっと霧風君と再会できたばかりだから、もう少し一緒にいられる時間があっても良いんじゃない?」


 確かに海野に関しては、両親も兄弟も居ない異世界で、霧風とも離れ離れの状況で妊娠期間を過ごし、一人で子供を産みむ苦労は並大抵のものではないだろう。

 ようやく再開できた霧風との時間を、ゆっくりと味わわせてあげたいという気持ちは理解できる。


 海野が主導じゃないとエステの売りが足りないというのも分かる。

 分かるのだが、ダラダラ無駄な時間を過ごしているのは違うだろう。


 消化しきれない思いを抱えていたら、三森に見透かされてしまった。


「しょーがねぇんじゃねぇの? やっぱドン底を味わうのと、聞いただけなのじゃ、生きる意欲っていうか、先を目指せる有難みとか違うだろ」

「まぁな、頭じゃ理解してるんだけど、なんつーか、感情が納得しない……みたいな?」

「あー……分かる。けど、それって新川自身が上手くいってないからじゃね?」

「えっ? 俺っ?」

「そうそう、俺と多恵は目標があるから他人がどうとか考えてる暇が無いけど、新川はどうよ。何か明確な目標とかあるのか?」

「それは……」


 まさか、こんな頭お花畑男に鋭いツッコミを入れられるとは思ってもいなかった。

 確かに、異世界SDGsみたいな提案をしていこう……みたいな漠然とした目標はあるけれど、三森たちみたいな明確な目標が無い。


 軍部の相談役みたいな仕事を続けているけれど、ある意味、蓮沼や菊井と同様に惰性でこなしているとも言える。


「やべぇな。俺は他人をどうこう言ってる場合じゃねぇわ」

「まぁ、新川は火薬と銃の功績があるから、大丈夫って言えば大丈夫だけど、一発屋で終わるのは悲しくねぇか?」

「だな。うん、ちょっと考えてみるわ」


 蓮沼と菊井に対するイライラは、上手くいっていない自分に対する腹立たしさの八つ当たりだと気付かされ、ちょっと凹んだけれど目が覚めた。

 戦場を離れて、貴族の地位なんて貰って、ちょっと腑抜けていたらしい。


 自室に戻って、ベッドに寝転んだ。


「もう人殺しの道具には極力関わりたくないな。てか、俺のやりたい事ってなんだ?」


 武器以外で人の役に立ち、俺がやりたいと感じるものが何か無いかと考えた時に、真っ先に頭に浮かんだのは娯楽だった。


「ゲーム、アニメ……マンガ! マンガだったら、こっちの世界でも版画で印刷できるんじゃないか?」


 こちらの世界は娯楽が乏しい、人を殺す文化ではなく、人を楽しませる文化を広めたい。


「よーし、次の休みは街に出て情報収集から始めるか」


 まだまだ目標は漠然としているけど、蓮沼と菊井に対する苛立ちは収まりそうだ。

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