第202話 宰相の計画

 フルメリンタが接収したコルド川東岸地域では、田植えの終わった田んぼで青々とした稲が順調に生育していた。

 コルド川東岸地域の中でも、街道よりも南側の地域は米どころとして知られていた。


 戦争の終結後、フルメリンタの宰相ユド・ランジャールは部下に指示を出し、その土地に暮らしていた農民たちを集めて苗を与え、使える田んぼ全てに田植えを行わせた。

 誰の土地とか、田んぼとか、そういった話は全て後回しにして、とにかく田植えを先行させた。


 農民の中には不満を口にする者もいたが、今田植えをしなければ、冬を越すための米が無いぞと言われれば従うしかない。

 戦争が始まる以前、フルメリンタの工作員たちによって偽の食糧拠出を強いられて、多くの農民がひもじい思いを経験している。


 米を作らなければ、今年の冬はもっと悲惨なことになると言われたら、不満など口にする余裕は無くなった。

 そして、全ての田んぼで滞りなく田植えが終わった頃、宰相ユドは土地の権利をハッキリさせる作業に取り掛かった。


 そもそも、コルド川東岸地域の多くの場所では、領主の首が挿げ代わっている。

 調略に応じて寝返った領主を除いて、殆どの領主は城を追われ、戦功を立てて領地を賜ったフルメリンタの新しい貴族が赴任している。


 その一人が、新たに伯爵としての地位を得た、ヤーセル・バットゥーダだ。

 ヤーセルには、宰相ユドが用意しておいた家臣団と当座の資金、それに農民に与える食料などが下賜された。


 ヤーセルもまた、家臣たちと相談しながら農民たちに田植えを進めさせた。

 農民たちが田植えをしている間に、ユドが派遣した家臣たちは戸籍を作り直し、検地を進め、新たな土地の区割りを行った。


 この時、地主として幅を利かせていた者からは土地を接収し、小作人だった者達に自分の田んぼを与えた。

 当然、それまで大きな土地を所有していた者からは不満の声が上がったが、従わないのであれば秋までの食料支援や今年の年貢の減免措置から除外すると条件を付けた。


 戦争によって、食料の蓄えなど無きに等しい状態で、秋まで食いつないだとしても年貢の免除をしてもらえないとなれば、元大地主たちも渋々ながら従うしかなかった。

 一部の元富裕層に痛みを強いて、多くの貧困層を潤す、露骨な人気取りの政策だが、新しい領主としての地固めには有効な措置でもある。


 こうして宰相ユドは、コルド川東岸地域を着々とフルメリンタの色に染めていった。

 多くの領地に新しい領主が赴任する中、旧エーベルヴァイン公爵領はフルメリンタ王家の直轄領とされた。


 そこには、宰相ユドの一つの思惑が働いていた。

 直轄地となった旧エーベルヴァイン領には、かつてフルメリンタとユーレフェルトの争いの火種であった中洲の住民が移住させられた。


 そして、住民のいなくなった中州では、頑丈な護岸を築く工事が進められている。

 宰相ユドは中州に新たな城を築き、遷都を計画している。


 このままフルメリンタがユーレフェルト全土を手にすることになれば、王都ファルジーニから国の西の端までは東の端までの三倍以上の距離ができてしまう。

 王都を国の中心に据えるならば、この機会に遷都を行うべきだと考えたのだ。


 とは言え、現状はユーレフェルトの三分の一を切り取ったに過ぎない。

 さすがに遷都の計画を持ちかけられたフルメリンタ国王レンテリオは苦笑いを浮かべてみせた。


「ユドよ、いくらなんでも気が早いのではないか?」

「いずれにせよ、交通の要衝である中洲の守りを固める必要がありますし、先の戦での進軍速度を考えれば、早すぎることなどありませぬ」

「それでは、ユーレフェルトの切り取りを進めるのだな?」

「はい、ですが、それは秋以降の話です」

「そうだな、いくら国を奪い取ったとしても、民が飢えて死ぬようでは意味が無い」


 現在のユーレフェルトは、度重なる戦によって戦費が嵩み、財政を圧迫していた。

 今から戦を仕掛けて、田畑を荒らすことになれば、戦後に飢える民を大量生産することとなりかねない。


 宰相ユドは、今は力を蓄えて、秋以降に電光石火でユーレフェルトを攻め落とす計画を練っている。


「弾丸や連発式の銃の増産は着実に進んでいます」

「銃が魔法に取って代わるのか?」

「はい、少しの訓練を行うだけで安定した攻撃が行える銃は、魔法や弓矢よりも扱いが簡単です。戦力の底上げを行うのに、これ以上の兵器は無いでしょう」


 連発式の銃は、リボルバータイプの六発式を採用し、連射が必要な場所にはスピードローダーの形で、それ以外の場所には弾帯の形で弾丸を供給する体制を構築中だ。

 弾丸、砲弾、火薬なども品質の安定化、高精度化が進められ、先の戦の時に新川と三森が弾丸の仕分けを行っていたような品質のバラつきは無くなっている。


 大砲については、観測士と連携して命中精度を上げる訓練も行われている。

 全ては、新川と三森からの進言を受けてユドと軍幹部が相談の上で計画を作り、実行している。


 新川たちからもたらされる異世界の情報を鵜呑みにするのではなく、噛み砕いて、飲み込んで、自分達の知識としてから実行に移す形だ。

 異世界の知識によってもたらされた火薬や銃が、戦においてどれほどの効果を発揮するかは先の戦いで実証済みだ。


 長年に渡ってチマチマと中洲の土地を奪い合う関係が、ほんの数か月で、驚くほど少ない被害で、ユーレフェルトの三分の一を切り取ることができたのだ。

 その扱いに精通できるか否かが、今後の軍部における己の地位を左右するとなれば、だれしもが真剣に取り組むのは当然の流れだろう。


「ユーレフェルトはどうなっている?」

「はい、先程ユーレフェルトより戴冠式の日程が届けられました」


 宰相ユドは携えてきた書類の束の中から、仰々しい装飾の施された書簡を取り出して国王レンテリオに手渡した。

 既に封が切られて中身を確認した後だが、レンテリオがそれを咎めることはない。


「第二王女を女王として担ぎ上げるのだな?」

「はい、末席に並びたければコルド川東岸地域を返却しろなどと……自分達の置かれている状況もわきまえない内容ですが、返答はいかがいたしましょう?」

「そうだな……我々は国土の安定と繁栄に忙しく、式典には出席できぬと丁寧に詫びて、選りすぐりの祝いの品を添えて届けよ。身の程をわきまえぬ小娘に、大人の対応というものを教えてやるが良い」

「かしこまりました。そのように取り計らいます」

「戴冠式か……何事もなければ良いな」

「まったくです……」


 フルメリンタの主従は、意味ありげな笑みを交わす。


「そう言えば、オルネラス経由での交易は始まっているのだな?」

「はい、既にフルメリンタからの荷も海路にて運び込まれ、陸路にてユーレフェルト各地へと運び出されています」

「人は送り込めるのか?」

「フルメリンタ国民の立ち入りは許可されておりません」

「我が国民は、オルネラスまでしか立ち入れないのだ? 我が国民は」

「おっしゃる通り、フルメリンタ国民は立ち入れませんが、オルネラスの商人はユーレフェルトへの立ち入りが許可されています」

「そうか、戴冠式への祝いの品は、街道経由の陸路で運べ。セゴビア大橋を渡った対岸にて引渡す形にせよ」

「かしこまりました」


 宰相ユドは、秋以降にユーレフェルトへ侵攻する場合。セゴビア橋を使ったルートの他に、オルネラス経由で南から侵攻するルートも計画している。

 当然、ユーレフェルトも警戒はしているだろうし、祝いの品程度では牽制にもならないかもしれないが、それでもフルメリンタは街道から攻め入るというアピールにはなるかもしれない。


 ある日突然、大きな成果を手にすることなど起こるはずもなく、全て小さな行動の積み重ねだとフルメリンタの主従は理解している。

 そして、ユーレフェルトの全土掌握に向けて、着実に歩を進めようとしている。

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