第203話 海路

※今回は海野和美目線の話です。


 弟子の育成を完了させていたので、私たちが決断するとフルメリンタ行きの話はドンドン進められた。

 新たに独立国となったオルネラス公国としては、私たち三人を引渡すことでフルメリンタに恩を売りたいという思惑があるようだ。


 独立が認められる以前、当時のオルネラス領はユーレフェルトが派遣した軍隊を撃退するのにフルメリンタの軍事力を借りたらしい。

 銃を使った部隊の攻撃力によって、ユーレフェルトの討伐軍に壊滅的なダメージを与え、それによって独立を勝ち取ったと言っても過言ではないそうだ。


 現在も、オルネラス公国にはフルメリンタの部隊が駐留していて、ユーレフェルトとの国境線を守っているそうだ。

 ユーレフェルトは第二王女ブリジットを女王に即位させ、国の安定化を目指しているようで、オルネラ公国に戦争を仕掛ける余裕は無いと思われるが、それでも一度戦端が開かれてしまえば数の力で蹂躙されかねない。


 そこでオルネラス公国は、フルメリンタに銃撃部隊の駐留継続を頼むと同時に、近隣貴族の切り崩しに取り掛かっているそうだ。

 北側に隣接するテルガルド子爵とルブーリ男爵には使者を送り、内諾を得ているらしい。


 フルメリンタと敵対しているユーレフェルトに属していれば、戦争再開となれば軍役を負うこととなる。

 フルメリンタと友好関係にあるオルネラス公国に属していれば、フルメリンタと敵対することも軍役を負う必要も無くなる。


 どちらが得かなんて、考えるまでもないだろう。

 オルネラス公国とすれば、ユーレフェルトとの国境線が北に移動し、フルメリンタの部隊の駐留経費をテルガルド子爵やルブーリ男爵にも負担してもらえるようになる。


 オルネラス公国は北側と同様に、西に位置するマクナハン男爵に対しても切り崩しの工作を行っているそうだ。

 実際に、銃による攻撃の凄まじさを目の当たりにした領地でもあり、その攻撃力を西の隣国マスタフォとの戦いに使えればと考えれば、こちらも内諾の返事をよこしているらしい。


 近々、ブリジットの戴冠式が行われるそうだが、その前途は明るいとは言えないようだ。

 第二王妃の庇護下にあった頃には顔を合わせる機会もあったが、やはり王族というか、私たちとは考え方がズレていると感じることが多々あった。


 普通の感覚では国王なんてやってられないのだろうが、あの考えのままだと幸せにはなれないような気がしてしまう。

 まぁ、私たちも他人の心配をしている余裕はないし、頑張ってと祈るぐらいしかない。


 オルネラス公国からフルメリンタの王都ファルジーニまでは、船で向かうことになった。

 今の時期は安定して西風が吹くそうで、馬車では十日以上かかる道程が、早ければ三日で着けるらしい。


 それだけ早く到着できるのは、フルメリンタ王家が所有する船を使うからだ。

 出発当日、港で私たちを待っていたのは、海に溶け込んでしまうのではないかと思うような、鮮やかな青色に塗られた帆船だった。


 双胴船というのだろうか、細い船を二隻並べて板を渡したような形をしている。

 この形だと波の影響を受けにくく、なおかつ船足が遅くならないそうだ。


「うっわー……すっごい豪華だよ。マジ家みたい」


 王家が所有する船とあって、船室の内装はホテルのような豪華さだった。

 今朝起きて、港に来るまでは不機嫌そうな顔をしていた亜夢が、船を見て、船室に入った途端はしゃぎ始めた。


「ここからフルメリンタの港町、キナーリャを目指します。風が良ければ二日か三日で到着できます。キナーリャで川船に乗り換えていただき、約一日でファルジーニに到着できる予定でいます」


 フルメリンタの工作員ネージャさんも、ようやく私たちを連れていけることになってホッとしているようだ。

 ネージャさんが船旅を選択した理由の一つは時間だ。


 馬車での移動の場合、夜を徹して走り続けるのは難しいが、船の場合は風さえ良ければ夜の間も進み続けられる。

 馬のように休息も必要ないし、同じ距離を進むなら船の方が速い。


 もう一つの理由は、私が和斗を連れているからだ。

 日本と違って、紙おむつを使い捨てるという方法は使えない。


 使用済みのおむつを持ち歩くには、臭いの問題が付いて回る。

 だが船ならば、海で濯いでしまえば臭いを気にする必要は無くなる。


 長距離の移動では、おむつをどうするか気になっていたので、船での移動は正に渡りに船という感じだ。

 港を出てメインマストを上げると、船はグンっと速度を上げ始めた。


 波を切って進むので、かなりの揺れたが想定の範囲内だった。

 船に乗り込む前に、良く効くという船酔いの薬を飲んだおかげか、誰も船酔いせずに済んだ。


「結構、陸から離れた所を進むのね」

「陸に近い場所は座礁の恐れがあります」


 船室の窓に張り付いて外を眺めている涼子の質問に、ネージャさんが答えてくれた。

 キナーリャまでの海域には、危険な岩礁地帯は無いそうだが、それでも陸地に近い所を通ると海賊に襲われるリスクがあるそうだ。


「海賊なんているんですか?」

「フルメリンタでは、摘発を強化していますが、他の海域から流れてくる連中もいますので油断はできません」


 この船には護衛の兵士も乗船しているし、ユーレフェルトからオルネラスまで護衛してくれたグエヒさんとソランケさんも同行している。

 戻らなくても良いのか訊ねたが、二人から大丈夫だと答えられ、それよりもフルメリンタという国をみてみたいから連れていってほしいと頼まれた。


 ネージャさんのような工作員ならば、他の国に潜入する場合もあるが、城務めの騎士の場合には国境を越えるのは稀だそうだ。

 王族の表敬訪問に同行するか、それこそ戦争で攻め込むぐらいらしい。


「行商人なら国境も越えられるんじゃないですか?」

「剣や槍を振るうしか能の無い人間には、行商人なんて無理ですよ」


 グエヒさんは、ワイバーンの渡りによって家族を亡くしてしまったらしく、どことなく世捨て人のような雰囲気がある。

 一方のソランケさんは、騎士とは思えないぐらい軽い。


「ソランケさんは、ご家族が心配なさるのでは?」

「しない、しない、上の兄貴は俺と違って出来が良いから大丈夫。それに、フルメリンタの水が合わなかったら歩いて帰れば良いだけだよ」


 亜夢が、あたしもフルメリンタが合わなかったらオルネラスに戻ると言ったら、その時は俺が送ってきてあげるよと言ってくれた。

 涼子とソランケさんのおかげで、亜夢はゴネることも無く船に乗り、今ははしゃぎ疲れてソファーで眠っている。


 早朝、オルネラスの港を出航し、日が西に傾き始めた頃、ネージャさんが岸の方を指差した。


「あれがコルド川、今はあそこが国境です。皆さん、ようこそフルメリンタへ」


 船室の窓の遥か彼方、広い川の流れ渡り終えた後、岸辺の風景が変わった訳ではないが、何だか背筋が伸びる思いだ。


「ようやくだね、和美」

「涼子……うん、結構待った気がする」

「ほぼ一年でしょ?」

「うん、もうそんなになるんだよね」


 身籠ったことも、子供が生まれたことも、手紙で伝えることしか出来なかった。

 日本なら、画像や動画を送れるけれど、こちらの世界では不可能だ。

 

 だから一年待ったけど、あと数日が物凄くジレったい。

 風よ速く、もっと速く、私を愛しい人の所に運んでほしい。

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